そのため、城下町のあちこちに「広見」が作られました。
「広見」というのは、防火上から道路を広くして広場のようにして延焼を防ぐ場所です。
金沢には現在も当時の「広見」が何か所か存在します。その最大の広さがあるのがこの「六斗の広見」です。
広小路近くの蛤坂を右折して路地を通って、忍者寺で有名な妙立寺を通り過ぎて真っ直ぐ行くと突然とても広い場所に出ます。そこが「六斗の広見」です。観光の人は忍者寺までしか入って来ず、とても静かな場所です。意外に知られていないスポット。観光の際には是非、奥まで入ってみてください。広い道に驚くこと請け合いです。静かな場所なので、路肩の歩道で周りの寺の塀を眺めるのも良いものです。
元々、忍者寺前や広見がある道は、白山麓や野田山に向かう旧鶴来街道の一部です。道幅も江戸期以来の広さのため車がすれ違うのもたいへんで、観光の車も入ってきませんが、地元の人には貴重な抜け道になっています。また、寺町と並んで寺社の多い場所です。由緒のある寺社も多い場所です。
現在は小さな祠があるだけですが「六斗の広見」で一番の由緒を誇るのは「玉泉寺」。名前が示すように二代藩主・前田利長室・永姫の寺です。元々、利長の死後、永姫が富山から金沢に移り、富山の浄禅寺を勧請して「玉泉院」と号し、利長の菩提を弔ったそうです。玉泉院の死後は位牌所となっています。境内の奥には玉泉院の供養塔があります。
江戸期には1万㎡の規模を誇りましたが、明治に焼失。今は緑の木陰と小さなお堂と地蔵尊があるのみです。

旅行日 2010.8.19



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