もう一つの鳥越城

以前紹介した加賀一向一揆の最後の牙城となった「鳥越城」現在の白山市鳥越地区にあり全国的にも名前が売れています。http://72469241.at.webry.info/201208/article_36.html

ところが石川県内には、もうひとつ「鳥越城」という城がありました。
金沢市の北隣、津幡町の七黒にありました。最初は一向宗の防御施設に始まり、前田利家の金沢入部後は東方の防衛拠点の一つになっていました。ここは越中との県境近くに当たり、末森城と並んで対佐々の重要拠点でした。ちょうど末森城から始まって連なる宝達山の稜線の最南端になり、金沢城からは直線で約15キロ。この城を越すと平坦な地形が金沢に続くため、街道にある津幡城の付城として、東方防御の最終ラインになっていました。
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1584年末森城の戦いの際、前田軍の善戦で佐々軍は撤退したのですが、佐々成政は撤退時にこの鳥越城を手に入れています。
実は末森城の戦いが前田軍の敗退という誤報が鳥越城兵に流れ、城主が城を放棄してしまい、労せず佐々軍が手に入れたというものです。
前田利家がこの事実を聴いて驚愕。城主だった目賀田又右衛門を永久追放にしています。その後、自ら軍を率い激戦を繰り返し取り戻しています。
前田利家が能登・加賀・越中の3国領有後、防御地の役目を終え廃城となっています。
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城のあった山は標高60m程ですが、斜度がきつくなっています。
現在は登り口に案内板。小さな本丸跡に標柱があるだけで、激戦地の面影はありませんが、本丸に登り下を見ると攻め難さ・守りに適しているのが解ります。
今回は残雪で登りませんでしたが、しばらく登っていないので。。。そのうち挑戦したいものです。
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旅行日 2011.3.28

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