平泉寺・白山神社

国道157号線沿いにある勝山城博物館を曲がって登っていくとある神社です。加賀白山比咩神社・美濃長瀧寺と同じく禅定道の入口に当たり、越前馬場と呼ばれるのが平泉寺(へいせんじ)白山神社です。
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平泉寺白山神社は「霊応山 平泉寺」と呼ばれ、養老元年(717年)に白山を開山した泰澄(たいちょう)が開いたそうです。最盛期には48社36堂6千坊、僧兵8千人を擁していました。ちなみに越前海岸の名所・東尋坊はこの神社の僧兵の代表の名前です。戦国期、一向一揆との抗争で衰退しましたが、豊臣秀吉・越前勝山藩に保護を受けました。神仏分離で元々の神社になりましたが、大きく衰退しています。ちなみに寺としての平泉寺は参道の反対側の平泉寺小学校の跡地にあります。
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この平泉寺神社は京都の西芳寺と並んで苔の庭園と境内が有名です。別当宮司の平泉家の住まいにある「旧玄成院庭園」「平泉寺白山神社の境内」は国の名勝・史跡に昭和初期に選定されています。「旧玄成院庭園」は室町時代の作庭で現存するものとしては北陸最古の庭園と云われています。
ちなみに庭園の拝観は50円です。玄関の小箱に入れるだけ
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往時の建物等は少ないですが参道から拝殿までの遠いこと。境内の広大さには驚かされます。往時の繁栄が覗われます。
三禅定道のひとつですが、最初に開かれたのがこの道だといわれています。開山の祖泰澄がここから白山に登頂したということです。
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奥に向かって登っていくと、拝殿や祠が見られます。ここも多くの苔に覆われた地と古木で幽玄な雰囲気があります。ここまで来ると森の中ということもあって暑さを忘れます。
拝殿は現在あまり大きくありませんが、礎石から往時は五十間以上あったと予測されています。実際にこの大きさがあったとしたら、国内でも最大級の拝殿だったと思われます。今はその礎石も苔に覆われています。
他にも大国主などの祠、大楠公の墓などもあります。また泰澄に熱く帰依・保護援助を贈った元正天皇の遺髪と歯を納めた遺髪塚もあります。現在も発掘調査が進行中で南側にあった僧坊の発掘調査が進められています。
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平泉寺の参道の脇に御手洗池があります。暗い静かな一角ですが、平泉寺の発祥の地はここになります。白山開山の際、泰澄がこの泉で休憩し十一面観音の悟りを受けたそうです。
池の前に平泉寺の御神木があります。上部で三叉に分かれています。
白山の山頂(主峰、三の峰、別山)・三禅定道(加賀馬場・美濃馬場・越前馬場)を表していると言われています。
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三つの白山神社の中では往時においては、最高の由緒と最大の規模を誇った神社ですが、現在は深い森と苔に覆われた美しく神秘的な存在です。
参道と境内も道は、日本の道・百選にも選ばれています。

旅行日 2010.7.18



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