医王山 国見ヒュッテ

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富山県立医王山自然公園 モニュメント
医王山(いおうぜん)は金沢市と南砺市の境界上にまたがる山稜になります。加賀では白山と並ぶ霊峰とされていますが、これは越中側からも言えることで砺波平野からも霊峰とされています。
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ナナカマドの紅葉と実
開山は養老3年(719年)白山開山で知られる泰澄(法澄)に依ります。泰澄は前々年に白山を開山し越前の豊原寺を基盤に白山妙理権現の信仰拡大に白山周辺路を広めていました。養老3年に白山平泉寺を創建して後は全国の山岳開山と布教活動を本格化させています。その足慣らしの地として修行地としたのが医王山系だとされています。泰澄は医王山を開山すると、山系に生える薬草の多さから唐の育王寺(阿育王寺)にちなんで医王仙と名付けたのが始まりと云われています。
ちなみに阿育王寺は中国晋代(280~289年頃)インドのアショーカ王(阿育王)の舎利をもって建立した古塔の発見から創建された寺院で、宋代には禅宗五山に数えられていました。中国で唯一のアショーカ王の名を冠した寺院です。

養老6年(722年)元正天皇の病気平癒に対して泰澄が祈祷と薬剤を献上したのですが、この薬剤が医王山で採集された薬草類だったとされています。天皇の平癒によって、元正天皇から泰澄神融禅師の称号を受け、山名を医王山と受けています。この故事から薬師如来(医王権現)が祀られたと伝わっています。

ちなみにこの伝承にも面白いお話が伝わっています。7世紀末山城・丹波に跨る愛宕山を開山したのは山岳修験道の祖とされる役小角70歳と法澄(泰澄)18歳によって愛宕大権現の神廟が建てられたのが始まりと云われています。二人は愛宕山に踏み入れたのは偶然ですが、悪霊悪魔に囲まれた役小角に加勢した法澄が意気投合してタッグを組み、愛宕山の天狗に出会い異能を会得、愛宕山を開山、愛宕神社を創建したのですが、それから20年程後の話になります。以前、このお話は粟津温泉の「旧養老公園 祈りの小径」で書いていますので抜粋しておきます。

前回はあまり詳細を書きませんでしたが、粟津温泉を開湯した泰澄(たいちょう)上人(682~767)は越前国麻生津(あそうづ)で地方豪族の次男として生まれたと云われます。麻生津は現在の福井市三十八社町、浅水町近辺と云われています。生まれながらにして白髪の異形の主とも伝わっています。
山岳修験道では役小角(えんのおづぬ、役行者、631?~701?)が始祖とされていますが、泰澄は中興の祖とも呼ばれています。しかし、この二人が僅かの期間ですが道連れになった期間があります。また別伝承では同時代人ともされています。
有名な伝承としては7世紀末、京都嵐山の愛宕山。60代後半の老境の役小角とまだ駆け出しながら俊英の10代の修行僧・泰澄の二人はコンビを組んで愛宕山の悪霊を駆逐しながら清滝に訪れた際に、日本一の天狗とされた愛宕山太郎坊と出会い神髄を受け愛宕山の悪霊を完全に退治します。この功績により役小角と泰澄の名は一気に高まります。

しかし、そのすぐ後に、葛城山の役小角は讒言によって伊豆島(現・伊豆大島)に流罪。1年半ほどで大赦を受けていますが、帰国半年後に亡くなった、母と共に飛び去ったとも云われます。その死の一年後、大宝2年(702年)文武天皇によって、愛宕山の悪霊退治の功績を認められ、泰澄は大天狗と出会った清滝の大杉の地を清滝四所権現、朝日峰に愛宕権現(愛宕太郎坊)の神廟(現・愛宕神社)の創建を命じられています。この時に弱冠20歳で鎮護国家法師に任命されています。

ここでは、役小角は死んでおらず、その後も葛城山に隠棲して修行を続けていたという前提のものです。
泰澄の白山開山・粟津開湯の後の話ですが、その後、泰澄は都や越前を離れ各地の山を巡って開山や布教の浪々の旅を続けていました。
養老6年(722年)元正天皇が重病に陥った際、朝廷の医術・祈祷が行われましたが一向に回復しません。更には世上の名高い医者や祈祷師も地方から呼ばれましたが一向に回復しません。ついには葛城山の老齢91歳の役小角も呼ばれますが、体力不足であと一歩のところで失敗に終わります。昔コンビを組んだ泰澄ならばという推薦の言葉を残して去ります。それを聞いた朝廷が必死に探し回って呼び戻され登場したのが泰澄になります。泰澄の施術は大成功で、元正天皇は本復を果たします。この功績によって神融(じんゆう)禅師の称号を与えられています。名前の通り、神と融合した禅師という至高の名称。
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実は医王山というのは両白山地の北端の山塊になります。実際には医王山は白山と同じで数々の山稜になるわけです。

医王山は最高峰の奥医王山(標高939m)・前医王山(612m)・白兀山(896m)・黒瀑山(712m)・前山(724m)他などを中心にした1500万年前に堆積した医王山累層(海底火山による?)と呼ばれる山塊。これに金沢側のキゴ山(546m)・戸室山(548m)といった50万年前の火山が吸着する形で構成されています。

金沢市街からの眺望で加賀では白兀山(しらはげやま)を医王山の霊峰とし、砺波平野からは黒瀑山(くろたきやま)から奥医王山に連なる医王の稜線が霊峰としており、石川県・富山県双方から跨るように県立公園とされています。国体(第二回石川大会)の山岳競技が初開催された地ということもあり老若男女に愛される登山でも人気の地になっています。
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医王山には江戸時代前までは山岳信仰と薬師信仰が重なって多くの人が訪れ、山上周辺に石仏が安置され、麓や中腹に多くの寺院(40余宇と伝承有)が山岳修験道の寺院が建てられていました。しかし戦国期には教生を伸ばした真宗勢力と対立、敗れた山岳系寺院が破却や焼却の憂き目を受けて衰亡していました。加賀藩統治の時代になるとキゴ山や戸室山が戸室石(医王石)の産地となり、連なる医王山系全体を一般人の立ち入りが禁じられてしまいました。現在、医王山周辺では戸室山医王山寺が私的寺院としてあるくらいで、医王山・医王寺としては国内最古の歴史を持ちながら、寺院関係はありませんが登山道周辺に石仏や祠が点在し名残りを残しています。

医王山石川県立自然公園 パンフレット ⇒ iouzenpanfuretto_1.pdf

医王山の人気スポットとして名前が上がるのが、大沼(おおいけ)・トンビ岩三蛇ヶ滝、この三カ所から少し北に離れますが三色泉
総称すると黒瀑山・白兀山・箱屋谷山(685m)に囲まれた大池平。そこにある大沼は昔の崖崩れでせき止められてできた池だと云われ、落ち葉の堆積の上に草が根を張った浮き芝がみられ、見上げると120mの崖上部にトンビ岩が見られます。11月上旬に訪れると、紅葉と山に囲まれて静かな山間が味わえます。割合に平坦地なので子供にも楽な道のりでお薦めです。渓谷や湧水もあり三色泉は湧水によるもので時間帯で色が違って見えます。渓谷美もあって三蛇ヶ滝は20mほどの三段滝。渓谷にはハコネサンショウオが生息しています。大池平は、二俣からのビジターセンターからなら子供連れでも行ける登山道、少し場所を変えると景色が一変する医王山屈指の人気スポットです。
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医王山国見ヒュッテ
遭難事故にも備えることもあり、平成11年(1999年)石川県は前回紹介した二俣越えの砂子坂の手前を入った奥新保の奥にビジターセンターを建てて、医王山の登山拠点はもちろん案内展示・休憩・入山管理も担っています。先週あたりに紅葉を観に行こうと思っていたんですが果たせなかったので、来年にはまた紹介したいと思います。道沿いに隠れ家的な食事処があるんですよ^^
富山県国見ヒュッテ(森林総合センター)が大池平の東側にあり、こちらも案内所の他にもコテージや販売所もあり便利で大池平に向かうには起伏はあるものの直線距離は近くなります。トンビ岩までの登山道もあります。なんといっても砺波平野が眼下に見え、天気の良い時には北アルプスの山や日本海まで見えるロケーションが抜群。今回の目的はこれがメインでした。
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国見ヒュッテ 
野外バーべキュー場
国見ヒュッテに直接向かう車道は三通りあります。一番登りやすいのはイオックスアローザスキー場から林道を登る道。スキー場からは約10キロで曲がりくねっており一部狭い崖面がありますが、全体に車道も広く取られて運転の安心感があります。
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金沢中心部からキゴ山・戸室山を通って、見上峠から医王の里・西尾平を経由して夕霧峠を左折して登るのが林道・菱池広谷線。解り易い道ですが道幅が狭く見上峠から医王山を巻くように約20キロと長いために途中には登山口が多く、歩行者や対向車も多いので、通行には神経を使うことになります。第一には草や枝がせり出しているので車に擦り傷を作る覚悟が必要です。

そしてもう一本が僕が今回登ってきた県道27号線の砂子坂やぬくもりの郷辺りから林道を走る道になります。別名・百万石道路と呼ばれる道ですが、名前とは真逆で狭い一本道で対向車が来たらすれ違いにも苦労することになります。

実をいうと、前回の砂子坂の善徳寺跡を訪れた後、さてどこから帰ろうかと迷ってしまったわけです。砂子坂に戻って直進すれば医王ダムや医王山ビジターセンターに抜けられるんですが、シャツネクタイ姿で登山するわけにもいかないし、、、とはいえ、山上からの眺望も魅力だしというわけで何年振りかで国見ヒュッテから砺波平野の眺望を見ながら時間があったら、イオックスアローザのゲレンデを見るのも良いかなと考え直して百万石道路をひた走り。。運良く対向車もなく到着。。平日ながら駐車場には車は一台だけ。。ベンチで裸で日向ぼっこしてるおじさんが一人。。これに騙されて帰り道を菱谷広谷線にしたのは大失敗でした。何度、道の途中で車を譲り合ったことか。。
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右・下 白兀平ヒュッテ(夕霧峠)付近 山上リフト
イオックスアローザの山頂レストラン・ワイスホルン、山頂ゴンドラ駅に行けるんですが、休止中?
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イオックスアローザのゲレンデには10月にはキバナコスモスが咲いていて美しいのですが、一週ほど早かったのと、のんびり国見ヒュッテの周りをうろうろして時間が過ぎてしまい、真っ直ぐ帰らねばならなくなってしまいました。その後来られず。。⇒2016.10.02 IOX-AROSAスキー場 キバナコスモス畑
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2016.10.02 
イオックスアローザゲレンデから 
右:イオックスアローザゴンドラ
上画像の中央左に二筋の土色の道のような山頂が白兀平リフト場、その左が最高峰の奥医王山
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国見ヒュッテからの眺望DSC_5484.JPG
国見ヒュッテから砺波平野の全景が見られます。平野の向こう正面には八乙女山(752m)を先頭に大寺山(919m)・扇山(1033m)・赤祖父山(1033m)・高清水山(1145m)と高清水山系の山並み。高清水山系の向こうに庄川が流れ、左手の鉢伏山(510m)、牛岳(987m、鍬崎山)から利賀村に繋がる1500m級の飛騨高地。天気がよく空気が澄んでいれば北アルプスの山並みが見られます。今回は秋霞と雲がかかっていて見えませんでした。。ちなみに赤祖父山・牛岳は全国屈指のブナの原生林として知られています。加賀藩時代、庄川の防水対策として山林を水持林として伐採を禁じていたために原生林が維持されてきたためと云われています。
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2010.10.16撮影
鉢伏山頂から砺波平野・医王山系
鉢伏山は夢の平スキー場のゲレンデ頂上の山で、東側で10月中旬にはコスモスがゲレンデを埋めています。毎年楽しみにしてるんですが、ここ数年見に行けていませんTT ⇒ 2010.10.16 夢の平 コスモスのゲレンデ
今年も観に行けなかったのですが。。goさんがしっかり見に行っていました。。⇒ goさんのブログ 2019.10.18 夢の平コスモスウオッチング
ついでに山のことなら、やっぱりgoさん 赤祖父山は福寿草や雪割草の自生地としても知られています。 ⇒ goさんのブログ 2016.04.08 赤祖父山(あかそふやま)の花
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三千坊展望台 国見ヒュッテから1キロほど南の広場にあります。この形は牛かなあ@@
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砺波平野の眺望の特徴は緑の塊がいくつも点在して見えることにあります。砺波平野は小矢部川や庄川という日本有数の急流によって作られた扇状地ですが、石の上に土砂が堆積する軟弱地盤が多いと云われています。軟弱面を田畑に使用し、点在する固い地盤地(土砂堆積部)を選び嵩上げして家屋や水の見張小屋を建てて来ました。
軟弱面の田畑は別名・ざる田と呼ばれるほど水落が多く、水の管理は昼夜を置かないものでした。このために自家の田畑は身近となり、田園地帯の真ん中に一軒の家があるという事情も第一要因でした。
点在した限られた地に家屋を建てるため、一軒一軒の家屋地が離れる散居村という特殊な家屋形態が誕生しています。
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散居村と呼ばれ、前述のように一軒一軒が何百m、下手するとキロ単位で隣家が離れて点在することは、豪雪期の場合、お隣りに行くだけで遭難なんて笑えないことになってしまいます。このため、一軒に大家族化するため広いアヅマダチ住居、そして一家で生活を賄うための蔵や倉庫などが一カ所に建てられ、平野の中にポツネンとあるために防風や防雨、陽射しなど家屋の消耗や疲弊防止を目的にしたカイニョと呼ばれる木が家を囲むように植林されています。この木から発生する落ち葉や枝木は各家の貴重な燃料にもなっていました。
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砺波では当たり前すぎて思ったより訪れる人が少ないんですが、散居村を知るなら格好の施設が ⇒ 2009.04.19散居村ミュージアム 
県外でも、昔はこういう住居風景はあったのですが、現在は住居は集落を構成し、住宅団地化してこういった風景は見ることが出来ません。散居村住居を知るには格好の施設です。
現在、散居村住居は減少しつつあるとはいえ、砺波平野には7000軒以上はあると云われています。

旅行日 2019.09.26

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