明治紀念之標 日本武尊像

兼六園の霞が池の東側に大きな銅像があります。
日本武尊の像です。石積みの上に5.5mの像が建っています。
明治13年に建立されたものです。

何故にヤマトタケルが兼六園にといえば、明治の頃、西南戦争出征の石川県軍人270人の慰霊塔なのです。熊襲征伐と出征先で亡くなったという事で、日本武尊が選ばれたとも言われていますし。また日本武尊の死後、白鳥が三重から奈良に向い、その後北へ向かったという伝承から、北陸の幾つかに白鳥伝説が伝わっていたことも関係しているのかもしれません。
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ちなみにこの銅像が日本最初の銅像といわれています。
高岡の鋳物職人組合が作成したものです。その後、銅像といえば高岡というほどの発展を遂げています。日本の銅像の7割以上が高岡で作られたものですが、その始まりはこの銅像からとなります。
金沢にとって製作を高岡に獲られたという事で紆余曲折があったのですが、戦時供出や国からの排出指示などを、金沢市民からの反対運動で乗り越えた歴史も持っています。この像は長い年月を経て20年ほど前に改修されたものです。

像の左右に立つ松は「手向け松」と、呼ばれていますが、京都の東西の本願寺から移植されたものです。対立する東西本願寺が並立するのは忠魂ならではのものです。

100年以上建っていると、色々な伝承や異説があります。幾つか挙げると、こんな感じ。
・この像には鳥がとまらない。実際、糞を掛けられていないんですね。噂では防錆のために砒素を混ぜたためとも言われています。
・石積みが崩れたことが無い。
・考証の問題ですが、剣が直剣でなく日本刀になっている。作者は知らなかった?それを死ぬまで苦にしていた? などなど。。。

兼六園に来た際には、大きな頭と剣に注目を>>>

旅行日 2010.3.14




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商品の詳細ジャンル文芸フォーマット新書出版社文藝春秋発売日2003年10月ISBN978416660



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