如来寺② 大姫と光高 石仏群

(画像はH25.12.14のものです。)如来寺で書いたように加賀藩4代当主・前田光高の正室・清泰院(大姫・阿智姫)の位牌所であり、前田家に嫁い徳川系女性や将軍の位牌所となっています。当然、寺のあちこちには三つ葉葵の紋が配されています。
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清泰院は水戸徳川家初代藩主・德川頼房の四女・阿智姫として生まれています。頼房の三男で水戸藩を継ぎ水戸黄門で有名な徳川光圀とは、腹違いになりますが一歳違いの姉に当たります。
5歳で三代将軍・徳川家光の養女として大姫と名を改め一年間養育され、6歳で前田光高17歳に嫁いでいます。

夫婦仲は良かったようで、光高は生涯側室を置かず(德川正室からの嫡子という考えもあったでしょうが、これは父・利常と母・珠姫の関係に感化さているようです。ちなみに利常が側室を置いたのは珠姫死後10年以上たってからです。)
二人の間には大姫16歳の時に江戸屋敷で長男・綱紀(5代目当主)が誕生しています。綱紀誕生を金沢で聞いた光高は父・利常と祝いの連歌会を開き喜び合っています。当時の家光時代、多くの大名改易が発生していますが、その多くの理由が後継問題でしたから、嫡子誕生は大きな喜びだったはずです。

その喜びが、いかに大きかったかを証明するように、直近の参勤交代では金沢→江戸の通常行程12泊13日間を、7日で歩くという歴代藩主最短記録を樹立しています。金沢・江戸間480キロ、しかも現在とは違いアルプス越えや橋のない急流40以上、また加賀藩の大名行列ですから規模も尋常ではないことを考えると、とんでもない短期日で進んだことになります。
ちなみに近日公開の映画「超高速・参勤交代」の磐城・江戸間195キロが四日間で山脈越えは日本海側ではないですから少なく、想像を絶します。ただ、超高速より有利だったのは幕府の妨害がなかったことと、事前に最大の難所・黒部川に架橋工事を行い刎橋(はねばし、現・愛本橋、63メートルあったと云われます。綱紀時代に完成整備しています。)を設けたと云われています。それを差し引いても驚異的なスピードです



そんな光高でしたがその3年後に急死してしまいます。その時、残された大姫は妊娠5か月の身重でした。しかし、生まれた男子・万菊丸は5歳で幼死しています。結局、光高と大姫の間に残された子供は5代当主・前田綱紀のみとなってしまいましたが、この綱紀は当時としては長寿の81歳、藩政をとること80年近く、加賀藩の文化を花開かせ、お救い小屋の建設など仁政も光り、その治世は加賀藩全盛期であり、辛口で有名な儒学者・荻生徂徠からは「前田綱紀公の治世、加賀藩に乞食なし」と称賛され、徳川光圀・池田光政と並んで江戸期前期の三名君と云われるほどの人物となります。

その後、落飾した大姫は「清泰院」と呼ばれますが、光高と同じ年齢となった30歳で逝去しています。本墓所は江戸の伝通院にあります。また野田山墓所に二人の墓所が並んであります。

如来寺は元々は越中・増山(現・礪波市増山)で創建され、その後高岡の二上山麓に移っていました。前田利長死後に金沢卯辰山麓に移っています。元々、高岡は前田利長・利常に所縁の深い土地で、二上山に在った守山城は利長が高岡城を築くまでの拠点となっていた城であり、利常は幼少期をここで過ごし利家の死去前年に初御目見得をした地です。
そういう由来もあり、利長死去後に金沢の利常の所縁で卯辰山に移って来たと思われます。場所は東山茶屋街より北に行った東山交差点を卯辰方向に入った所で、現在は日蓮宗の蓮昌寺がある場所でした。ちなみにこの蓮昌寺は金沢4大仏のひとつ釈迦如来立像があり、泉鏡花の絶筆「縷紅新草(るこうしんそう)」の舞台になったお寺です。機会があったらご紹介しますね。
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卯辰山麓時代の元和2年(1616年)、前田利常の正室・珠姫の願いにより徳川家康の位牌所となっていましたが、明暦2年(1656年)に清泰院が亡くなり、光高と清泰院の息子・五代当主・綱紀によって寛文2年(1661年)に現在地に伽藍を建立して移させたものです。綱紀は改めてこの寺院を母である清泰院の位牌所として、徳川家所縁の位牌所ともしています。享保の大火で焼失し長く荒廃しましたが、現在の伽藍は12代当主・前田斉広によって文化10年(1813年)に再建したものです。

宗派は浄土宗で本堂の天井が高く本堂内の空間が広く感じさせる造りです。江戸期には加賀藩の浄土宗寺院の筆頭として触頭になっていました。
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現在この如来寺は金沢でも開かれた寺院として知られています。別名「ひるね寺」と云われていて、夏季には12時から3時まで宗派にこだわらず寺院を開放して、地域活動の一助としています。

本堂右手が裏参道で如来寺の善隣館保育園があり、前を行くと如来寺墓所の山門があるのですが、山門を潜った右手に石仏の大群が観られます。
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平成7年(1995年)に境内の葺石を改修した際にでた敷石や石を利用して、金沢住民の手によって刻まれた個性豊かな石仏をこの場所に配置したのが始まりで毎年50体ほどを増やし、現在は約1000体の石仏があります。京都の愛宕念仏寺(おたぎねんぶつでら)には数では届きませんが、ユニークなお顔をした石仏たちが迎えてくれます。毎年、7又は8月に万燈会として灯篭や石仏にロウソクが灯され、幻想的な雰囲気が醸し出されています。昨年は8/11でした。盆時期で金沢市街は混むと思う人が多いんですが、金沢では7月盆が主流で、8月は意外に空いています。意外な狙い目です。
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如来寺は前田家所縁の寺院で、浄土宗の発展型本堂、石仏群など見所が多い寺院なんですが、どういうわけか旅行・観光ガイドにあまり紹介されていません。意外な穴場だと思って天徳院とセットで見ると価値のある寺院です。



旅行日 2013.12.14 / 2014.05.04














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この記事へのコメント

  • がにちゃん

    優しいお顔の石仏さんが多いですね ほっとしますね
    映画 見てみたいなぁと思ってますが 行けます事か でも 実際にそんなに短い日数で参勤交代が行われたことがあったのですね すごい!!!
    2014年06月18日 18:29
  • つとつと

    がにちゃんさん
    うまい下手は別に個人が彫った石仏ですから、一個一個違った顔をしてます。観てると面白いですね
    映画は僕も見たいと思ってるんですが、行ければ良いな。。。
    一日行程70キロは尋常じゃないですよ。相当な強行軍だったみたいです。
    2014年06月19日 06:56

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