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zoom RSS 相之宮白山神社(姉丸宮)

<<   作成日時 : 2016/10/26 11:08   >>

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昨年末に訪れて、小松市原町の白山神社(旧仏が原金剣宮)を紹介した時に、地場の祠になっていたという豆丸さまのことを書きました。それに関連した神社があるということで、沖太郎丸神社と相之宮白山神社を訪れていました。今回は相之宮白山神社です。  前回のブログ(H28.1.9) → 白山神社 (旧・仏が原金剣宮)
久しぶりの神社関連になります。

このブログの中で、豆丸さまに触れたのは

ちなみに前述の番谷に在った豆丸さまですが、現在の小松市沖町に「沖太郎丸神社」というのがあるのですが、、社歴には、、太郎丸さまと称せられる。往古二人の公達が都より落ちのびてきて、ここで敵に謀殺され、夜毎に金火がでたので、その御霊を祀ったのが太郎丸・次郎丸の宮であるという。他に姉丸宮もあった。後厳之御魂社と称したが更に今の社名に改称。昭和44年沖町イ一番地甲より、今の社地に移転と同時に社殿改築。

この太郎丸と共に殺されたと云われる弟が次郎丸と言います。更にこの二人の下に居た弟を豆丸と言いました。元は沖太郎丸神社から派生したものと思われます。原町の白山神社では、野町太郎丸神社、小寺町次郎丸神社の兄弟神としていますが、野町、小寺町の神社は僕は聞いたことがないので、解ったら詳しく再UPするつもりです。ただ、沖太郎丸神社の社歴文中の姉丸宮は、小松市御宮町近くにある「相の宮白山神社」の別名が姉丸宮だと近所のお客さんに教えて貰ったことがあります。沖、相の宮から探れば案外簡単に解るかも。。甘いかな。

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あまいかな。。というように、この社歴以外に詳しいことはまだ不明状態、機会があったら小松の図書館でも行って地誌を観ようと思っていても、なかなか機会がなくずるずると。。と、いうわけで神社だけは訪れたので姉丸宮と呼ばれる相之宮白山神社から。。。上記の次郎丸が祀られた小寺町の東南端に在る神社ですが、お隣の御宮町もこの神社の所縁の町名のようですから、けっこう広い範囲に氏子が存在します。

神社内にの由来碑から

祭神 伊弉諾尊(いざなぎのみこと) 伊弉冊尊(いざなみのみこと) 菊理媛尊(くくりひめのみこと) 天朽幡姫命(あめのたくはたひめのみこと)

創立年月日不詳。俗称白山相之宮と称する。昔、従七位白山権現と称したが、明治初年、白山社と改称し、村社に列格される。昭和16年神饌幣帛料供進神社に指定される。
この地域は広々と田が続き黄金色の穂波に霊峰白山を仰ぐ美しさは小松八景の一つとされた。その水田の中の森に小寺町の氏神として白山神社が鎮座していた。昭和二十五年頃より周囲に住宅が建ち、現在の御宮町ができる。その後両町の氏神として崇拝され、昭和五十三年に御社殿が改築される。
古来より女神を祀る故、姉の宮とも称されたが、いつしか相の宮と呼ばれるようになる。室町時代の頃、小寺(竹下)より将軍足利氏に小松絹を献上したことから、小松絹の発祥地とされている。この宮に織女達が麦餅を奉饌して技術の上達を祈願してきた。
織物業界から崇敬され、毎年、七月七日に織物祈願祭を斎行する。
「七夕のお宮さん」と親しまれ、遠近の市町村から大勢の子供達が七夕飾りを奉納して賑わう。

   平成七年十一月吉日   文撰 尾坂正康
 
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神社を訪れると、このような由来碑や社歴などが設置されています。建立年代によって風化や汚れで見えなかったり、古文や文語体、旧漢字で書かれていて読み難いものも多いのですが、神社の歴史以外にその土地の風俗や地域の変遷が書かれていて興味深いし理解にもつながります。この神社のように平成に入って書かれたものは簡略しすぎるきらいがあります。それでも概略を把握するには、重要な情報源になりますから一読されることをお勧めします。
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明治の仏教・神道の分離改革で、祭神も後から追加されたものが多く見受けられます。その多くが誰でも知っているような古事記や日本書紀に登場する日本神話の神様なんですが、この神社でもイザナギ・イザナミは後で追加されたものと見てよいのではないでしょうか。まあ、白山神社といえば菊理媛(白山比盗_)が霊峰白山の本来の主祭神・ご当地神と言えます。

ただ、菊理媛(くくりひめ)がイザナギ・イザナミに関係ないかと云えばそういうわけでもなく、日本書紀では黄泉の国にイザナミを迎えに行ったイザナギが変わり果てた妻の姿に驚いて逃げだし、黄泉比良坂(よもつひらさか)で千引岩を境に「それなら毎日1000人殺してやる」「それなら毎日1500人の子供が生まれるようにする」といった痴話喧嘩をした際に。観るなという約束で待ちきれずに勝手に観てあげくに逃げ出す方も、鬼や眷属を派遣して夫を捕らえようとする妻、あげくに人の生き死にを勝手に決めちゃうんですからどっちもどっちなんですが。この二人の間に立って説得し仲を取り持ったのが泉守道者(よもつちのもりびと)と菊理媛、泉守道者がイザナミの言葉として「一緒には戻れず、黄泉の国に留まる」という言葉をイザナギに伝え、菊理媛が双方に言った言葉が何かは書かれていませんが、その言葉に納得して菊理媛を褒めてイザナギは去りましたし、イザナミは彼を黙って見送ったのです。仲を取り持つということで、菊理媛が縁結び、とりわけ仲を取り持つ神として信仰を集める謂れ。。
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他で見られるものでは、地場の祭り神を置き換えたり、日本神話の中の似た神様を並列する場合もあります。
もう一柱の天朽幡姫(あめのたくはたひめ)がこれに当ります。ちなみに天朽幡姫命は日本書紀に出て来る名で、古事記では萬幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと)と言います。日本神話で最初に神が姿を現す天地開闢の造化三神の一柱・高皇産霊神(たかむすびのかみ・高木神)の娘・火之戸幡姫(ほのとはたひめ)の娘・玉依姫と同一とされています。天孫降臨の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の母親になります。神話の中ではいろいろな形で登場し、女神の中では登場回数では主要な神様です。
母親の戸幡姫は織物・織機の神様で、その娘・玉依姫も同じく織物・織機の神と呼ばれる時に天朽幡姫と呼称されるようです。
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由来碑の文中にもあるように小松は古くから絹を産出していたようです。元々、小松の平野部は古代から江戸期にかけては湖沼が多く梯川(かけはしがわ)などの大河もあって、湿地帯の範囲が多かったために畑作には向いておらず、桑が多く栽培されていたと云われています。室町期の将軍への小松絹(加賀絹)献上が発祥と書かれていますが、このことで名を高めたのは確かで、戦国末期の慶長期には各大名の旗印の流旗(ながればた)にも多く採用されていたと云われます。しかしその歴史はもっと古く、養蚕・製織技術を習得して雄略天皇の代から天皇家へ献上されていたと云われています。

この頃からとは思いますが小松絹は着物の裏地として最高級とされており、江戸期初期の前田利常による小松の整備・産業創出によって、小松絹の質・供給量は飛躍的に伸びます。ちなみにこの絹織物は加賀藩の重要産物として、小松から生産・機織り技術が越中の城端に伝えられ、二大生産地として現在に伝えられてきました。
更に明治にはジャカート織機、それに続く力織機の導入で柄を織り込む紋織物の工業化が進み、隆盛を戦中まで極めていました。小松城三の丸址の芦城(ろじょう)公園の開園にはこの小松織物組合が資金面で大いに貢献しています。公園の北西にあるうずまき山にある五重の石塔は、明治42年(1909年)にジャカート織機隆盛記念塔として建立されたものだそうです。

絹織物産業は戦時中に国によって約7割の施設を軍事徴発され、8000台を越す織機機会が整備徴発として接収され、500社あった織機工場も半数が廃業に追い込まれるという壊滅的な道を辿ります。戦後になってからも衰退は続きますが、現在・小松織物業組合加盟数は約100社、小松絹の伝統の灯は消えず一部化繊に移行しつつも、織物産業の火は復活を目指しています。
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そんな古くからの織物の歴史を持ち、小松絹発祥の地とされるこの神社にはもう一人の女性が祀られているという伝承があります。それが別名になる姉丸宮の基になる姉丸。先の沖太郎丸神社の前身・後厳之御魂社のもとになった小寺次郎丸神社もこの辺りに在ったと云われています。殺された太郎丸・次郎丸更にその弟と云われる豆丸の三兄弟の姉と思われる姫が祀られているのがこの相之宮白山神社だと云われています。往古とのみ伝わるので、年代や時代ははっきりしません。
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小松の名がが歴史の舞台に知られるようになるのは、鎌倉期から戦国時代にかけてと云われますが、先に書いたように小松絹(加賀絹)を献上し始めた雄略天皇時代から古墳や遺跡が集中する古墳期。加賀国府が置かれ加賀の中心地になった平安時代。小松に隠居城を置き、隠居領とし、小松絹を産業の中心に位置づけ発展させた加賀藩三代・前田利常の代には、京都から多くの教養人・職人が招聘された江戸期初期。
名の由来伝承と言えば平安中期の花山上皇の巡行で稚松(わかまつ)を植えて御所を置いたという「園の小松原」、京都六波羅・小松第に居を構えて小松殿と呼ばれた平重盛(平清盛の嫡男)の所領地があり、建立した小松寺に由来するとも云われています。姉丸と三兄弟が都から小松に逃れてきた年代はどれに当るかは不明です。
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この姉丸姫の不幸な伝承ですが、この姫が白山神社の菊理姫神天朽幡姫神と結びついて織姫神として祀られ、長く崇拝されるに及んだと推測されます。
古来から小松絹を織る織女からはこの宮に参拝して麦餅を奉納すると、技術が向上するとして敬われて来ました。また、小松絹織物の戦中までの発展を知る業界関係者からの熱い崇敬を今も受けています。
毎年七月七日の七夕の日には、当神社では一番華やかな「織姫祭」として祭礼が行われています。この日は神社前には屋台が並び、近在のこども園や小学生の作った短冊・七夕飾り(もちろん、一般からも)が奉納され、県内外の織物関係者が参拝しています。この祭礼では、前述の麦餅に加えて素麺が奉納されています。





22日から3日間、上越に行ってきました。今回は本当にゆったり過ごしてきました。
次回は上越の記事を書く予定^^

旅行日 2016.02.24








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沖太郎丸神社
小松市原町にあった豆丸様の祠の伝承の続きです。 ...続きを見る
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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
絹織物繋がり お詣りに行かねばですね
がにちゃん
2016/10/26 17:49
神社の由来碑、つい読みとばしてしまいます。
城の由来記だったら、いっつも目を皿のようにして見るんですけれど・・・。
しかし由来を知ると知らないとでは、お参りをしてもありがたさがちがいますし、こんどからちゃんと読むようにします。
家ニスタ
2016/10/26 22:57
がにちゃんさん
七月七日の七夕の日、とっても賑やかで可愛い巫女さんも観られますよ
織姫様を祀る神社は県内ではここしか思いつかない神社なんですよ^^;
小松でも一番車通りの多い本通から一本入った住宅地の中にあるんですが、この日だけはとっても賑やかです。

家ニスタさん
我が家の女性陣二人も全然読まずに、拝殿に一直線タイプです。
神様の由来もそうなんですが、近在の名所や名跡も併記されてるんで参考になるし、古社では武将関連やお城とも所縁が強いから、どういったつながりがあるのか解る時もあるんでお奨めですよ。けっこう知られた歴史の舞台なのに、地元では知られていないなんてのが意外に有ったりしますから^^
つとつと
2016/10/27 11:42
冒頭の「豆丸さま」信仰の話に
心惹かれるものがありました。
要は御霊信仰なんですね。しかも、都から
落ちのびた貴公子という「貴種流離譚」の
物語性を帯びていて…。後から加わった(習合した)
神さまをひとまず脇に置くと、信仰の
原形みたいなものが想像されて面白いと思います。
yasuhiko
2016/10/27 22:24
yasuhikoさん
おっしゃる通り、神社も元をたどれば、磐座や滝・神木など自然の産物を対象にしたものや、道祖神や地場の神を祀る祠、今回のように怨霊鎮魂や慰撫の対象から派生したものが多くあります。大きな神社でも脇にある摂社が本来の主祭神ということがよくあります。
「貴種流離譚」は各地に点在しますが、この小松の姉丸・太郎丸・次郎丸・豆丸の四姉兄弟が地元での事件として印象的だったんでしょう。豆丸が存在したかどうかもあやふやですが、小松でも隠れ里のような原町の路傍にあり、小松に固まる三人との関係は興味深いものがあります。加賀にはけっこう貴種の流離に関するものは多く存在します。有名所では義経もそうですね。
つとつと
2016/10/28 09:17
小松といえばコマツ製作所とばかり思っちゃいますが やはり歴史ありなんですね

狛犬さんが なんともインパクトありです
メミコ
2016/11/17 11:44
メミコさん
(笑)地元でも小松からコマツ製作所と航空自衛隊をなくしたら、何にも残らないなんて陰口がありますが。。歴史的には江戸期以前は加賀の中心地は小松でしたから、歴史は金沢より深いと思います。
狛犬も各神社でみんな違った仕様ですが、加賀の狛犬は迫力あるものが多いみたい
つとつと
2016/11/19 11:33

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