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zoom RSS 奥卯辰山県民公園 〜 金沢仏舎利塔

<<   作成日時 : 2015/06/28 16:48   >>

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5月下旬、毎年この時季に鈴見台のお客さんの所に来るんですが、今年もやってまいりました。
相変わらずの商品改定と体調不良を言い訳にして、予定を大幅に遅れてしまっていました。あまりに長引いて、言い訳の根拠が薄らいでるような、一種の嫌々病かもしれません、とにかくどこかで発散するしかないですね。
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で、またまた恒例のように奥卯辰山に立ち寄ってきました。例年通りですと、時季が早すぎてバラや菖蒲が咲き始めでマバラなのですが、今回は訪問が遅れたのと、花の開花が早くてちょうど良かったかもしれません。

僕の訪れた2週後ですがgoさんが訪れていたようです。詳しい説明なんかや画像は、理屈っぽく、携帯画像の多い僕より綺麗なんで合わせて観て下さい^^; goさん「奥卯辰山県民公園へ」
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奥卯辰山県民公園には薔薇のベルギー庭園がありまして、大振りな花を咲かせています。時季がうまく合ったのか、今年は咲き揃った薔薇が観られました。毎回、咲初めだったり、完全に盛りを過ぎていたりで、まともに咲き揃っているのは始めて観ました。天気も良くてバッチリでした。




ベルギー庭園はベルギー政府から贈呈されたものです。金沢とベルギーのなれ初めは昭和45年(1970年)大阪万博になります。お祭り広場で各国の伝統祭事やパフォーマンスが行われていたんですが、その際に金沢の百万石祭り行列とベルギーブリュッセルのオメガングが同日のイベントで一緒になって、意気投合したのが始まりです。
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   オメガング・・・14世紀ブリュッセルのサブロン教会(ノートル・ダム・デュ・サブロン)のマリア像の廻りを行列したのが始まりで、現在の祭り形式は1549年・神聖ローマ帝国皇帝カール5世(スペイン国王・カルロス1世)と息子フェリペ(後のスペイン国王フェリペ2世)をブリュッセルに向かえた時の歓迎式典がモデルになっているそうで、ブリュッセルの旗と楽隊を先頭に宮廷貴族・騎士・ギルド職人・司祭・道化師の扮装で練歩くものです。さらにカール5世・フェリペ2世に扮したベルギー貴族も登場します。毎年7月に開催されるパレード形式のベルギーを代表するお祭りです。
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金沢の百万石祭りのメイン行事は前田利家の金沢入城を模したパレードで和洋の違いはありますが、似たお祭りパレードに一緒になったベルギー政府と意気投合。翌年には当時、金沢と規模や人口、歴史文化が近いゲント市との姉妹都市条約が決定しました。

ゲント市は別名「花の都市」と呼ばれる程で、5年ごとに国際的フラワーショーの「ゲントフローリア」が開催されているそうです。(来年(2016年)開催からは4年周期になるそうです。)このため、花の栽培が盛んで、このバラ園もゲント市を通してベルギー政府から贈られたものです。
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金沢の姉妹都市については、以前UPしたことがあります。興味のある人はこちらをどうぞ ⇒ 姉妹都市公園

奥卯辰山公園には、この時季には池辺に黄菖蒲が咲き、水面には水蓮の葉が埋め可憐な花がチラホラと観られます。菖蒲も水蓮もまだちょっと早かった感じ。下草の処理もこれからといった感じ。
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水面にはコブハクチョウが一羽寂しげに泳いでいます。

goさんが、2羽居たはずだとおっしゃっていたので、ここのハクチョウが好きな僕がご説明を・・・コブハクチョウは平成4年(1992年)高岡古城公園のツガイを連れてきたのが始まりです。平成16年に子供が生まれています。この子供はうろ覚えでオス・メスは忘れましたが、能美市の辰口丘陵公園の池に移っています。 更にその翌年には娘が生まれ、しばらく親鳥2羽と娘の3羽の生活が。。。親鳥の後ろを幼い雛鳥が一生懸命ついてく姿は可愛かったなあ。。ところが翌年にも子供が生まれ、孵化してから子育て中の母親が亡くなってしまいました。確か雛も亡くなったような。。。この辺は記憶があいまいです。その後、父鳥と娘の2羽だったんですが、6年前に父鳥が亡くなって娘一人に。。。その年に高岡古城公園からオスを一羽婿入りさせています。2羽はとても仲が良くて、いつもくっついていましたが、2年ほど前に今度は娘さんが亡くなってしまいました。。今はお婿さんが一羽取り残されて寂しそうにしているんです。本来ならば、高岡古城公園にまたお願いしたいのですが、5年前の鳥インフルで7羽も失い、子供が生まれたとは聞きましたが、まだ個体もこれからの状態。。。のはず
是非、お嫁さんが来て欲しいですね。どこかに可愛いコブハクチョウの女性がいたら。。。お願いします。。。花嫁募集中。。

奥卯辰山県民公園はご紹介したようにベルギー庭園や池、広い芝生地や多種の植物類が観られ、この日も金沢の済美保育園の園児たちが楽しそうに遊んでいました。結構人気があるのですが、ちょっと不満部分は管理棟。以前まで屋上部分が展望台の役目を果たしていました。ところが、老朽化で金属部の腐食が酷く、立ち入り禁止になっています。ベルギー庭園を見下ろしたり、遠くの医王山系を望める好条件なんですが、もったいない話です。建物も黒ずんで汚い印象が。。。下手するとイメージダウンに繋がりかねません。というよりなってます。早急の修繕・改築を施して欲しいものです。
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奥卯辰山県民公園に向かう途中にある山頂に白と金の平和塔が建っています。緑の山頂に輝く異質な白い塔は何かそぐわない感じがしていました。卯辰山公園もそうだし奥卯辰山にも多くの慰霊碑や広大な墓地公園があります。たぶん、そういった慰霊碑か特殊宗教の何かだと思っていたので、いつも通り過ぎていたんですが、今回初めて立ち寄ってみました。
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坂道を登って、一番奥の建物のある駐車場に車を停めてみると、こんな建物が。。。扁額に「日本山妙法寺
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どこかで聞いたことのある名前だなと思いつつ。。塔に向かってみると途中に塔の由来碑が。。読んでみて納得。妙法寺藤井日達の名前でフムフムと。。妙法寺は日蓮宗派の一宗派で藤井日達が起こした宗派です。非武装・平和主義・不殺生・核廃絶を標榜しています。こういう平和塔を国内外に多く建てていますね。。日本の仏教宗派の中では、排他的で他宗派を批判したり、カルト的なものも見かける日蓮宗関係が多い中では、他宗派との交流や融和的な面があります。ただ、非武装平和主義色が強すぎる面があって、、、、政治批判色が強い機来がありますが。。
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つまり、この塔は慰霊塔とか平和塔(妙法寺では平和塔と称します。)とかではなく、慰霊・平和の意味を込めた仏舎利塔だったんですね。仏舎利というのは釈迦の遺骨や火葬した灰を指しています。また、釈迦関連の御物(釈迦が使用した衣服や道具の欠片・所縁の宝石)や代用品として霊法を受けた七宝を含める場合が多くあります。
この仏舎利を納めた塔は、インド発祥の「ストゥーパ」が発祥で、チベットを経由して中国に伝わったのが「仏舎利塔」になります。ストゥーパの原型は東南アジアのタイやビルマに、現在も多く観られます。ちなみにお墓に建てられる卒塔婆もストゥーパから来ているそうです。
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日本にはストゥーパの形は直接には伝わっておらず、仏舎利を納める容器や仏典を納める容器としての仏舎利器として形が伝わったようです。建物としての仏舎利塔としては三重塔・五重塔として形を変えて建築されています。金閣寺のように舎利殿と呼ばれるものもその仲間です。
確認された古い仏舎利塔として確認されている物では、蘇我馬子が建立したとする元興寺(飛鳥寺)が鎌倉時代に塔の再建時に心礎から仏舎利器が確認された記述があります。法隆寺の五重塔も解体修理の際に心礎に仏舎利器が埋められていたものが確認されています。双方とも中身は宝石類だったそうです。そりゃそうです世界中のストゥーパ仏舎利塔の数は尋常ではなく、いくら骨の欠片や灰でもこんなにあるはずはありません。

国内で元々のストゥーパの形を成すこのような仏舎利塔は戦後になってからの物がほとんどです。戦後の仏舎利塔の始まりは、インドの初代首相ネールに起因します。

インドの独立運動が本格的に動いたのは、第一次世界大戦後からですが、この運動を主導したのが非暴力・非服従主義で知られるガンジー、急進派として活動し戦中はドイツ・日本を渡り歩きインド国民軍を創設したボース、そしてガンジーを代表とする穏健派とボースを代表するような急進派の融合に努めたネールなどが知られています。
ボースは終戦3日後、飛行機事故で台湾で死亡。イギリスによるインド国民軍の将校裁判に対する民族蜂起運動から1947年デリーでネールがインド独立宣言、民族蜂起から独立までを主導したガンジーは1948年に暗殺死。ガンジー、ボース亡き後、1950年に共和制に移行した独立まもないインドを主導したのが初代首相となったネールでした。

ネールの正式名は(パンディト)・ジャワハルラール・ネール。先のガンジー、ボースと同じく親日家で知られていました。戦後の昭和24年(1949年)、要望を聞いて「日本の子供たちにゾウを見せてあげたい」と上野動物園に娘の名をつけたゾウ・インディラを寄贈したことは広く知られています。

そのネール首相が初来日したのが昭和29年(1954年)。娘のインディラ嬢(後の5・8代インド首相インディラ・ガンジー)を伴ってのものでした。
東京裁判で唯一の反対票を投じたパール博士の母国・インド首相。第三世界の旗手。弁護士出身で彫の深いハンサム顔で女性陣にも人気が高い。また上野動物園のゾウの寄贈の美談なども広く知られており、その時の映像がたまにTV放映さていますが、ネール人気は高く日本各地の歓迎ムードは凄かったようです。
ちなみに、ネールは3年後には国賓として再来日しており、その時に上野動物園でインディラに再会しています。

さて、この初来日の時にネール首相が日本に贈呈したのが、10粒の仏舎利でした。どういう経緯かは知りませんが前述の妙法寺藤井日達に託されて、日本各地に仏舎利塔が建てられて行った経緯があります。

ここからしばらくは私見となります。異論もあると思いますがご勘弁ください。
元々、仏教では仏舎利塔(ストゥーパや三重塔・五重塔)は寺院の付属施設的要素の強い物でした。仏教の本質的な考えは、個人修業や導きによって昇華解脱を図り、人間から修行僧とも云える菩薩、仏としての如来へと目指すのが基本です。如来になるという目標に向かって、どういう修行・考察・研究をという行程は割合柔軟な考え方です。あくまで目標に向かう方法はいろいろあるということです。一定基準の道徳はありますが自分で判断しろってことです。創造神が絶対神で人間は土人形だとか神は絶対、神に決められたことは守らなきゃいけないというキリスト教やイスラム教とは大きく違う所です。
この為に、精神・肉体共に鍛えようとし文献研究や精神肉体修業を極めようとする密教、更にそれを特化して阿弥陀を重要視する浄土宗や浄土真宗、法華経が全てという日蓮宗、禅や生活自体を修業ととらえる曹洞宗や臨済宗などの禅宗、そのために多種多様な宗派が発生する素地になっています。

仏教においては釈迦というのは先達者であって、最初に菩薩となって如来になった先駆者という位置づけです。釈迦の遺物や御物を納めるからと云って、即それが御本尊になるわけではありません。もちろん仏舎利を本尊にするという一部の寺院や宗派は存在しますが、大多数はそういう考えが主流です。
つまり、仏舎利塔は大きな寺院で見かけますが、祖師堂や歴代住職墓と同じような扱いになるわけです。

それを独立させて皆が観られる位置に建立したのが、ネールから仏舎利を受けた妙法寺・藤井日達というわけです。藤井日達は先にあげたように非暴力(非戦争)・不殺生・平和に対する思いの強い人物であり、仏教の聖地インドなどへの帰求心も強いようですから、ストゥーパの原型を重視し、仏舎利塔という目的以外に、戦没者の慰霊、平和への希求を強く求めた慰霊塔・平和塔の要素を強く打ち出したようです。
これ以降、妙法寺以外の宗派や神社にもストゥーパ形式の仏舎利・平和・慰霊塔が全国的に広まって行きました。

金沢仏舎利塔は昭和49年(1974年)に建立されたものです。
小高い山頂に円錐状の多段式の塔として建てられています。1段目と2段目は回路になってます。
通常は塔内を回れるようになっている物もありますが、こちらの塔は前述のように周囲を回れるようにしているだけです。また、仏像を納める仏龕(ぶつがん)は通常東西南北の四つが多いのですが、金沢の仏舎利塔は正面の一か所だけです。納められている仏像も40年経過しているはずですが、見事に金色が光っています。
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僕が仏舎利塔を一周している間に、サイクリングに来ていたちょっと年上の男性が休憩中。陽射しはきつめでしたが、山頂なので風が当たって過ごすには絶好の位置でした。また湯涌く方向に見える医王山系も綺麗で最高のロケーションでした。
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約2時間の長時間になりましたが、さすがサイクラ―で道に詳しい。。穴場や脇道の話に盛り上がってしまいました。自分でも人に自慢するくらい県内の地理には詳しいつもりでしたが、まだまだ知らない魅力的な場所を教えてもらいました。しっかり頭の中のメモ欄に書き書きしてました。サイクラ―と素人ドライバーの違いは大きいですが、久しぶりに同好の士に出会ってうれしかったです。
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何年も横眼では見ていましたが、初めて登って観ましたが、こういう出会いもあるんですねえ。。御釈迦さんの導きですかね^^V お顔は見上げたせいか、怖く見えたんですけどね。。ありがたやアリガタヤ ちゃんとチャリンと手を合わしてきましたよ
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旅行日 2015.05.22

奥卯辰山県民公園


金沢仏舎利塔

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
素晴らしい内容です!私のくだらないブログとは真逆ですね!日本は仏教がらみでインドと繋がりが深いはずですが…あまりインドと仲良くしてる印象が無いような?(それとも…これから?)
まだこもよ
2015/06/28 18:06
元々、日印関係は良好なんですよ。ホンダやスズキなんかがけっこう古くから進出しているそうです。バイクは日本の知名度は高いそうです。
ただ、インドはパキスタンに対抗する核保有国。建前を大事にする日本が大ぴらに親密外交を展開してなくて、出遅れ感を感じさせてしまっているみたいです。
ただ、大雑把なお国柄だから豆過ぎるのは駄目みたいで、必要機能特化がカギになるみたい。
先日、インドの首相が来た時は大歓迎で迎えて超ビップの扱い^^これからは注目の国ですよ^^元々、頭の構造は世界一の国ですから^^ゼロなんていうものを思いつく人たちですから。
ブログはみんなの個性が嗜好が出るもんですよ。だから楽しいんですね。僕もスポット・歴史物は固い書き方ですが、他の物でギャグを挟むんですがへたっぴで全然駄目みたい>< だから逆にそういうのが得意な人に惹かれちゃうんですねえ^^
つとつと
2015/06/28 19:58
35年くらい前に登った卯辰山ってここのことだったのかな?って思っています

動物園や水族館があったような気がします  別の場所だったなかなあ?

お花達が見事ですね  空を舞うトンビだったかの記憶もよみがえりました

それにしても詳しいブログは 読み物ですね
メミコ
2015/06/29 10:06
素敵な出会いもあったのですね  綺麗なアジサイやバラ  例年になく早く咲いた花々  ラッキーでしたね ばっちりですやぁ〜ん
がにちゃん
2015/06/29 15:51
メミコさん
メミコさんが登った卯辰山は東山や山の上から登る金沢城から北東に当たる卯辰山です。今回の奥卯辰山はそこから南東に当たります。一応同じ丘陵なんで細い道が繋がるだけで、まったく違う位置になります。
本来の卯辰山という山はメミコさんが登った卯辰山にあります。有名なものでは毎年開催される高校相撲の全国大会の相撲場があります。
卯辰山は金沢城を見下ろせる位置のため江戸時代は登山禁止の山でした。江戸期後半から天神橋の麓は行楽地になっていたようです。
懐かしいですねえ。云われるように山頂には動物園と全国でも唯一と云われた山頂の水族館がありました。動物園は昔はヘルスセンター、その後はサニーランド(メミコさんが登った頃)と呼ばれて、石川県民の行楽地になっていました。僕も親に連れられたり修学旅行でよく行きました^^水族館の建物の上の大きな白鯨は懐かしいです。今は能登島水族館と辰口のいしかわ動物園に分散しています。
つとつと
2015/06/29 19:58
がにちゃんさん
今年は花が早すぎて、桜や藤は完全に見逃してしまいましたが、逆に奥卯辰のバラや黄菖蒲は久しぶりにまともなものが観られました。
一人歩きが多いんで、人が多い場所は避け気味に行くんですが、メミコさんが登った卯辰山公園とは違って奥卯辰は人の数は思ったより少なくてゆっくり観られます。まだ一度しか見たことないんですが、桜の花びらが大池に散って覆い尽くすんですが、その中を花びらをかき分けて泳ぐ白鳥の姿は素晴らしいですよ^^ 卯辰山はお奨めの観光コースですよ^^
つとつと
2015/06/29 20:07
つとつとさんこんにちは、奥卯辰山のベルギー庭園のバラが綺麗ですね、私が行った頃はバラや黄菖蒲が盛りを過ぎていました、つとつとさんの行かれた頃は丁度よいタイミングでしたね、それに画像がきれいに写されていて素晴らしいです、私の記事が恥ずかしくなってきました、昔から人物写真は映りがよいと褒めるのは其の人に出礼になると言われていますが、庭園の写真や花の写真なら褒めても良いでしょう。
奥卯辰山へは幾度も行っていますが、仏舎利塔は一度も寄った事が有りません、今度行く機会があたら是非寄って金色に輝く仏様を拝んできたいと思います。
コブハクチョウの説明を詳しくして頂いて有難うございます、僕が見た2羽の白鳥はお父さんとお母さんか娘さんとお婿さんか、今となっては分かりません、でもお婿さん一羽では寂しそうですね、早く良いお嫁さんが来てくれるといいですね。
go
2015/06/30 14:10
奥卯辰山は昔から知る人ぞ知るの隠れた名所。昔は真っ暗な駐車場からの夜景の名所でした。その頃は僕も夜中にお邪魔する方で、昼間の花の時期はあまりいってなかったんですが、鈴見台に仕事で行く機会が増えて花や白鳥を観るようになりました^^やはり何度か訪れないと良さが解り難いですからねえ
goさんの画像は僕好きですよ。自然や花、木の写真は眼の前の臨場感と説得力がありますから^^僕が立ち寄りが多いせいか、ズームが出来ない弱みがありますから
仏舎利塔はあの白と金の色と、東南アジや南アジアの独特な形が違和感満点で、あまり人を惹きつける感じではないすからねえ。でも、行ってみないと解らないもんですねえ。塔の所からの景色は湯涌・医王山系が見えるので、公園とは違ってこれまたおすすめです。
数年前の古城公園の鳥インフルは痛かったですねえ。。那谷寺とかにも一羽だけで寂しそうで。。早めにお嫁さんが見つかるといいんですが
つとつと
2015/07/01 18:58
こんばんは〜

コメント蘭への「奥卯辰山公園」の紹介 ありがとうございます

改めて検索 つとつとさん12年にも記事を書かれていたのですね。
バックcuログでも拝見しました
特に  のお花が美しいんですね。
つとつとさんの他の方のブログも拝見できました。

昔からのかくてた知る人のみ知る公園 とっても素敵ですね。

ありがとうございました
イータン
2015/07/18 22:02
イータンさん
この記事を書いたのは、イータンさんのバラの話で、僕たち石川県民の感覚はベルギーの印象が強いルーツのご紹介のため^^;イータンさんを思いながら書いたんですよ^^50年近く受け繋がれてきたバラ園ですが、まだまだ毎年美しい花を魅せてくれています^^V
奥卯辰山は観光コースからは外れた場所なんで、県外からの観光客はあまり訪れないんですが、石川県民には馴染の深い公園なんですよ^^
それと、石川県の庁舎が出来るまでは、一番の夜景スポット。。駐車場は真っ暗ですが隠れたデートスポットにもなっていたんです^^
まあ、石川県民や金沢市民には一番馴染の公園でもあるんですよ^^
つとつと
2015/07/20 10:02

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