布市神社

野々市市で一番大きな神社がこの「布市神社」です。場所は旧野々市役場(現・野々市図書館)の隣りになります。
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創建は康平6年(1063年)、富樫家国が加賀介(後の守護)となって野々市(当時は布市)に国府として富樫館を建てた際に、邸内に住吉三神を祀った祠堂を建てたのが始まりとされています。更に富樫泰家(勧進帳の富樫)が加賀国守として、加賀富樫家の開祖といえる「富樫忠頼」を合祀して護国神社と称していたそうです。
富樫館滅亡後は衰退していましたが、元和元年(1615年)に加賀藩3代藩主・前田利常による調査・保護によって復活したそうです。明治以降は富樫郷住吉社と呼ばれていましたが、八幡社2社を合祀して「布市神社」となったそうです。
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境内には
弁慶の力石」・・これは大野湊神社に泊まった源義経から答礼に富樫館に派遣された弁慶が富樫泰家の前で力技を披露した時に使ったとされる石。江戸期は雨乞いに使われたそうです。
公孫樹」・・高さ20メートル・幹回り5メートル・樹齢500年以上豊臣秀頼の側近として大阪の陣で活躍した木村重成の伯父とされる木村孝信の墓標とされています。孝信の屋敷は旧役場跡だったそうです。
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道興の歌碑」・・、「風をくる 一村雨に 虹きえて のの市人は たちもをやまず」 道興は聖護院門跡から園城寺・熊野三山・新熊野社の長史・検校を兼務した人物で、大僧正・準后(皇族待遇)と僧侶としては最高位まで進んだ人物です。北陸・関東・奥州を廻国し、紀行文「廻国雑記」を著した人物としても知られた人物だそうです。
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道興については正直全く知らない人物で、この歌碑も正直だれのものって感じだったのですが、この神社に訪れてウロウロしていたら、声をかけて下さった方が人物や歌のことを教えてくださいました。
道興の道筋と歌碑を調べている方だそうで、雪が吹雪く中で優しく細々と教えてくださいました。目的は僕と違って高尚な方でしたが、歴史や地理が好きな僕としては同好の人と出会えるのはうれしい限りでした。こういう出会いは心が弾むものですね^^V

旅行日 2012.1.24

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