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zoom RSS 笥笠中宮神社(けがさちゅうぐうじんじゃ)

<<   作成日時 : 2015/09/23 19:20   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 16 / トラックバック 0 / コメント 10

先日、久しぶりに一里野まで用事があって行ってきました。白山麓まで道路は冬に向けて補修工事が真っ盛り。
もう少しすれば紅葉も盛りを迎えるし、白山スーパー林道もとい白山白川郷ホワイトロード(今年から名前が変わったんでした。)にも久しぶりに行ってみたいですねえ。通行料金も以前の半額(普通車1600円)になったことだし。

しかし今回は夕方の約束だったんで、時間的に陽が落ちるんで一里野から先には行かなかったんです。帰り道の夕暮れ時でしたが、新中宮温泉の幟に釣られて、笥笠中宮神社(けがさちゅうぐう)に寄ってみました。江戸期以前は笥笠中ツ宮(けがさなかつのみや)というのが正式なようですが。。
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そういえば、いつのまに新中宮温泉になったんでしょうか。。たしか、僕の記憶の中では、ちょっと前まで中宮温泉と思っていたけど。。でも温泉施設の総湯は昔から新中宮温泉センターだったような。。気もするし
まあ前述のホワイトロードの料金所近くに中宮温泉がありますから、ややこしいのは確かなんですが、新ナントカというのはなぜか違和感を感じますね。どちらが中宮の元祖となると温泉は確かに奥の中宮温泉になるんですが、歴史的な文化では新中宮の方が古いんじゃないでしょうか。。あんまりその辺の名称に関しては詳しくはないんですが。。

白山市には市が運営する五つの市民温泉があるんですが、ここの新中宮温泉センターもその内の一つになります。ちなみに他の市民温泉施設は松任海浜温泉(徳光CCZ)・めおと岩温泉(旧河内村紅津、ラクヨウ)・大門温泉センター(旧吉野谷村佐良)・バードハミング鳥越(旧鳥越村上野、弘法の湯)になります。CCZを除いて、新中宮を含めた4軒は白山系の温泉になります。ちなみに大人入湯料はCCZ460円、他は370円になります。
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ここには白山中宮温泉スキー場があるんですが、平成20年(2008年)以来休業しています。
元々、県内ではスキー競技の大会に使用される中・上級者向けのスキー場ですが、休業は残念ですが雪のない時期に訪れても美しいゲレンデが眼を惹きます。



中宮温泉集落の東側にある神社が笥笠中宮神社になります。白山七社の一つになりますが、往時は中宮三社八院の筆頭として、白山本宮(現・白山比盗_社)を凌ぐ勢いがあったと云われています。
ちなみに白山七社は日吉七社に倣ったとも云われますが、現在の鶴来地内の本宮四社(白山本宮、金剣宮、三宮、岩本宮)、小松国府から白山道に向かう途中にある中宮三社(中宮(現・笥笠中宮神社)、佐羅宮 (吉野谷)、別宮(べっくう、鳥越)からなります。中宮三社とは別に、白山道には白山信仰の寺社(護国寺、昌隆寺、松谷寺、蓮花寺、善興寺、長寛寺、涌泉寺、隆明寺)があり中宮三社八院とも呼んでおり、その筆頭が中宮(笥笠中宮神社)でした。また以前紹介しましたが加賀では突出した白山信仰の存在の那谷寺も中宮の統制下になっていました。
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平家物語にも描かれ、京都麩屋町通の白山神社の起源にもなった白山僧徒が三基の神輿で強訴を行った安元事件は、八院の一つ涌泉寺(ゆうせんじ)で起こった守護・目代の馬洗いと焼討が原因で、強訴により後白河法皇に守護と目代を追放させたものです。
ちなみにこの時の三基の神輿は佐羅宮・金剣宮・白山本宮の物と云われていますが、金剣宮の神輿だけが白山麓に帰還し、一基は比叡山に置かれ行方知れず、平重盛に矢を射込まれ打ち捨てられた一基が保存されて京都の白山神社の始まりになったと云われています。(白山本宮か佐羅宮 かは不明、文献伝承からは佐羅宮 が有力と云われています。更に本来は本宮にいた惣長史が神輿の責任者として延暦寺や院・朝廷と交渉していますが、事件の文献では、中宮の惣長史と書かれている物が多くあります。)
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加賀禅定道は白山比盗_社を起点にすることから、白山七社をまとめる惣長史がいる神宮寺は白山本宮に置かれていましたが、なぜ中宮の勢いがそれを上回ったといえば、、、


現代の県都は金沢になるため、現代では金沢を中心にして観てしまいますが、金沢が加賀の中心地になったのは14世紀に守護となった富樫氏の野々市以降、16世紀の加賀御堂から江戸時代にかけてであり、それ以前、特に平安期までの中心は小松国府の在った小松の地でした。
この小松国府から現在の国道360号線を東に向かい三坂峠を越えて別宮を経由して、吉野谷に入って加賀禅定道に合流、現在の国道157号で佐羅宮 を経由、現在の瀬戸野交差点の手前の清濁橋で尾添川を渡って再び国道360号線となって中宮を経由して再び尾添川を渡り、一里野方向尾添に進んで一里野から白山に登ります。これが加賀禅定道と云いながら、当時はそれとは別となる一般的な白山への加賀からの道でした。
これだけでも中宮三社は全て通過することになり本宮四社に係らないことになります。このため加賀国府から直接の裁可を受けられるため、実際にそれが多発しその権限や力は本宮を凌いだわけです。

また、現在は山肌に隧道を掘って道路がありますが、当時は中宮に入る際と中宮から尾添(一里野)に向かう際に尾添川を2度渡ることになります。現在大きな橋が渓谷の上にありますが、橋から覗いて貰えば千尋の谷とも云える目もくらむ高さです。画像は旧道の橋の上から撮りましたが、本来の場所はもっと上流で高く深い場所でした。
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往時にはこの渓谷の上を葛籠渡(かこのわたし)と呼ばれる蔦の綱に駕籠をぶら下げ人が乗って渡りました。両岸に渡した綱を大型の臼な様なもので綱を巻きあげて移動したそうです。まあ人力のケーブルカーと思って頂ければ想像がつくかも・・ちなみに白山は修験者信仰から女人禁制になっていましたが、女人が来られたのが、この笥笠中宮までになっていました。
前述のとおり加賀禅定道の大きな分岐点になるわけで、ここからが本当の白山道と呼ばれていました。
白山七社では唯一の白山道入口に存在する寺社として、笥笠中宮が尊称されたのは当然の理だったわけです。
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全盛時、笥笠中宮には十数社の社坊があり繁栄したと云われています。ところが前述の安元事件によって力を見せたのですが、守護追放によって小松国府が衰亡して、加賀の政治の本拠が野々市や金沢に移ると、本宮の権限が強くなり中宮三社八院は衰亡して行きます。現在ではほとんどの寺はなく、無人の神社になっています。
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今更ですが、いきなり笥笠と書かれても、すぐに「けがさ」と読める人はそうそう居ないと思います。
元々は「けがさ」以外にも「すがさ、けかさ」とも呼ばれていたようです。
由来は知らないんですが、笥(け)は古代の日本での食べ物を載せた器を云います。乙巳の変(大化の改新)直後に即位した孝徳天皇の長子で、中大兄皇子(後の天智天皇)・蘇我赤兄の陰謀によって、藤白坂で処刑された有間皇子が処刑直前の磐代で詠んだ歌が万葉集にあります。

※磐代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば また還り見む
※家にあれば に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る

現代に残るのは「かわらけ(瓦笥)」くらいしか思いつかないんですが、笥笠という意味はよく解りません。御存じの方が居たら教えて貰えれば幸いです。
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天暦11年(957年)創建と伝わる笥笠中宮は衰えたとはいえ、鎌倉時代以降も白山道の入り口として存続していました。
前述した加賀禅定道の他に越前禅定道・美濃禅定道があります。この三道と三馬場(白山比盗_社・白山中宮平泉寺白山中宮長滝寺)は同時発生と云えるくらい起源が同時期で加賀・越前・美濃によって、白山山頂の帰属や管理が往古から争われていました。
加賀の白山麓は戦国の一向宗支配により白山社が弱体化し、更に加賀に入部した前田利家の介入による神仏分離策が進んだことが影響し白山社の神道化が加速します。中宮笥笠中宮神社になったのはこの頃ではないかとされています。
江戸時代には白山の帰属問題や木材の間伐権問題が影響した白山争論によって、白山の管理は越前の平泉寺になり、尾添を含む白山麓十八ヵ村は天領となりました。これによって笥笠中宮神社の力は一気に無くなってしまいます。

しかし、地元住民や白山登山の信仰は長く保たれ、衰えたとはいえ大切に保存や崇敬を受けてきました。明治4年(1871年)には廃藩置県によって白山の帰属は石川県に移ります。
これで盛り返すかと思われましたが、明治5年になると村社として5年後には白山比盗_社の摂社となっています。つまり、ただの在所神社扱いになっています。明治40年に貴峰社(とみね?旧在所は不明)を合祀して、やっと大正4年に神饌幣帛料供進神社に格上げされています。
また戦前には地元政界からも崇敬や寄進を受け、表口の門柱の標字は、金沢出身の33代(昭和12年)内閣総理大臣・林銑十郎の書になります。カイゼル髭・食い逃げ解散・なんにもせんじゅうろう内閣などと揶揄され、朝鮮司令官時代の満州侵攻、イスラム教に理解を示し日本回教協会の会長を努めたりと何ともいえない経歴の持ち主ですが、地元の白山にも思い入れがあったようです。

白山関連の神社として重要視されていたことを示すものとしては、明治の廃仏毀釈で白山の禅定道の石仏が打ち壊され、山頂の本尊は下山させられたのですが。その多くは白峰の林西寺に保護安置されていますが、この笥笠中宮神社にも一体の本尊が大切に安置されているそうです。平素は厨子に隠されていますが、正月元日に厨子が開かれるそうです。神社に仏像ですが、知人が一度観たことがあって、挨拶文に白山三峰の一つ大汝峯(おおなんじみね)とあると云っていました。となれば、本地仏は阿弥陀如来像になりますが、実物を見ていないので不明です。なかなか元日にここまで来るというのは難しいですが一度は拝観したいものです。白峰の林西寺(撮影禁止)では十一面観音・地蔵菩薩・泰澄作の坐像などを拝観したことがあるんで是非こちらも観てみたいものです。

笥笠中宮神社は山間にあり、社域には大木の残骸や綺麗に整木された林間が観られます。
そのなかに白山市天然記念物にも指定されている2本の銘木があります。
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まず一本が「七葉樹(トチノキ)、笥笠中宮神社のトチノキ」。トチノキと云えば日本最大と云われるトチノキが同じ白山市の白峰にあるのですが、この白峰の「太田の大トチノキ(国指定天然記念物)」の様な横広がりの異相な形態がトチノキには多いのですが、、笥笠中宮神社にあるトチノキは珍しい直状型で、高い位置で二股に分かれながらも真直ぐに空に向かって伸びるものです。雪深い山間地としては珍しい形態をしています。近くに寄ったら是非見上げて欲しい巨樹です。
昭和46年に旧吉野谷村の天然記念物指定を受け、合併後の白山市の指定に引き継がれています。目廻り9.1m・樹高30・0m(環境省巨樹巨木データでは幹回り5.6m・樹高23・0m、観た眼ですが、目廻りはこちらの方が正解ですが、樹高はもっとありそう)
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もう一本が「笥笠中宮神社のカツラ」、七葉樹と同時期に天然記念物指定を受けています。
七葉樹の奥に在って、神殿の脇に立つためにあまり目立つ存在ではないのですが、側で観るとなかなかの姿形と大きさがあります。主幹が一度折れたようで目線の辺りでカツラ特有の株立ちがあります。樹高はありますが、元の主幹の辺りの幹周りは大きな物があり、以前は更に大きな木だったようです。
目廻り6.8m、樹高24.0m。目廻りは折れた主幹部分の大きさのようです。カツラの自生樹は渓谷の岸辺やブナ林内にあるようで、なかなか自生樹を観られない木の一つです。

中宮には深山料理の「けがさ」や堅豆腐料理の「むらうち」などの地元ならではの名店があります。
                             (ブロ友のgoさんやのっちさんが紹介しています。)
      深山料理けがさ  ・・・のっちさんのブログ   goさんのブログ
      
      とうふ料理むらうち ・・・のっちさんのブログ  
      

旅行日 2015.9.14




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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
つとつとさんこんにちは、笥笠中宮神社に寄られたんですか、私は門前の深山料理のけがささんのオーナーに山の事で御世話になっているのでお店の方に何回か寄せて頂いていますが、恥ずかしながら笥笠中宮神社に参った事がありません。
つとつとさんの記事を読ませていただくと、白山七社の内の中宮三社として随分歴史が古い神社ですね、今度行った時には参拝してきたいと思っています、大きな栃の木もみたいです。
go
2015/09/24 10:14
ココも京都に所縁があるのですね  ブラブラウォーキングの後温泉も良さげで・・・  人力ケーブル・・・辞退いたします 私は、きっとここには住めないですね(笑) 見てる分には大丈夫ですが
がにちゃん
2015/09/24 11:58
goさん
さすがに5:30を回っていたので、けがささんは閉まっていました^^;
だいぶ前ですが、神社や温泉センターには入ったことがあるんですが、けがささんはまだ入ったことがないんです。前を通るたびに閉まっている時や中途半端な時間ばかりで。。以前、goさんやのっちさんの記事でいいなあと思いながらです。
中宮は歴史的に平安期には本宮より、栄えたと云われているんですが、今はその面影がないんですが、そこに立つだけで思いを馳せます^^
本地仏の存在を知人に教えてもらってから、元日に行ってみようと思いながら、なかなか出来ない場所になっています。
つとつと
2015/09/24 20:54
中宮はスキー場が休業になってから、だいぶ寂しくなってしまいましたが。。
食事はラストに書いた名店二つはお奨めです。けがささんはまだ僕も入ったことがないんですが、むらうちさんは2度は行っていますが、豆腐料理の数々は面白いですよ。白山麓の温泉(新中宮、一里野、中宮、白峰)など、ブラブラはどれも良いですが、お食事はここはお奨めですよ^^
つとつと
2015/09/24 21:02
おはようございます

私も「けがさ」と呼べなかった一人でした。
難しい呼び名ですね。漢字変換でも中々出せなかったです。
スキー場が休業していなければ、今また環境が違うのでしょうか。
それにしても 自然豊か過ぎですね。
食いしん坊のイータンは「深山料理・堅豆腐料理」に興味津々(フムフム)
イータン
2015/09/27 07:22
イータンさん
笥笠をあっさり読める人はいないと思いますよ。僕はスガサと思い込んでいましたが、一里野で旅館の女将さんに指摘されました^^;間違いじゃないけど、まちがってるって^^;スキー場が無くなったので、スキー関連のペンションや喫茶レストが無くなって寂しい感じ 宿泊施設も1.2軒しかなくなりましたから
深山料理は山野草や漁師の撃った熊・猪なんかが出ます。他で食べたんですが熊の刺身なんてその場所でないと食べれませんからねえ。。堅豆腐は水分を絞り出した豆腐で荒縄で結わえてぶら下げて歩けるほどの豆腐です。むらうちの豆腐ステーキは絶品ですよ
つとつと
2015/09/27 09:02
スキー…私が行っていた頃は 人がいっぱいでしたが…今では「空いている」どころか「営業してない所」が 多いのかもしれませんね。
まだこもよ
2015/10/10 14:18
まだこもよさん
白山市は松任市と美川町に白山麓の鶴来、鳥越、河内、吉野谷、白峰、尾口が合併したんですが、白山麓の各町村には町村営のスキー場があって、存続が条件になっていました。しかし、暖冬と市の財政の都合で多くのスキー場が閉鎖や休業に追い込まれてしまいました。各町村の思い入れも強いので復活が望まれています。
つとつと
2015/10/16 12:09
この村で生まれたものですが小さい頃はお正月に除夜の鐘と共にこの神社にお参りしたものでした。今改めてそんなに有名な神社だったんだと・・・今度里帰りの際はじっくりお詣りしてこようと思います。ちなみに、村内のお豆腐は美味しいですよ。
yumi
2017/05/19 23:35
yumiさん
コメントありがとうございます。中宮が生まれ故郷なんですか。
良いところですねえ。毎年、元旦に観られるという本地仏が見たくて、行こう行こうと思いながら果たせずにいます。白山七社は今は静かな神社で地元に根付いていますが、むかしはみんな大きな神社でした。笥笠中宮神社は特に大事にされていたようですよ。
つとつと
2017/06/02 08:06

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