現在の金沢・森本駅付近から砺波に繋がる国道359号線と福光に繋がる304号線に沿い途中、両国道の中間点を抜ける感じの道です。同じ山越えでも倶利伽羅越えに比べて遠回りでしたが、起伏が楽だったこともあり、江戸期以前は物資の往還は小原越道が主になっていました。
松根城は小原越道を取り込むように、国境となる砺波丘陵に沿って作られた重要拠点でした。
文献としては源平盛衰記に源義仲が陣をここに置いたというのが最初です。その後、南北朝では南朝方の桃井直常軍が陣を置いたという記録があります。戦国期には一向宗の持ち城となっていましたが、戦国末期には佐々成政の持ち城となって加賀に対する前線基地になっていました。
その後、豊臣秀吉の佐々征伐の際、前田利家の重臣・村井長頼によって近くの朝日山城と共に攻略を受けた際に、佐々方の放棄により落城。その後は一国一城令により廃城になるまで村井長頼の持ち城なっていました。


現在の城遺構は佐々時代に作定されたものですが、虎口の二重隠しや枡形、竪堀や土塁を多用して三つに郭を連郭式にしたものです。城跡は綺麗に整備されていて自然公園として整備されており、城内の道も木チップを使っているので歩きやすくなっています。
連郭の一番高所となる松根山頂(標高304メートル)にある本丸からは能登・加賀・越中方向が開けて観えます。眺望も良く特に加賀方向は天気が良いと日本海も観られます。加賀からの旧街道の道が遠望できることからも境目の城としての重要性が感じられます。

松根城に対する前田軍の前線基地は4キロ程金沢市街寄りの「切山城」でしたが、面白いのは同じく竪堀・土塁を多用していて、松根城と形態がよく似ています。同じ信長側近同志の前田利家・佐々成政の対決がよく解ります。ちなみに切山城の城主はこの当時には前田家の家臣となっていた不破直光、不破光治の嫡男です。この不破光治・前田利家・佐々成政は府中三人衆と呼ばれ、長く苦楽を共にした仲間みたいなもので、戦国期の無常さが表れています。
この松根城と切山城は国史跡指定の調査が昨年開始されています。
この松根城に向かう道は近くにゴルフ場があるため、道路は複雑ですが、解り易くなっています。また道沿いには桜の木が多く、美しい並木や桜のトンネルを体験できる隠れた穴場です。



松根城に向かう道沿いは急なカーブが続く道ですが途中には桜の木々が多く、なかなか良い場所です。意外に金沢の人も知らない人が多いので、あまり訪れる人が少なく、桜を観るにはなかなか良い場所でした^^V
旅行日 2012.04.21
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