小丸山城址 小丸山公園

七尾駅から和倉に向かう途中、右手に小高い丘があります。ここが「小丸山公園」です。ソメイヨシノや枝垂桜があり、能登の有力な花見スポットになっています。また自然林も多く、日影も多く、夏の避暑にも良い場所です。
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ここは元々は小丸山城がありました。
前田利家が能登を分与され入部した際、築城したものです。
畠山氏が治めていた際は本城は「七尾城」でしたが、堅牢な山城の為、新任の治政に向かないため、ここに本城を築城したようです。ただ利家本人はあまり在城せず、兄の安勝(前田慶次郎の妻の親)・長連龍などに城代を任せていました。

構造としては平山城。本丸・宮丸・天性丸そして南面防衛の大念寺山砦で構成されていました。また、29(現存は16)の「山の上寺院群」と呼ばれる寺院を配置して防衛用に配していました。加賀藩以降も寺院を防衛拠点として配すのは金沢城・高岡城にも受け継がれています。
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大念寺山は道路・鉄道により現在はありませんが、宮丸は愛宕山相撲場になっています。三更橋で繋がる本丸と天性丸は城の面影が解ります。また宮丸跡の相撲場から本丸・天性丸に向かう土塁は往時を偲ばせます。
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前田利家が金沢に移った後は前田安勝が城代を務め、利家死後は能登を相続した次男の前田利政が居城としました。利政が関が原戦の責任で没落後、一国一城令により廃城となり、城の建物は取り払われました。

この小丸山は七尾の高台になり、東西南北に市街を見渡すことができ、港に近く・能登への街道ののど元に当たります。地勢的にも重要拠点なのが解ります。

旅行日 2011.7.20


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