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zoom RSS 四坊高坂八幡神社(波自加弥神社奥の院)

<<   作成日時 : 2017/05/16 13:26   >>

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全国には変わった神様を祀っている神社がありますが、北金沢の波自加弥(はじかみ)神社もその一つです。
波自加弥神社が主祭神としているのが生姜(しょうが)の神様になります。生姜の古名は「薑・椒」で「はじかみ」と読んでいたと云われています。神社名の波自加弥はこの語が変じたものだと云われています。金沢では波自加弥神社の生姜から更に広義に広げて香辛料の神様として、神社で開催される「はじかみ大祭」には、生姜を扱う生産者や業者はもちろん食堂やレストラン関係者が集まってきて製品などを献納して、社業発展などを祈願して賑わっています。日頃は静かな神社ですが、この日は賑やかな祭礼でごったがえします。近年ではすっかり金沢の風物詩の一つになってきています。

6月15日は「生姜の日」。実はこれはお茶漬けの素やふりかけなどで知られる永谷園が、日本記念日協会に登録申請して制定されたものなんです。H19(2007年)に冷え知らず・生姜シリーズのヒットで、気を良くした永谷園は生姜部という部署を造るほどの力の入れよう ⇒ 永谷園生姜部HP

H21(2009年)に前述のように日本記念日協会に申請して6月15日が「生姜の日」になったのですが、波自加弥神社のはじかみ大祭の開催日でして、永谷園はこの祭礼の日に因んで申請したそうです。

波自加弥神社の神主・田近氏は、河北・金沢や白山市の神社合わせて42社の兼務をしていて、石川県神社庁の金沢支部長さん。相当多忙なはずなんですが、ブログも毎日更新しています。神主らしからぬはじけた面白いブログですが、さすが神主さんで神社の由来や行事には詳しい話題も、しばらくお休みした時期もありましたが僕も時々、愛読させて頂いています。サブタイトルは「生姜神社のしょうがない話」 ⇒ はじかみ神主のぶろぐ

波自加弥神社は延喜式内社であり、歴史は古く創建は養老2年(718年)、奈良時代に遡ると云われていますから、まだ加賀国が越前国の一部だった時代です。創建時はこの地から更に山間を登った先の四坊高坂町にありました。
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金沢市街から北東に位置する田近山の山並みの中間に位置する四坊高坂町は山深いですが、山側環状バイパスの梅田JAC近くか波自加弥神社の北側からの難路な登山道か、幾分広めな深谷温泉・石湯から四王寺町を経由した登山道を行くしかありません。どちらも舗装はされていますが、曲がりくねった峠道で車一台がやっとのような箇所が多い道ですのでご注意を。。その代わりと云っては何ですが、田近山西側の高所からは河北潟の全景が見られるビューポイントになります。
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現在は3/4が干拓された河北潟ですが、それ以前は全国でも20番目の大きさを誇った県内随一の湖でした。
干拓された土地も含め全景が観られる数少ない場所になるのです。最後の画像の河のように見えるのは宇ノ気川と呼ばれていますが、元々は河北潟の外周部。その向こうの山のように見えるところの裾までが干拓地になります。この干拓事業は昭和60年(1985年)に完成したのですが、それ以前の小中学生の頃、みんなでチャリンコこいで、魚釣りに行ったなあ^^河北・内灘・北金沢の人には身近な湖でした。
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画像をアップすると解りますが、遠くに微かに観える大きな斜張橋は内灘大橋。ちなみに、この橋の下は、干拓の為に河北潟の水を海に流しだすための放水路になっています。橋の左右は元々は地続きでしたが、この放水路で分断されました。実はこの山の壁のように見えるのが、すべて砂山、つまり砂丘になります。内灘砂丘。総延長約10km・幅約1km・最高部標高61m。青森の猿ヶ森砂丘、鳥取県の鳥取砂丘に次いで第三位の規模の砂丘です。これだけの砂丘を持ちながら、海岸としてしか認識してない石川県人。何せ上に住んでる内灘町やかほく市の町民でも砂丘の上に住んでるって認識してない人の何と多いことか^^;
とにかく、晴れた日のこの場所からの眺望は、僕の個人意見ですが、金沢でも三本の指に入る好眺望です。今回はちょっと高曇りで少し残念。。

四方高坂の名前は、個人的予想ですが、四方町(村)と高坂町(村)がくっついた名のようです。名は体を表すと云いますが、高台にたって見晴らしの良い四方町と狭い坂道だらけの高坂町。一応、四方町の名別に残っていて、先に河北潟の画像を撮った場所が花園八幡と四方町と四方高坂町の分かれ道の辺りです。そこに立つ「つづりな窯」という焼き物の工房の道標が目印。
ここから、工房を横目に進むと黄金清水に行き当たります。更に先に進めば、深谷温泉方面に抜けられますが非常に解り辛いので迷子にならないように。。。要注意

現在の波自加弥神社にも記されていますが、波自加弥神社跡地とされ、生姜の神信仰の発祥の地と云える黄金清水(こがねしょうず)の案内板を記すと
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黄金清水(こがねしょうず)の霊水 金沢市四方高坂町

■この清水付近は波自加弥神社の元社跡と推定されている。ハジカミとは生姜の古名のことで日本で唯一香辛料の神を祀る神社である。
■一千三百年前の奈良時代、加賀の国に日照りが続き、水を求めて国造(くにのみやつこ)のコウノトという人がこの地にあった波自加弥神社で祈願したところ、三十七日目の満願日に金色に輝く霊水がコンコンと湧き出した。人々はこれで蘇生し、たまたま旱天下に自生ていた薑(はじかみ、生姜の古名)を供え神恩に報いた。黄金清水の起こりである。
■その後、波自加弥神社は寿永2年(1183年)源平北国合戦のおり兵火に罹り亡失し、現在の花園八幡町へ移転遷座したが、霊水の湧き出た六月十五日を大祭と定め、爾来、他では類を見ない金沢の奇祭「しょうが祭り」として連綿として受け継がれている。
■この清水には砂金も生じたため黄金清水と呼ばれ、堅田城(金沢市指定史跡)の水源として黄金の樋で水が引かれたとの伝説もあり、代々村人は霊水と崇めてきた。しかし、長年の土砂の堆積により沼地化していたものを、近年村人達のボランティアにより整備され、面目を一新した。
■付近一帯の湧き水や鉱泉のほとんどが、鉄分の多い茶褐色なのに対し、この霊水は岩盤から湧出する無色透明で大変おいしい水である。波自加弥神社の大祭では、この水を使って神前で生姜湯が謹製され、多くの参拝者に振舞われている。

波自加弥神社 田近 章嗣 記

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少し補足すると、黄金清水の誕生による後に、生姜の奉納の由来からか田近山の西麓の山裾では、生姜畑が作られ名産となっていたようです。
源平北国合戦については、以前に「根上りの松」で、源平盛衰記の記述を紹介していますが、源義仲の蜂起と進軍では先んじて加賀の在地勢力は源氏に旗幟を染めていました。越前今庄の燧城(ひうちじょう)の戦いで前哨戦を制した義仲追討軍となった平維盛軍は逃げる加賀在地の源氏軍を追って北金沢に侵入して滞陣。越中への経路となる倶利伽羅峠の北国街道と、横根・松根から内山峠を経由する小原越道の分岐点となる土地の平定に掛かったことが記されています。この際に高坂の波自加弥神社もこの兵火に罹ったようです。
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その後、神社は再建されることはありませんでしたが、黄金清水は金沢生姜の発祥地となり、同じ山系の堅田城の水源地になっていたようです。波自加弥神社は前述の様に同地に再建はされませんでしたが、生姜畑が広がった山裾の現在地にあった田鹿八幡宮に複合されることになったと云われます。ところが、社格が波自加弥神社の方が上位だったために社名を波自加弥神社と正式に改めたために、田鹿八幡が摂社扱いと格落ちで現在に至っているそうです。
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堅田城の黄金の樋は笑い話ですが、同じ山系に繋がりますから水源というのは頷けなくもないですが.、険しい起伏で直線で2キロ強ですから、ちょっと離れすぎかなあ。。。
ともあれ土砂で沼地化したものを整備された黄金清水は、二つの池に上部から水を引き入れ、水芭蕉が植えられるなど、すっかり水生のビオトープ、二つの池を覗いたら、ちっちゃなオタマジャクシがウヨウヨ、、、我が家の女性陣が苦手のカエルさん、、当然オタマジャクシも苦手、、連れて来なくてよかった。。きっと、慄いただろうから。。
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黄金清水から東に少し進んだ所に入り口は解りにくいですが、四方高坂八幡神社の参道があります。波自加弥神社が黄金清水にあった頃は、この神社のある所が奥の院だったと伝わっています。
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室町期に八幡神を勧請し四方高坂八幡宮と云われ、田近山に散らばる各村の合同地だったと伝わっています。明治6年に村社格ですから、その頃はこの山系にも家屋が多く存在したようですが、今は山頂付近には数えるほどになっています。明治43年に拝殿を改築して八幡神社となっています。
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けして立派な拝殿とは言えませんが、今では氏子も少ない山奥の神社としては、境内や古い拝殿・神殿・地蔵堂も手入れの手が掛けられています。雰囲気の良さがあります。
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僕がこの険しく、道も車では厳しい場所にやってくるのは、前述の分かれ道の風景を観られることと。。
もう一つの目的が、この四方高坂八幡神社の大杉です。なかなかの巨木なんですが、天然物指定は受けていませんが、なかなかの枝ぶりと樹形で気に入っています。
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参道階段上から覆いかぶさるように出迎えてくれる姿は美しいものがあります。日本の杉がくっついた様な姿は異形ともいえますが、意外に怖さは感じません。どうも、注連縄の巻かれたもう一本の御神木の杉が、対照的に真っ直ぐな立ち姿のせいかもしれません。この二本の杉が好きで、年に2.3度ですが寄り道の遠回りで、山越えを縦断してるんです。

旅行日 2017.05.10








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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
日本らしい神様ですね イワシもしょうがも信じれば・・・
永谷園さん 力の入れようが違いますね ほっとヨガ やってみようかなぁ  
がにちゃん
2017/05/16 15:23
生姜の神様ですか?古名は「はじかみ」なのですね。いろんな神様がいらっしゃいますね。熊本市にもお味噌の神様が…。こちらは天神様なのですがね。景色も杉も素晴らしいです。興味のある情報をありがとうございます。
tor
2017/05/16 21:44
がにちゃんさん
創建時はちがう意味の神様だったんでしょうが、生姜そのものが神様というのは珍しいでしょ。まあ、それだけでは守備範囲が狭すぎるので、香辛料になってますけど。。
この体操動画面白かったでしょ。お試しあれ^^BGMは「生姜部の歌」なんだそうですよ^^やるもんです。

torさん
本社は山裾にあるんで、また機会があったら寄ってみようと思います。生姜その物が神様というのも面白いでしょ。味噌の神様ですか@@能登の総持寺祖院に味噌すり地蔵というお味噌の仏様として崇められています。一種の身代わり地蔵尊ですが、伝承や民話から広がってきたようです。面白い神様は全国にいるんでしょうね。
つとつと
2017/05/17 08:26
波自加弥(はじかみ)神社ですか。
古代の日本語が、神社の名前として
今も残っている事に感慨を覚えます。
「はじかみ」は記紀歌謡の久米歌の中にも
登場するので(山椒説と生姜説とがあるようです)、
この名前を聞き、万葉仮名を目にした時、
何だか急に古代に引き戻されたような気がしました。
yasuhiko
2017/05/19 21:27
yasuhikoさん
久米歌、久目歌の名前は何となく記憶にあるんですが、中身までは記憶に残っていませんでした。波自加弥神社の本社の方は一度しか行ったことはないんですが、車のナビだと全然違う遥拝所に連れてかれて探し回った記憶があります。この旧奥の院にはたまにですが、人里離れた眺望の良い場所で一人になりたいときに行っています。
万葉と云えば、次にはまた倶梨伽羅の続きを書いてるんですが、越中守・大伴家持への大伴池主の贈答歌を載せるつもりです。万葉集の編者と云われる大伴家持が越中国守で赴任していたおかげで、この辺りにもその足跡や歌が残されています。
つとつと
2017/05/20 10:07
はじかみ生姜が美味しい季節ですね

主人が 好きで よく食べます

険しさも また良しですね
メミコ
2017/05/20 13:43
生姜神社なんてあるんですね。
石川は生姜が名産なんでしょうか。
僕も生姜大好き(特に豚肉の生姜焼き)ですので、機会があったら一度お参りしなきゃいけないかもですね。
河北潟は知りませんでした。
八郎潟もそうですが、3/4が干拓されてしまったとは残念ですね。
その後の農地需要の伸び悩みで、干拓自体意味がなかったことになりかねませんから。
それよりは、観光資源としての湖を残しておいたほうがよかったかもしれません。
家ニスタ
2017/05/20 18:06
メミコさん
子供の頃は紅ショウガ以外はそれ程興味もなく、好きでもないという感じだったんですが、歳をとるごとに好きになってきました。
それと、嫁さんが石川に来てから生姜に目覚めちゃって、いろいろ付け足しにするようになると、すっかりこちらまで感化されちゃいました。
良い景色でしょ。金沢の山側は険しい山間が多いですが、思いがけないものが多くあるところ。

家ニスタさん
生姜の名産地というほどではないんですが、加賀料理には必需品ですからね、そうそう和菓子の柴舟は生姜と砂糖をせんべいに塗ったもので、馴染み深いものがあります。
河北潟の干拓は江戸時代の銭屋五兵衛以来の加賀の悲願ともいえましたからね。。確かに、初期目標は田地だったんですが、完成時は減反政策の真っ只中、いろんな話は出たんですが、畑地や牧場しか認めずにいてくれたおかげで、野菜の農地と共に自然の宝庫・野鳥や渡り鳥の天国になっています。意外に地元の人にとっては、ひまわり畑や牧場といった地元観光には適していて、変に商業誘致の外来で荒れてしまうより逆に良かったという話があります。
つとつと
2017/05/20 19:28
波自加弥神社にはまだ行ったことがないのですが、珍しい神社なので例祭の時の様子がよくニュースで放送されます、三宝の上に生姜が山盛りに盛られたものが神前にお供えしている様子が何回か見たことが有ります。
随分歴史が古い神社の様ですが、黄金清水が波自加弥神社の跡地の様ですが、地図では四坊高坂町になっているんですが、四方高坂町と同じですか。
四方八幡神社の大杉の枝ぶりを見ていると鳥越の八十谷の大杉と似ています、樹齢は八十谷の杉の方が長いようですが。
go
2017/05/21 18:30
goさん
波自加弥神社の地図も載せればよかったですね。
現在の波自加弥神社は花園八幡町にあります。旧8号線を富山・津幡方向に進んで、兼六運輸の次の信号の二日市町を右折して、真っ直ぐ行った突き当りにあります。車のナビだと花園町の石柱しかない遥拝所に連れて行かれますから頼っちゃだめですよ。
五十谷の大杉には全然届かない大きさですが、二本の杉がくっついた様な正面の杉の形態は非常に面白いです。途中の景色は晴れていると素晴らしいし、もし焼き物工房「つづりな窯」が開いていたら、なかなか面白い作品が見られますよーー
つとつと
2017/05/21 19:41

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