荻町城址

白川郷の観光紹介写真で、よく山の上から集落を遠望したような写真が紹介されていますが、それがこの城跡からです。
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始まりは、南北朝の時代、南朝の貴族が隠れ住んだことが始まりだといわれています。
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その後、荻町城は内ヶ島氏の家老・山下氏の館城でした。
内ヶ島氏は土砂崩れで一族諸共に滅んだ幻の城「帰雲城」の城主一族でしたが、帰雲城亡き後、荻町城が白川郷の主城として機能したようです。
ただ、登ってみると解かりますが、城域は小さく館跡という感じです。
しかも、街道から外れているので、立地面からも防御地の意味はあまり無かったようです。山下氏もその後は徳川家の家臣となって名古屋に移っています。白川郷の領主・山下氏勝は尾張初代藩主の徳川義直のもり役で、本城を清須から名古屋に移すように家康に進言した人物といわれています。

この城の城主・山下氏勝には、こんな恋話が残っています。
白川郷の合掌造りで一番大きい「和田家」(国の重要文化財にも指定されています。)この家は庄屋や番所役人を勤めていた家ですが、この家に近在でも美人で有名な「おその」という娘が居ました。引く手あまただったのですが、当人は嫁に行く気なんて全然無かったそうです。ところがある日、ここに家老の山下親子が宿泊した際に、息子の氏勝とおそのは一目惚れ、、、身分・親もいる。で告白はしなかったそうです。
その後、おそのは家から山の上の城を眺めては恋煩い。食事ものどを通らず。そんな娘に父親が心機一転、主城づとめの山下親子に談判して嫁にして貰ったそうです。内心、同じく惚れていた氏勝はラッキーとばかりに、嫁に即効で貰ったそうです。ちなみに、氏勝は文武ともに優れていたそうですから。

みなさんも山頂からの眺めと和田家から山頂を見上げる景色を楽しんでみてください。
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旅行日 2010.4.25

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