高尾城址・見晴し台

金沢市の東南に位置する場所にあったのが「高尾城」別名は「富樫城」

「百姓が持ちたる国」と呼ばれた加賀一向一揆を象徴する城でした。
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高尾城の築城年代は不明ですが、富樫氏が建武の新政時に加賀守護についた1335年から加賀守護に復帰した1400年初頭ではないかと云われています。富樫氏の本城でしたが防衛戦用の山城で郭内に館などもあったという記録もありますが不明です。守護職は近くの野々市の「富樫館」に住んで政務・生活をしていたようです。

高尾城の最後の城主は富樫政親。一時期、小松の今江城に本城を移したりしましたが、ここを本城にして加賀一国の守護でした。1488年、一向一揆に攻められこの城で自刃しています。城もこの後歴史に出てくることがなく廃城となったようです。

教科書などでは政親の死を持って加賀は百姓の国になったと書いている物が多いですが。政親の家督継承の際、応仁の乱の関係で東西に分かれた弟の幸千代(大聖寺城主)との長きにわたる争いとなり、政親は一向宗の支援を受けて勝利を得ました。その後から一向宗勢力の勢いを恐れた政親は一向宗の勢力減少を狙い圧迫を続け、たまりかねた一向宗徒が在地勢力や一部の富樫一族と結びつき、守護に反抗して攻めたのが真相です。実際、落城後、守護職は政親の大叔父・富樫泰高がついています。大きく力は弱まりましたが守護としての地位と政務は富樫家に残っていたわけです。
更に言えば、1531年本願寺の内紛により起こった「大小一揆」において、富樫家は小一揆に加担して敗れ守護追放を受けています。ここで守護不在の国になったんですが、実際は石山本願寺の分国になったものでした。

さて、現職の守護が攻め殺されたという重大事件の現場としての重要舞台・資料の場所がなぜあまり知られていないかと云えば、ここが北陸自動車道建設の土取り場となり、主要な城郭部だった「城山」と云われた部分が壊滅的に破壊されてしまったからです。道路も大事ですが、なぜに発掘調査・保全を行わなかったのか。今では取り返しの利かない状態で、悔やまれる出来事です。現在は城山の平坦部分には金沢市の教育センターが建てられていますが、この平坦部の敷地面積を観るにつけその規模が伺われます。あ~~もったいない><
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高尾城の名残は「古城」と呼ばれる小さな砦跡のみで、土塁・堀切などの名残があります。現在は整備途上で、古城には藪や草木をかき分けねばなりませんので進入は相当の覚悟が必要です。今回は仕事途中で革靴だったんで断念、それでもチラ見しようと裏道から降りたらドロドロ><
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昨年11月に城山を登った古城の手前に「高尾城址見晴台」が完成しました。教育センターの裏からも登れますがまだまだ整備途上(古城の一部が見えます。)、表の分かれ道を右に入った登り口からがお奨めです。ただし300段ほど登らねばならないので覚悟が必要です。
頂上に着くと景観の素晴らしさは抜群です。金沢市内全域を見渡せますし、南西の加賀平野も見渡せます。晴れた日には平野の向こうに日本海も望めます。登った甲斐はありますよ^^V
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伏見台公民館・見晴台案内      http://www.spacelan.ne.jp/~husimidai/miharashidai.html

石川県教育センター・見晴台案内  http://cms1.ishikawa-c.ed.jp/~center/NC2/htdocs/?page_id=185

旅行日 2011.9.14

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この記事へのコメント

  • 流布院

    ありゃりゃ、確かにもったいない・・・。
    悔やんでも悔やみきれないですね。
    2012年10月02日 22:53
  • つとつと

    まったくです。しかも跡地に建つのは教育機関。何かなあと思っちゃいます。
    富樫一族のことは意外に知られていません。
    富樫館も上に住宅地になっているんで、なかなか調査が進まないようです。
    2012年10月03日 11:42
  • 巣鴨介

    こんなに見晴らしの良い所だったのですね、高尾城は!
    幸千代との戦いに勝利し、加賀守護として一国を治める気持ちを昂ぶらせたであろう政親の姿を見る思いがします。しかし、結果として、終焉の地となる悲運。

    つとつとさんが書かれているような事情で、城跡としての価値を失ったことが悔やまれますね。
    2020年01月26日 01:15
  • つとつと

    巣鴨介さん
    高尾城の破壊は痛恨の極みですね。しかも跡地に本来なら、歴史保護や研究の本元のはずの教育センターがあるのが余計に癪に障るんですね。見晴らし台は外曲輪の一部ですが、眺望と険しさがわずかに残る存在です。
    富樫政親の最後はこの地とされていますが、別説には鶴来の月橋から山中に登った大池の側に倉ヶ岳城というのがあるんですが、高尾城落城から落ち延びて最後の一戦で大池に沈んで死んだという話も残っています。ただ、政親の遺体が野々市の大乗寺に高尾城から移されたという記述があるそうなんで、やはりここが最後の地のようです。
    野々市の大乗寺跡はただの公共墓地になっていますが、そのどこかに政親が眠っているんでしょうね。大乗寺跡は富樫館から北に200mほどの能登共栄信金の横の線路わきです。文中の政親が一時本拠にした今江城(小松市)は富樫泰高が最初に守護となった時に築いたと云われています。その後、一向宗・佐久間盛政・丹羽・前田と手を加えて大きな城の規模になっていますが、小学校のの建築で城郭は解り難いですが大規模な城だというのは地形に残っています。https://72469241.at.webry.info/201306/article_9.html
    2020年01月26日 10:42

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