妙成寺

この日は、仕事で羽咋市(はくいし)まで行ってきました。
行き先は「能登青年の家」だったんですが、さっさと終わりまして、時間もたっぷり余ってしまいました。せっかく此処まで来たんですから、しばらく行ってなかったところを周ってみることにしました(最初から、それが目的だったとか)
此処から、北上すると妙成寺があります。「みょうじょうじ」みょうせいじ」「みょうごんじ」いろんな読み方があるようですが、「みょうじょうじ」が一般的みたいです。僕が中学の頃は、「みょうごんじ」と言っていたんだけど。。。。  20年ぶりに来たなぁ
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この日は曇天で、ガスった日でした。てっきり黄砂かと思っていたんですが、後でニュースを見ていたら、上空が無風状態で埃や塵が停滞していたそうです。と云う事は、あれはごみだったの。。。

それはさて置き、「妙成寺」は日蓮宗の北陸本山です。
鎌倉時代の開山ですが、江戸期に三代藩主の前田利常が母親・寿福院(千代保)と長女・浩妙院(亀鶴姫)の菩提寺にしてから大きくなりました。(二人の墓所は東京の池上本門寺にもあり、万両塚・十一層塔としても知られています。)
妙成寺の建物も江戸期の物で重文指定が10あります。
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まずは石段を登っていくと、仁王門です。門の左右に厳つい仁王様が待っています
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境内の写真をたくさん撮ったはずなんですが、前半のが消えていて残ってるのでご勘弁を。。。 離れた写真もガスっててイマイチまた来ることがあったらUPしますねえ

続きましては、五重の塔です。1618年建立です。能登で唯一の五重塔です。
昨年(H19)の地震で、此処も相当揺れたのですが、被害が少なくて、特にこの塔が地震に強いつくりだったのを証明したみたいです。高さが34.18メートルあるんですが、見上げるとほんとに大きいです。
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先に書いた様に、ここは三代藩主の利常の母と長女の菩提寺ですが、能登の日蓮宗の本山なので、他にも一般の方や著名な人の墓も建てられています。
変わったところでは、加賀騒動で有名な「大槻伝蔵」の墓もあります。加賀騒動では主犯格として五箇山に流罪・押込めとなり自殺した人物ですが、実は濡れ衣だったという説が有力で、此処に墓があるのもその理由の1つになってます。
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たくさんの墓の間を通って境内の一番奥にあるのが「丈六堂(釈迦堂)」。
丈六は1丈六尺のことで、人間が8尺として仏身がその倍なんだそうです。デカッ 4m80cmは大きすぎですよ実際に見るとほんとにデカイ。 左右には、これまた大きな毘沙門天と持国天が、置かれています。
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この「丈六堂」の奥の茂みの中に、「閻魔堂」があります。
此処の閻魔様は、ちょっとユニークな顔をしてます。あんまり怖くないんですよ 一応閻魔様も33部衆の1人だから仏神様ですもんね
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そして、本堂と祖師堂それと鐘楼です、屋根は柿葺、こういう屋根は寺院建築としては珍しい造りなんですよ。瓦と違って温かみがあるんですね。そのかわり痛みも早いんで、よく葺き直していますけど。
兼六園の成巽閣の内側屋根も同じ屋根の造りになっています。
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他にも、書院や庭園もあります。こんな家と庭園にのんびり過ごしたいもんです。こんな濡れ縁のある家に住んでみたいなぁ落ち着いた日本庭園ってこの頃見かけないもんね。
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ちなみにこの寺で、1番古い建物がこの庫裡なんですが、ただの納屋か物置にしか見えないので、誰もが通り過ぎるんだそうですが、1番肝心な見学対象かも
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最後になりましたが、寺の入口に茶店があります。
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此処の甘酒は、此処の名物なんですよ。ミーハーな僕は、しっかり注文したんですが、写真を撮るのをすっかり忘れてしまいました。甘党さんにはオススメですよ

日記日 2008.03.12


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