白山市立博物館 白山下山仏と加賀禅定道

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凄く久しぶりに、本地元の白山市立博物館に行ってきました。
市外の博物館や美術館などはちょこちょこ行っているんですが、意外と自分の地元にはほとんど行っていないんですねえ。これが3度め、しかも10何年近く振りかもしれません・・名称が市立松任博物館から白山市立博物館になって初めての来館になります。



今回、今年は白山開山1300年ということで、現在、特別展が開かれています。
10月21日~11月26日 白山下山仏と加賀禅定道

今年の僕のブログでも白山七社林西寺などをご紹介しましたが、これらの神社・寺社を巡っても、堂宇内に納められていたり、平素観られない非公開のものが多くあります。それらのものが全部とはいかないまでも、一部とはいえみられる稀少な機会ですから、是非期待していました。

今年、僕がUPした白山の遺物を持つ施設のブログは・・・
4/14 白山七社① 古宮公園(白山本宮跡)周辺
4/13 白山七社③ 佐羅早松神社
6/11 白峰の歴史 白峰八坂神社
6/11 林西寺
白山下山仏に関しては林西寺で詳しく書いていますが、今回はもう一カ所の下山仏を保管する尾添白山社が何年振りかで公開されています。

実は白山七社シリーズは中宮三社の別宮神社(べっくう)は途中書きのままになってまだUPしていませんでしたが、別宮は白山三所権現(白山妙理・大行事・大汝)を祀った神社ですが、名前の通り、この三権現が本尊で、江戸期までは三権現の本地として十一面観音立像・座像・聖観音立像が本尊となっていました。この三像はそれぞれ20センチに満たないものですが、聖観音は室町期の作とされています。本殿には明治に鏡が神体として納められて本尊は排除されたのですが、地元氏子は祠堂を境内に立てて別に納めています。別宮神社では本殿よりこの祠堂の方がご利益があるとして、手を合わせる人が多くいます。この聖観音立像も公開されています。

明治初頭の神仏分離・廃仏毀釈によって、白山内の各地にあった石仏や仏像が破却の眼にあっていますし、白山比咩神社にあった白山本地堂(白山寺)の取り払い、仏教関係の多くが散逸したり取り壊されています。歴史的な宗教の変換が国策とはいえ、廃仏毀釈の嵐は地域の文化や風俗に大きな影響を与え、歴史・宗教感の検証に大きな不幸をもたらしています。国策が極端な形になったのも、一部の国粋主義者の政治家・学者の暴走でしたが、個人個人を見れば真面目な歴史学者や宗教人が多かったのですから、なんともはや、、やはり国家や国政に宗教色を持ち込むと歴史や歴史的文化財にとっては最悪のものになってしまいます。現代の日本は政教分離が進んで、他国を観た時に不思議な感覚になりますが、このことは逆に誇っても良いと思います。ただ、それまでに多くの争乱や神仏分離のような悲惨な時代があったことは忘れてはいけません。

残念ながら、特別展は撮影禁止でしたが、展示数はそれ程でもないですが、なかなかのボリューム感でした。ただ、展示位置が全体に低く設定されていて、仏像などを見る際に見下ろすことになって詳細が解りづらい面が多々、、できれば、仏像は目線の関係上高い位置において欲しいですねえ。逆に文書類が高い位置で、逆だろと突っ込みたくなりましたが。。。

タイトルの白山下山仏は白山の山内各所に安置されていた仏像類で、廃仏毀釈を免れた仏像群です。
公式に保管を許された白峰・林西寺尾添(一里野)・白山下山仏堂に残されているものです。これ以外にも非公式に隠匿された下山仏が白山周辺の寺院や神社に伝えられています。
以前、林西寺の下山仏はご紹介しましたが、尾添は秘仏として堂内に納められていてなかなか見る機会がありませんでした。今回はこの仏像が観られるというのが最大のメイン。パンフレットの表紙木造阿弥陀如来立像加賀禅定道下山仏では最大の大きさで檜新宮にあったと云われるものです。鎌倉時代の作風で、顔立ちはキリッとしていますが優しい顔立ちの立像です。今回は僕の観たかったメインはこれでした。一度見たことはあるんですが、久しぶりの再会です。しかし京都出身とは知らなかったあ。
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尾添白山社 木造阿弥陀如来立像
建保4年(1216年) 像高99.4cm 
鎌倉時代、正統派仏師の作と考えられる阿弥陀如来立像である。快慶の安阿弥様(あんなみよう、快慶の作風)に通ずる作風とされ、蓮台裏面に「錦小路本尊也/阿念(花押)建保四年十一月廿三日」とあり、もと京都錦小路某寺の本尊であった。檜新宮に移座された時期は不明。(特別展パンフから)




加賀禅定道の本宮とされた白山比咩神社の白山本地堂(現在の獅子吼側の大きな駐車場が跡地と云われています。)の資料類の多くは神社、県施設に残されましたが、釣鐘・仏具・仏像の多くが破却されています。その破却から逃れて売却や譲渡を受けた仏像や仏具、扁額・棟札なども展示されています。特に旧松任の東一、二、三番町内会に伝わる銅造地蔵菩薩半跏像や吉野神社の馬頭観音・如来・不動明王座像、守郷白山神社の神前丙子なども公開中で、日頃、大事にしまわれていて見られない芸術性の高い秀品も観られます。

ちなみに数年前まで現在地に引っ越す前、10年近く僕は東一番町に住んでいました。この菩薩像は延命地蔵としてお堂に納められて、松任ふるさと館(ブロ友のgoさんが紹介しています。)の側の交差点にある身近な存在でした。
存在はその時知って、何度か娘と散歩がてら前を通って、ナマナマしていました。ただ格子越しで暗いお堂の中は見づらく、はじめて明るいところでお眼にかかりましたが美しい仏像です。。また、本地堂の一部建物は木津村に売却されて、守郷白山神社の拝殿になっています。またの機会にご紹介しますがなかなか立派な神社です。
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よほど知り合いにならないと見られないものと言えば、個人蔵の品。。今回の展示品には加賀白山禅定道図
白山参拝曼荼羅と云われるものですが、今でいう観光コース案内図。筆書きで精緻な作図です。ちょっと見辛いですが、パンフの背景にあるのがその図です。UPすると細かい描写が解ります。実物は黒筆書きです。パンフは白黒反転しています。
この図を使って禅定道を進む参拝者に説明を行ったと云われます。(縦58センチ横78センチ)。下書きとも云われますが、これに彩色を施したのが能美紙本・那谷寺本と呼ばれる参拝曼荼羅になったと云われています。逆に縦長にして山を高く描いたものも出品されています。
曼荼羅には二種類あって、参拝者向けの参拝曼荼羅で、白山寺や尾添の寺で前述の様にこの図を使って、禅定道の名所や由来を説明するもの。もう一つが寺社に礼拝用に描かれた垂迹曼荼羅があります。特別展には垂迹曼荼羅図の出品が無かったのは寂しかったですねえ。。能美博物館や那谷寺で観ることができます。
あと、江戸期に書かれた「白山縁起」金の装丁に約3m近い大作です。まるで印刷された文字のようにかっちり書かれた漢文様式。文字がはっきりしてれば時間を掛ければ読める僕^^Vついつい全文読んでたら約30分ちょっと一番長いこと魅入った展示品はこれでした。。やはり時代によって由来が変化しているようですねえ。。

いや~~展示数は前に書いたように、思ったほど多くなかったですが、今まで見たかった白峰八坂神社十二神像(十二支に準えて造られたユニークな神像)も観られたし、、満足満足^^ これでまた白山関連の場所や情報も仕入れたし、話のネタや行きたい場所も増えました^^

白山に興味のある人には、なかなか興味深い特別展です。11/26まで開催されています。
どうせなら、県内各地に散ってる白山関連の大掛かりな企画展を開催して欲しいものです。。ともあれ観光資源が多い割に宣伝下手な白山市としては画期的な特別展でした。入館料300円(JAF会員は200円)。
特別展ちらし・・・白山市立博物館

常設展示にも興味深いものもあるんで、少しだけ。。。写真禁止は無かったので、画像も少し。。
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隅谷正峯作短刀 銘:傘笠正峯作之 平成五年二月
1F常設展示場には旧松任市初の人間国宝だった故・隅谷正峯(すみたにまさみね)氏の展示室
隅谷正峯(1921~1998年) 、本名:隅谷與一郎(すみたによいちろう)、日本刀匠。新刀展覧会の最高賞・正宗賞3回受賞。伊勢神宮式年遷宮の神宝太刀12振・16振と2度制作奉仕。皇室の皇太子妃・雅子妃、秋篠宮家真子・佳子内親王の守り刀も制作しています。他に代表作に三名槍「日本号(写)」があります。隅谷丁子(ちょうじ)と呼ばれる独自の華麗な丁子刃紋で知られています。

昭和16年(1941年)立命館理工機械工学科卒業。在学中から刀剣研究会を設立して刀剣・研磨法を独学で研究。卒業後に立命館日本刀鍛練研究所に入所師事を受け、翌年尾道の日本刀鍛練研究所に移って作刀研究。
終戦後には実家に戻って家業を手伝っていましたが、昭和29年に美術品として日本刀制作の許可を受け、翌翌年に自宅に日本刀鍛練所「傘笠亭」を新築して作刀生活を開始しています。

 創造の土壌が培われている本市で、刀剣を美術品の域に高めた作家がいました。重要無形文化財保持者(人間国宝)の故隅谷正峯氏です。大正10年辰巳町に生まれた隅谷氏は、学生時代より日本刀の魅力に惹かれ、独学で鎌倉古刀である備前伝などの再現を果たしました。さらに単なる伝統の踏襲を超えた「隅谷丁子」と呼ばれる華麗な刀紋を確立し、他の刀匠の追随を許しませんでした。
  白山市立博物館では、隅谷氏の豪壮かつ優美な作品を常設展示しています。(白山市HP)


展示室では、長刀・短刀・刀子などの作品群の他、作刀の様子をジオラマで再現しています。
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1F奥の展示室には、法隆寺金堂の壁画の模写が展示されています。法隆寺金堂の壁画は昭和24年(1949年)に失火で大きく損壊しています。現在は修復復元されていますが、この損壊で文化財保護法が整備された起因になっています。その焼失壁画の模写になるそうです。この区画は中に入ると荘厳な印象を受けます。
この壁画模写はカバン、バッグ製作・販売で知られるエース(ACE)の創業者・新川柳作氏が旧・松任市に寄贈したものです。新川柳作は旧松任市の出身。エースは大坂天王寺から始まって、かばんメーカーとして、旅行トランク・デボネアや東レナイロンのバッグなど時代の先端を走るメーカーです。。。 エース株式会社
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現在は本社・東京、本店・大阪、白山市にも大規模な工場があります。新川柳作氏は平成20年に逝去していますが、東京台東区駒形に「世界のカバン博物館」「新川柳作記念館」が併設されているそうです。

※訂正 法隆寺の金堂壁画ですが、文内では模写と書きましたが、実際には昭和10年(1935年)原寸撮影の写真原画を、金堂焼失後に、コロタイプ複製印刷でで再現したものだそうです。美術雑誌の印刷を手掛ける便利堂のものだそうです。驚きの技術です@@ 知らなかった@@ まーぴか君さんのブログを見てびっくり⇒平成29年度「府庁界隈まちかどミュージアム」 便利堂コロタイプギャラリー へ  

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2F展示室は白山市特に松任の縄文から現代までの歴史や遺物を展示しています。
白山市は白山信仰の白山が目立ちますが、海岸には縄文期の埋没林遺跡、金沢のチカモリ遺跡で触れていますが、ウッドサークルは白山麓・湯涌などの木材が使われており、縄文・弥生期の土器の基準にもなっている長竹遺跡など比較的多くの遺跡が発掘されています。
埋没林遺跡は徳光海岸の海浜公園沖に縄文初期の大規模な埋没林がダイバーによって発見されています。国内では2例目の発見だそうです。当時の海岸線は数キロ先まで広がっていたようです。縄文初期に大規模な陥没か津波があったんでしょうか、広範囲の陸地が海中に沈んだことを示しています。

戦国期には真宗勢力の拠点の一つでしたが、前田利家が金沢入城後、前田利長が領地とした時代がありましたが高岡に転封となり、約3年ほど豊臣秀吉の直轄地、その後に丹羽長重が松任城に入って領地としていました。ただ、秀吉の直轄地時代の資料がほとんどなく空白の謎の三年間と云われていました。ところが、10数年前になってスペインの修道院にあった屏風の中に、その当時の文書が下貼り紙として発見され話題になりました。その内容から自治組織の惣が組まれていたことが解っています。つまり一種の自由都市になっていたようです。その発見内容を松任文書と云うんですが報告展示されてもいます。その後の発見発表が期待されています。
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また民俗資料や祭事の展示も興味深いですねえ。。特に加賀は獅子舞が盛んで今も多くの地区で観られますが、大きな獅子頭と数十人が入るカヤと呼ばれる大きな幌が特徴です。
白山市鶴来地区が加賀獅子舞の発祥地と云われますが、東京築地の波除神社で使われる巨大な獅子頭を制作した知田工房は鶴来に健在です。鶴来の獅子頭は獅子ワールド館で観られます。越中との関係性が高い河北郡では越中・城端の獅子頭が目立ちます。
鶴来の隣になる松任地区も鶴来の獅子頭が使用されていたようです。博物館の獅子頭は松任で使用されていたものです。

画像は東一、二、三番町で使用された獅子頭です。現在は若宮神社の祭礼押して、松任小学校東通りの他町も併せて行われていますが、若宮神社の獅子頭はこれとまったく同じものを新調して使用しています。東一番町に住み始めた頃に獅子舞の先触れをやらされました(説明もなしで、礼服を着て何をどうしたらいいのか解らずじまい)。河北出身の僕が驚いたのは礼服もですが、神前奉納の獅子退治に三ツ鉾を使っていることでした。河北では槍代わりの棒振り、薙刀、長刀くらいでしたから。。この三ツ鉾も展示されていますが、十手まで使っていたようですね@@;
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上:獅子舞に使用されていた武具。通常一番多いのは長い棒で子供から大人まで使用します。展示されている十手・木刀、神前で舞いながら使用する三ツ鉾は流派があって、昔の松任では伝承者のみに使用が許されていました。
中:松任各町会の獅子頭
下:松任地区では最古の現存の獅子頭、年代は不詳ですが形態から江戸時代中後期以降と思われます。
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西陣織の織機:加賀友禅も元々は京友禅の祖・宮崎友禅斎(伝金沢出身、元加賀染師)が奢侈令から逃れて金沢の御用紺屋棟取・太郎田屋の屋敷に匿われた際に、加賀染(加賀御国染)に大胆な意匠を持ち込んだものと云われています。かほどに加賀は衣装には京都の影響を受けています。当然、織りの方も西陣は最高峰の存在、大きく影響しています。
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松任にはJR西日本の金沢総合車両所(車両基地・工場)、同地内のIRいしかわの車両基地・運転管理センター、北陸新幹線の車両基地がある鉄道の町でもあります。画像を撮り忘れましたが、北陸本線・北陸新幹線車両基地の大型ジオラマがあります。鉄道ファンには隠れた名所。ちなみに北陸新幹線全線開通後の白山車両基地は廃止になりますが、資料館・博物館にする方向のようです。。。

旅行日 2017.11.03


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この記事へのコメント

  • yasuhiko

    地元の博物館って、とかく足が遠のき
    がちですね。私の地元にも、不便な場所に
    小さな小さな「郷土館」があるんですが、
    ほとんど足を向けた事がありません。
    それに比べ、白山市立博物館は立派な施設で
    感心しました。特別展の内容は、つとつとさんが
    今まで取り上げたテーマと重なるもので、
    これは絶対に見逃せないところでしょう。
    表紙になってる仏さんなど、実に見事なお姿で、
    快慶の流れを汲む作風という事にも驚かされます。
    廃仏毀釈によって、どれだけ貴重な文化財が
    失われ、粗末な扱いを受けて来たか、
    その愚かさを知る上でも、大変貴重な展覧会ですね。
    2017年11月11日 23:15
  • つとつと

    yasuhikoさん
    全く云われる通りで、地元の博物館はなかなか行くことがないんですよ。前回は10数年前だった思います。常設展もあまり変わっていませんでした。ただ、平成の合併で市の名前が変わって広域になったんですから、もうちょっと変わったと思っていたんですが。。でもたまには行ってみないとダメですね。。 ここ一年で触れたものが、顔を出してくれるんですから、是非見たかったというのは正直な所です。中には想像が膨らんで、え@@こんなちっこいのというものもありました@@;白山関連の仏式は破却の憂き目に遭っていますが、北陸三県と岐阜には阿弥陀信仰の浄土・真宗が多いこともあって、難を逃れたものもあって、時たまの出会いがあります。
    2017年11月12日 19:28
  • tor

    白山信仰について、つとつと様のブログで読ませていただいたので近ければ見に行きたいところです。入館料も安いし、良いですね。常設展示も興味深いものが多く展示されていますね。たしかに、なかなか地元の博物館には行かないですね。
    2017年11月12日 22:08
  • つとつと

    torさん
    主要都市の総合博物館は人気も人手もすごいんですが、その分入館料も他界ですからねえ。。地方都市の博物館や資料館は特別展がなければ無料の入場も結構多くあります。ただ展示物はその分、少なかったりします。白山市の合併で白山麓が増えたんですがまだ対応しきれていないのが実情です。今回のような特別展もなかなか困難なようです。これだけの数を集めるだけでも大変だったと思います。
    地方博物館には通常展でも1.2点は驚くようなものがあるんで、時間のある時は立ち寄るようにしてるんですが、なかなかうまくいきませんねえ^^;
    2017年11月13日 11:33
  • がにちゃん

    全文読める・・・流石つとつとさん 渋いすごい!!!
    西陣織の手織機ですね  かなり古いもののようですね  でも ひょっとしたら今でも使っているかもぉ~と思える西陣ですけどぉ~(笑)
    博物館 近くにあるのですか いいですねぇ

    つとつとさんだったらこの間の中に泊まっていたいとか

    私も11日に東天王町を東へ・・・「泉屋博古館」に行ってきました
    青銅の酒器や銅鏡などがいっぱい展示してあります
    須賀らしい細工がしてあるので見飽きませんよ
    つとつとさんならもう行ってらっしゃるかなぁ
    2017年11月13日 18:36
  • 家ニスタ

    廃仏毀釈ほどばかげた暴挙はないと思います。
    タリバーンのことを非難できないですよ。
    まったく政治に宗教を持ちこむとろくなことはないですよ。
    その期間にどれだけ貴重な文化財が失われたかと思うと、胸が痛みます。

    白山市立博物館、ぜひ一度行ってみたいですね。
    法隆寺焼失壁画の模写があるのですね。
    縄文土器なども充実していそう。
    2017年11月13日 23:38
  • つとつと

    がにちゃんさん
    神社やお寺を多くめぐっていると、けっこう古文に出会うんですよ^^
    それで結構読めるようになっちゃいました。。でも、かな釘みたいに崩されると読めなくなっちゃうんですけど^^;
    泉屋懐古館といえば住友グループの博物館、知ってはいるんですが行ったことないんですよ^^;左京の方は結構あっちこっち行ったんですけどねえ、存在を知ったのは滋賀を出てからなんで、また機会があれば行きたいですねえ^^
    2017年11月14日 22:11
  • つとつと

    日本では廃仏毀釈、応仁の乱などが宗教被害の最たるものですねえ
    中国でも文化大革命、タリバン、西洋にも異端審問や十字軍、すべて政教が絡んだことから始まっていますから。。
    白山市はちょっと広すぎて、個別の地区展示は旧町村の方が多く観られますが、やはりこういう企画展は中心になる博物館が必要ですねえ^^土器関係は石川県では各市の埋蔵文化財センターがお薦めです。
    でもなかなかの展示品がありますよ^^
    2017年11月14日 22:22

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