卯辰山 梅林園 米よこせ~~

金沢城の鬼門に当たる卯辰山。現在は金沢市民の憩いの公園になっていますが、山に登ると金沢城を見下ろす位置になり、江戸時代は住民の登山は禁止されていました。古くは平安時代には宇多須山(うたすやま)。七尾城攻めの際、上杉謙信が本陣を置いた際は臥竜山(がりゅうざん)と名付けています。

卯辰山公園には幾つか花が美しい場所があるのですが、ここもその一つです。花菖蒲園の駐車場から豊国神社にむかう鳥居をくぐって坂道を登ったところにあります。この日はまだ早すぎたようでポツポツとしか咲いていませんでした。
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さてこの場所は歴史的にもう一つの物語があった場所です。
江戸時代の安政5年、この年は天候不順で凶作が予想されました。実際凶作だったんですが、それを見込んだ商人が米を買占め・売り惜しみの行為に出たため、庶民生活が困窮に陥ってしまいました。完全に困った庶民は一揆・打ち壊し寸前。ところが7月中旬、地元庶民は突飛な行動に出ます。2日間にわたって夜、2000人程でこの場所に登り、米の開放を叫んだのです。「米よこせ~~~!!」の大合唱。
2000人の大声・大合唱は2キロも離れていないお城には相当響いたようです。慌てた藩は、御蔵米五百俵を放出。米価値下げの命令を出しています。暴力行為なしの「泣き一揆」。現代のデモやシュプレヒコールの原点と云われています。
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しかし届け出無しの騒じょう行為、しかも登山禁止地区ということで、首謀者七名が逮捕、二名が獄死、五名が打ち首になっています。
その後この七名を忍んで、この場所の下に当たる観音坂に七体の地蔵が建立されました。現在はこの地蔵は東山の寿経寺に安置されています。稲を持ったおちゃめな顔をしたお地蔵様達です。ここに来たら立ち寄って観て下さい。
http://www.hyakumangoku.net/guide/s-higashiyama/nanaine-jizo.html
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あっ、金沢城に向かって叫ぶのもお忘れなく「米よこせ~~!!」^^;
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追伸 嫁さんと二人でもう一度訪れました。今度は梅も咲いてました^^写真を入れ替えときました。まだまだ6分咲きという感じ、今年は天気は良いけど気温が低くて、梅も桜も遅れてます。
ついでに寿経寺の地蔵さんも。車からなので映りは悪いですが。。。

旅行日 2011.3.19

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