歌占の滝

能楽というのは明治以降の言葉で、能・狂言・式三番を合わせたものになります。能楽で声楽(台詞・言葉)を指すのが謡曲で能楽の台本ともいえます。江戸期以前は謡(うたい)と呼ばれていました。 謡は声楽と呼ばれるように台詞と地の文(語り手、語り部)で構成されますが、そのほとんどが古文・古歌・古詩から引用され、修辞法を繰り返す和文体で表現され、抑揚をつけた独特の謡になっています。。現在受け継がれている謡は、発祥は飛鳥の伎楽とも奈良の散楽とも云われますが、そのほとんどが江戸期以前のものになります。その数は廃版・不明を合わせて2千以上になるとも云われ、作者まで解っているのはその2.3割に満たないと云われています。当初の謡は自作自演が本筋とされていましたが、芸術にまで引き上げたのが、その2.3割に当たる観阿弥(清次)・世阿弥(元清)・観世元雅の三代と、世阿弥を看取ったと云われる娘婿の金春禅竹(竹田氏信、金春大夫)。観世大夫(三代目)を継いだ音阿弥(観世元重、世阿弥の甥、養子)が金春禅竹・金春流と共に幕府と結びついて芸術として観世流を大成したと云えます。これらの作品群が安土桃山時代から江戸期にかけて多くの謡を修めた謡本が発表されて受け継がれてきました。 「歌占(うたうら)」は、観世元雅の作と云われています。観世元雅は世阿弥の長男で20代で二代目・観世大夫を譲られています。世阿弥をして「子ながらも類なき達人」「祖父(観阿弥)にも越えたる堪能」と絶賛されています。彼が長生きしていれば、能は違った発展を遂げただろうと云…

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