富樫家御廟谷

高尾城の南側、額谷町の交差点を山側に入って、額谷ふれあい公園を右に見ながら山道を登って行くと遊歩道の看板の側に「富樫家御廟谷入口」の標柱があります。
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ここから約500mの険しい登り降りを進んで途中を右に降りると、三つの五輪塔が建つ一画があります。ここが「御廟谷」と云われる場所です。富樫家代々の墓域と伝わる場所です。
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1488年、高尾城落城の際、城主・富樫政親は自刃しましたが、その後遺体は当時の野々市にあった大乗寺に葬られたのですが、高尾城で戦死した重臣の額丹後・景春・親家の3代をここに葬ったと資料が残っているそうです。
ただ、丹後守は元々富樫政親と争った幸千代派の重臣で落城の20年程前に合戦死しています。しかし子の景春・孫の親家は富樫政親と共に高尾城で戦死しています。
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円墳形式をとっていることなどから諸説まちまちで、富樫家の墓域かもまだ未確認の状態ですが、寺院・墓所の可能性が高く、今後の研究・調査が待たれています。

御廟谷は「額谷レクリエーション遊歩道」の一部になるのですが、この遊歩道はなかなか起伏が厳しく、ハードなので装備を整えて行くことをお奨めします。カモシカなどの野生動物にも出会う場所です。金沢市が住宅街からわずかに山に入ると、とても深い自然の中になることを実感する場所です。
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旅行日 2011.9.9

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