大野灯台

今は干拓されて以前の四分の一になってしまいましたが、石川県で一番大きな湖だった河北潟から流れ出ていた唯一の河川が大野川でした。現在は干拓用に作られた内灘砂丘を分断する河北水門が出来ましたが、昭和40年以前は唯一の河川でした。

大野川の河口は天然の良港として古代から大陸との交易などにも利用されていました。更には江戸・明治期には北前船の寄港地として賑わいました。現在の金沢港はこの大野川の河口を広げて海底を掘り下げて作られた物です。訪れた人は百人が百人、埠頭に立つと海だと思っていますが実は川の中なんです。そんな金沢港・大野川の河口の突端に建つのが「大野灯台」です。
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大野灯台」の始まりは明治11年(1878年)、夜間航行をする船の為に大野町の舟問屋・浅勘七が、私費で木柱を建てて上部で魚油を燃やしたのが始まりだそうです。その後、浅氏は何度も木柱を私設で建て替え20年間自身で管理したそうです。その後、大野町が灯り竿から電燈を乗せた11メートルの杉丸太を建てて管理を続け、昭和9年(1934年)に航路標識として公認され公設標識となりました。昭和25年(1950年)に海上保安庁に移管され現在に至っています。

現在の灯台は昭和26年に新しく新設された物です。高さは26.4メートルあります。建設当時は付近で一番高い建造物として、金沢港のシンボル的存在だったそうです。
灯台と云えば、円柱型や釣鐘型の物が多いのですが、「大野灯台」は灯台としては珍しい四角柱のコンクリート造りです。

四角柱の灯台としては最大級ということもあり、灯台マニアには知られた存在になっています。平成10年に海上保安庁が一般投票募集を行った「日本の灯台50選」にも選ばれています。

日本の灯台50選  http://www.tokokai.org/archive/index02.html

北陸4県では、新潟・佐渡の姫埼灯台、能登の禄剛埼灯台とこの大野灯台の三つだけです。前者二つのようなお洒落っ気はありませんが、なかなかの人気者の灯台の一つです。

禄剛埼灯台  http://72469241.at.webry.info/201208/article_11.html

訪れた際は改修工事中で裏側に足場を組んでいましたので少し残念な姿でした。しかも、氷雨の降る曇天で。。一番のビュースポットの大野川に架かる高架上からは写真が撮れず心残り。。是非、訪れる際には晴れた日をお奨めします。
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旅行日 2011.12.18



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