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zoom RSS 倶利伽羅不動尊 鳳凰殿

<<   作成日時 : 2012/11/25 01:39   >>

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倶利伽羅不動尊から出て、このまま帰るのもなんなので、源平合戦で有名な合戦跡を通って小矢部に行ってみようかなと

ところが雪のせいですねぇ。な、なんと通行止
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ちょうど、平氏の陣地跡の「猿が馬場」でSTOPです。

倶利伽羅合戦の場所は、ここから2〜3km程、小矢部寄りにあるんです。
また、合戦跡地には源義仲(木曾義仲)の奥さん二人の墓もあります。巴塚と葵塚です。
巴御前は有名なので知ってる人も多いと思いますが、葵御前も義仲の愛妾で巴と同じく合戦に参加奮闘しましたが、ここで戦死したそうです。巴御前とは仲が良かったようで、巴が93歳で亡くなった際、遺言で葵の側に墓を指定したそうです。
そこから先の小矢部の埴生には義仲の戦勝祈願をした神社もあります。埴生護国八幡宮ですが、ここから倶利伽羅峠を越えた竹橋口までが「歴史国道」として整備されています。小矢部市と津幡町で整備したり行事を行ったりしています。

通行止なら仕方ないので、駐車場に車を停めて、を2.3枚
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「猿が馬場」のブナ林と本陣に使ったとされる平たい岩です。

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松尾芭蕉の句碑
    「義仲の 寝覚めの山か 月悲し
芭蕉は、よっぽど義仲が好きだったみたいで、芭蕉の墓は滋賀・大津市の義仲寺(ぎちゅうじ)の義仲の墓の側にあります。

倶利伽羅は昔から人気のスポットらしくて、江戸期には多くの文人・有名人が来てたみたいで他にも「東海道中膝栗毛」の十辺舎一九の歌碑もあります。

帰り道の途中には、源平合戦 源・平氏の慰霊塔、結構立派で大きいものです。
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帰り道、先に書いた竹橋口の道の駅に「倶利伽羅不動尊 西の坊 鳳凰殿」の看板が眼に入りました。思わず左折です
恥ずかしながら、鳳凰殿が出来たことを知らなかったんですよ
に車を停めて、ビツクラコ
凄い立派な建物が。。。。。 平成10年10月10日復興
復興と言いつつ、モデルは平等院鳳凰堂、バリアフリー。。。。う〜ん
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両翼75m、でっでか〜い、しかも、横には売店・食堂・社務所まで。。。。

当然、内まで入ってきましたが、なかも立派な?ごちゃごちゃ。。。
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山頂堂で、御神籤を引けなかったので、ここで引きました。
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結果は、「
    中身を読んだら、なかなか良きことを書いてあります
       「願い事は時間が掛かるがかなう」ムフフ
    一緒に引いた娘は、「小吉」
       どうだったと聴いたら、ブスッとして、
          「教えない
              残念賞みたいね。。。

真ん中の本堂では、祈祷をガラス越しに見ることができました。でも、山頂堂の方が雰囲気あったなぁ。。。。
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建物の裏庭と岡には、七福神と三十三羅漢像が、ここまでやられると正直ウ〜ンと唸っちゃうのは僕だけですかね。相当費用が掛かってると思うんだけどなぁ
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この後、家路へと。。。途中、嫁さんのご要望で津幡の平和堂へ
2人に付き合うとしんどいので、ちょっとだけ付き合って、これ買って待つことにしました 車の中でパクパク
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「築地 銀だこ」のたこ焼。
    あったかくて、ほくほくして、うんま〜い

家に着く前に、さらにスーパーに寄りまして、嫁さんはお買い物、
       「今日も鍋にしていい?」
       「えっ、昨日も一昨日もじゃん」
       「簡単なんだもん。。。」
       「じゃあ、せめてこれにしてよ。。。」
       「フムーーーー OK
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        「まつやのとり野菜みそ」
僕の好物です。ここの「まつや」のレストランも鍋が売り物です。しばらく行ってないんですよね。。。

で、この夜のお鍋です。またまた、煮込んだ後になっちゃいました。
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日記日 2008.01.05

猿ケ馬場

倶利伽羅不動尊 鳳凰殿


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