日本自動車博物館

DSC_7320.JPG
DSC_7321.JPG日本自動車博物館 創業明治26年創業の石黒産業(いしくろ、開業時は石黒商店、セメント・レンガ製造販売から始まってハウス建材・GS他の多角化経営で富山では知られた会社)の三代目社長・前田彰三氏が昭和53年(1978年)に富山県小矢部市芹川のブロック工場の旧社屋を利用して開館。僕が知ったのは昭和60年頃の新潟在住の頃で国道8号線の往復の際に立ち寄ってから、、R8の路線変更・拡幅と能越道への乗り入れで立ち退きを機に、平成7年(1995年)小松市の現在地に新しい博物館となっています。展示台数約500台、バックヤードの保管数を含めると800台以上を保有する日本最大級の私設自動車博物館です。ちなみに、保有車両の95%以上が稼働可能状態なんだそうです。

毎年11月に粟津のお客さんからの帰り道に前を通ることにしています。長らく、ご無沙汰していたのですが、久しぶりに入ろうと昨年も建物廻りを巡って、いざ入ろうとしたらお客さんにTELで呼び戻されて、断念していました。その後も何度か前を通りながら、入れずにいたので今度こそはと立ち寄りました。自動車の愛好者とトイレ便器の好事家?には、いくら長くいても飽きない世界があります。

前にゆらり人さんのブログミゼットシリーズの作品を見て、これは今年は行かねばならないということで。。そういったら、ゆらりさんに「僕が初めて買ってもらったダットサン・サニー1000があったら撮って来て♪」と頼まれていましたから尚更。。
残念ながら、ダットサンサニーは114型しかなかった上に、撮ったはずのトゥクトゥクが残って無いTT
セダンやその他で勘弁してもらおうということで、ミゼットダットサンを今回はアップし、お詫びの画像ということで。。

と、いうわけで、今回はゆらり人さんへご報告 展示の関係で車の正面しか見れない展示が多いのであしからず。。ナンバープレートは生産国と製造年の目安になってます。
DSC_7232.JPG
戦前のダットサン 赤/ダットサンクーペ ベージュ/ダットサンロードスター
DSC_7237.JPG
ダットサンセダン 210・211 この車の後継車がブルーバード・サニーになります
DSC_7240.JPG
ダットサンセダン114  DSC_7238.JPG
DSC_7239.JPG
ダットサンのセダンとサニーの違いがイマイチ分かってない僕。

ダットサン(DATSUN)のネームは、大正3年(1914年)は日産発祥の改進社の支援者、健次郎(当時台湾総督・田英夫の祖父)・青山祿郎(安中電機(現アンリツ)社長)・竹内明太郎(コマツ創業者)の頭文字DATと諺の「脱兎(だっと)のごとく」からダット大正14年(1925年)に改進社が解散しダット自動車商会、翌年に実用自動車と合併してダット自動車製造。昭和5年(1930年)に小型乗用車の試作車が出来た時に「ダットの息子」で「DATSON」に。翌年に戸畑鋳物の傘下になって自動車部としてダット自動車製造になったのですが、ローマ字読みにするとSONが損につながると太陽のSUNに変更して、翌翌年、商標DATSUNが誕生したわけです。

昭和8年(1933年)に石川島自動車製作所がダット自動車製造を吸収合併して東京自動車工業に、、ここで戸畑鋳物が大阪工場を買い戻してダット自動車製造分の存続継承を嘆願し、無償で製造権と設計図・技術者を引き受けに成功、日産自動車と名を改めています。ちなみに石川島と東京自動車の技術は後のイスズ自動車に継承されます。
日産はダットソンを商標として発展しますが、戦後の編成変更や他社との技術提携、民生・プリンスなどの吸収・合併などが繰り返されます。50歳後半以上の方はご存知と思いますが、国内の商標は昭和50年に入る前にはNISSANに切り替えられていました。ところが輸出車や現地生産の外国ではDATSUNで販売されていました。つまり海外ではDATSUN(ダツーン・ダツン・ダッツン)の知名・人気度が高ったのです。ところが日産は昭和56年(1981年)にいきなりDATSUNブランドを製造販売停止、NISSANに統一を図ったわけです。好景気で図に乗って、自分たちのルーツとポリシーともいえる商標を捨て、日産という旧財閥名を復活させる暴挙でした。バブル破綻後、日産自動車が海外販売で大きく低迷した原因の一因になっています。平成24年(2012年)に途上国向けにDATSUNを復活させていますが、付け焼刃的で遅きに失したものでした。
ダイハツミゼットのCM このCMなくして、ミゼットの盛況はなかったと云われています。
ドラマ「やりくりアパート」での生CM、CM活用の先駆け車でもありました。
DSC_7248.JPG
ダイハツミゼット 昭和32年(1957年)~昭和47年(1972年)に造られた三輪自動車のベストセラー
ゆらりさんに教えてもらったんですが、東南アジアに1万台以上が輸出され、その多くがタイでトゥクトゥクになったそうです。
DSC_7249.JPG
DSC_7252.JPG上:  ミゼットDSP 
一人乗り・バーハンドルの標準仕様
右・下 ミゼットMP4 二人乗り・丸ハンドル仕様
DSC_7253.JPG
ついでに、国産三輪車の第一号
NEW Era 日本自動車
昭和2年(1927年)から10年程生産されたもの
DSC_7288.JPG




愛知機械工業 左:コニーグッピー 
右:ヂャイアント・コニー
国内のミッドシップカーの先駆け
DSC_7260.JPG
DSC_7202.JPG
フェアレディZ 正門前の外展示にもされるほど、人気が高い
前々回、コメントを頂いたGAKUさんのブログへお伺いしたら、最初に眼に飛び込んできたのフェアレディZ。僕らにとっては憧れの車だった、というより今もですが。。240Z,280Zは見事なピンボケでごめんなさい。敬意をこめて
DSC_7270.JPG
ダットサン・フェアレデー1200 最初に「フェアレディ」を冠したモデル。但し、この時はレディじゃなくて「レデー」。北米専用仕様の為、左ハンドルで一部国内販売された希少種。
DSC_7277.JPGDSC_7278.JPG
ダットサン・フェアレディ2000 
後継車の30型からZが付くため、最後のフェアレディの完成形と云われました。国産初の速度200Kオーバーカーでもあります。


日本自動車博物館 http://mmj-car.com/
旅行日 2020.11.09

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 42

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
かわいい

この記事へのコメント

  • tor

    良いですね。
    私も行きたくなりました。
    いつまでも見ていたいです。
    私設自動車博物館というのもすごいし
    ほとんどが
    まだ動くのですね。
    2020年12月02日 18:55
  • つとつと

    torさん
    元々はレンガ・ブロック、土建など、車を多く使う会社で社長さんが集め出したのが始まりなんだそうです。初代館長さんは平成16年に自動車殿堂入りしてます。おかげで建物も材料から自前で立てたものなんですよ。さすがメルヘン建築の大元。
    ディーラーにこだわらずに集めてますから、ここにしかないというのが何台かあるんですよ^^ほとんどが走行可能なんだそうですが、維持管理だけでも大変そう。
    2020年12月02日 22:23
  • ゆらり人

    いいね~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!
    ありがとうございます!宣伝迄して頂いて感謝!!!
    サニーはなかったにしてもブルーバードは義兄が乗っていたので懐かしく思いましたよ。
    車のデザインも時代は巡るもやっぱり、どこかで同じ様なデザインが出来るのですね、この中には今のデザインに似てるのもが有り丸→四角→高く→低くが繰り返されていますね。
    ミゼットもやっぱり生が良いですね。
    それにしても生を見てプラモデルも良く再現されているのに驚きました。CM見ましたが宣伝より崑ちゃんや佐々木十郎?の掛け合いの方が目立って車は背景にしか見えませんね~。
    バイクハンドルから○ハンドルに変る時には前輪のボンネットやタイやハウスも変わっていますね。
    トゥクトゥクが向こうで流行ったのもこうして早くから輸出されて日本の様に仕様変更が出来ないのとは違い、好きな様に改良出来からの産物なのですね。
    コメント書きだしたら切りが無いのでじっくり見させて頂きますね。
    建物も何となく東京駅にも見える様な・・・・。
    入場する時のワクワク感が有りますね。
    本当にありがとうございます!とてもいい思い出になりました。私も行ってみたいな~~~~。
    つとつとさんの乗っておられたお車は車名スカアイライン?と年式を、もう一度教えて貰えませんか、何時でも結構ですよ、プアモデルを探してみますよ。
    2020年12月03日 09:38
  • がにちゃん

    大村崑さんの「ミゼット・・・ミゼット」のCMが思い出されますね

    フェアレディもダットサンフェアレディだったんだ( ^ω^)・・・
    2020年12月03日 14:01
  • つとつと

    ゆらり人さん
    喜んでいただいてありがとうございます。ゆらりさんも機会があったら、息子さんに乗せて貰って来てみてください^^しまったあ、隣のブルーバードも写せばよかったあ。隣の青の車が初代のブルーバードだったんですよ^^;
    そうそう思い出しました。名前が思い出せなくて、佐々十郎さん^^V僕がこの人認知したのはずっと後でしたが。。銭形平次の八五郎は再放送でしたが、あとは時代劇の悪役でしたがいい味出してましたね。
    ミゼットは人気ありますねえ^^スバル360Sと共によくイベントになっているようです。
    トゥクトゥクはここ以外では映像でしか見たことないですが、ここまで変わるかというくらいみんな独特の改造や飾りつけが、今は騒がしいですがタイの人の大らかさが現れているようで面白いですねえ^^
    ゆらりさん鋭い^^たぶん東京駅だと思いますよ。実はこの博物館の会社・石黒産業の小矢部市は昭和50年代から平成初頭にかけて公共建物や一部工場を西洋風建物を模したメルヘン建築を40近く建てているんですが、それを担ったのが石黒産業でこういう建築が得意なんですよ^^
    僕はずっと大衆車ばかりですが、最初のカリーナはもらったモノ(A6/1800SG)でしたが、今でも一番気に入ったのは中古で買った2台目のカリーナT15/1600SGでした。エンジンの割に車体が軽くて加速も上り坂にも強くて気に入ってました。前の持ち主がリミッター外してたんで速度(秘密)も距離も過去最高の26万キロまで持ったんですから一番ですね^^エンジンがこの型だけ特別仕様で直せなくて。。泣く泣く諦めた記憶が。。なにせ、壊れるまで乗りつぶす僕としてはあの車が一番好きでした。
    そういえば、嫁さんの希望で最初がゴールド、2代目はモスグリーン、その後も振り返っても白・黒・赤・シルバーの定番色に乗ったことがないなあ^^;あっ黒は一度あった^^;
    2020年12月03日 17:12
  • つとつと

    がにちゃんさん
    ミゼットの人気は不滅ですね^^このCMは物心ついた後に何かで観たのを覚えているんですが、、大村崑さんは眼鏡姿のおかげで、福井の鯖江には眼鏡博物館のメインになってました。
    フェアレディいつかは自分の車で乗りたいと思った車でしたが、結局、果たせなかったなあ。。
    僕、子供の頃、オードリーヘップバーン大好きでしたから^^国内外の女優さんで多分一番最初に認識した女性カモ^^;
    そうそうこの博物館には映画に所縁の車も多いですよ^^
    2020年12月03日 18:06
  • ミクミティ

    少しご無沙汰しておりました。
    日本自動車博物館、今回はいつもとは少し違ったテーマですね。
    まずは、この洋風のクラシカルな建築が目を引きます。宮殿のような佇まい、じっくり外観を眺めて、中にも入りたくなります。
    ここは、日本の自動車の歴史を体感できる場所でしょう。特に、複雑な日産自動車の変遷を辿れるのですね。
    DATSUNは、若い頃アジアを旅したころ、走っているのを見ましたね。そして、わりと最近の復活も知ってました。
    しかし、車のデザインの移り変わりには、あらためて時代を感じます。もちろん、当時は最先端のデザインだったはず。レトロな味わいは感じますが、やはり古いですよね。懐かしいというべきか。今の車もいずれは古いデザインとなっていくのでしょうね。
    私は、車好きというタイプではないですが、これだけ多くのユニークな車が並んでいたら、たっぷりと撮影したくなります。
    2020年12月03日 21:45
  • ゆらり人

    返信コメント拝見しました。ありがとうございます。
    カリーナのプラモデル探しました。
    もうレアー物になって数台しか型番が無くて有っても万以上の価格で出ていましたので、お礼に作って差し上げようかと思っていましたが、年代も合わないので今回は止めました(笑)ごめんね。
    又機会あればその時に。
    ありがとうございました。
    2020年12月04日 09:29
  • yasuhiko

    日本自動車博物館、小松市にあるんですね。
    話には聞いた事がありました。というか、
    何かのTV番組で映像も目にした事があります。
    好きな方にはたまらないだろうなぁと思いました。
    ただ、私の場合は、子供の頃から
    どうも大変な車音痴で…。友達があれはトヨタ○○、
    あれは日産○○と教えてくれても、私には全て
    同じ自動車としか見えなかったんです。
    よく花の区別の全くできない男性が、時たま
    いらっしゃいますが、それと同じ感じだったでしょうか。
    三つ子の魂百までというのか、結局、その後も、
    車というものには縁のない人生を送って来ました。
    それでも、ダイハツミゼットがタイに渡って、
    トゥクトゥクになったという話は、とても興味深かったです。
    確かに、トゥクトゥクの先頭部分って、
    この形してますよね。東南アジアとの思いがけない
    文化交流の姿に、思わず感心してしまいました。
    2020年12月04日 16:45
  • つとつと

    ミクミティさん
    そういえば、ホントに何年振りかで寺社・城以外の施設を書いたような。。
    建物は目を引くと思いますが、実はこれ東京駅の中央駅舎を模したもの、たぶん他の建物もミックスしているかも。。ゆらりさんにも書きましたが、博物館が以前あった小矢部市はメルヘンの町を目指して、昭和50年から平成初頭まで西欧風建物を公有建物に使用してたんです。今でも35の建物があるんですが、それ全て国内外の有名建物を模してミックスしてるんです。
    https://www.oyabe.info/marchen/marchen.html
    https://72469241.at.webry.info/theme/4740ee5b77.html
    2年前に、建築費用と維持費がたかつくということで、市議会で建築中止が決定してしまって残念に思っているんですが。。このメルヘン建築の多くを請け負って建てたのが石黒産業で、メルヘンランドという団地まで作った会社です。ですからこういう建築が得意なんです。
    他の自動車博物館と違ってテーマは絞られていないんですよ。他の博物館のようにテーマは絞られていないんで、ともかくいろいろな車が並んでいます。ちょっとごちゃまぜなんですが、とにかく国内外の車があって、ロシアや中国の車もあるんですよ^^レトロですが、フォームは斬新で十分今でも通用するものが多いですから、今の流行りのフォームも別年代の踏襲だと解る車種があります。
    2020年12月04日 20:44
  • つとつと

    ゆらり人さん
    全然、気にしないでください。また、ご要望のものが出てきたら言ってください。
    カリーナのプラモって@@そんなレアものになってるんですか^^;昔、自分の車のプラモを探したことが有るんですが、カリーナはひと世代後のEDがあるくらいで、あんまり人気なかったですから。。逆にそんなことになるんですかねえ^^;びっくり@@
    2020年12月04日 20:50
  • つとつと

    yasuhikoさん
    (笑)花の名前が全くと言っていいほど、覚えられない僕には耳が痛いですよ^^;車にしても好きなモノや有名なものは、多少は憶えていますが、車マニアや好きな方には笑われるほどのレベルです。
    小矢部時代からこの博物館が好きで立ち寄ってたんですが、小松になってからは逆になかなか来られなくて、久しぶりに来たら、どっぷり嵌ってしまいました。歴史的な車や映画にも出てくるのがけっこうありますから、是非立ち寄ってみてください。
    そうそう、立ち寄った際にはおトイレもお忘れなく、15か国40ほどの便器が見られるのもこの博物館の売りです。ほんとは女子トイレも観たいんですが、さすがそれは出来なくて未達成です^^;
    2020年12月04日 21:04

最近のコメント