安宅の関址

安宅住吉神社の敷地には「安宅の関址」があります。
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能・文楽の「安宅」・歌舞伎の「勧進帳」で有名です。奥羽逃避行中の義経・弁慶一行12名と関守・富樫との問答など人気技芸です。その舞台がここになります。弁慶たちの難関突破にちなみ、安宅住吉神社は学業やスポーツなど受験生・選手などに人気があります。
弁慶の智勇・富樫の情・義経の忍として昔より人気があり、義経記などの読み物・能・文楽・歌舞伎と共に多くの俳人や作家の題材に成っています。
特に歌舞伎は200年以上の歴史の「お旅まつり」の曳山子供歌舞伎・全国子供歌舞伎・秋の中学生勧進帳など小松は歌舞伎の町に成っています。平成16年には本格的な歌舞伎舞台を持つ「芸術劇場うらら」も開館しています。こけら落としには市川団十郎が弁慶、坂東三津五郎が富樫、中村芝雀が義経を演じ、安宅の関公園の入り口にある「勧進帳ものがたり館」に3人が演じた際の衣装が展示されています。

安宅の関の入り口は神社を廻り込んだ海辺にあり大きな門が目印ですが、この門を潜るとすぐ左手に歌舞伎「勧進帳」の像があります。
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この像は昭和41年に造られた物ですが、当初は弁慶と富樫の2体でした。平成7年に作者の都賀田勇馬氏の息子によって義経像が作られました。
弁慶と富樫にはモデルがいて、弁慶は七代目松本幸四郎(現市川団十郎・松本幸四郎の祖父、海老蔵・染五郎の曽祖父)富樫は二代目市川左団次です。

像の前を登ると義経と富樫を祀った「関ノ宮」ちなみに右が義経で左が富樫です。ここをさらに登ると「安宅の関址」があります。県の史跡指定を受けています。保存会の設置した石碑が建っているだけですが。
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安宅の関は文献的には存在自体が議論の余地があり、当時から現代にかけての海の浸食・隆起により、本来の場所は現在は海の中という意見もあります。なにはともあれ、日本人には人気のスポットは変わりなく。多くの作家や歌人の石碑もあり、白砂青松渚100選・歴史公園100選の一つは変わりません。松林の中を散策し海岸をあるくのはお勧めのスポットです。
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旅行日 2011.1.9





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