南惣美術館

すっかり、間が空いてしまいました。仕事がきつく成ったのもあるのですが、体調を崩してしまって身体は重いし頭は痛い、ちょっと動くと疲れがひどい。。
おかげで、仕事以外のPC使用を家族に禁止されてしまいました。。UPは遅れるは、皆さんの所にも行けないはで申し訳ありませんでした。まだふらつくけど、だいぶ良くなったので、嫁さんと娘のお許しを戴いて、久しぶりにこれを書いているところです

輪島の西の方に町野の大野地区があります。そこに木々が生い茂った山並みを背景に白壁の大きな蔵と大屋根の屋敷があるのですが、そこが南惣(なんそう)美術館です。
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海岸線に沿って山岳が迫る奥能登において、河川は重要な水源であり交通機関でもありました。
特に、この地区に流れる町野川は古くから重要視されていた河川として、両岸は古くから能登を引っ張る旧家や豪族が本拠を置いていました。
南惣美術館のある大野地区も町野川の東岸に当たる場所です。その対岸には、能登旧家として有名な時国家になります。

江戸期に大野村と呼ばれたこの地は、能登アテ(ヒバ)の一大産地で幕府直轄の天領でした。
その大野の土地を所有管理していた大地主が南家でした。南家は江戸期天領下で役人組頭として、大野村の行政にも深く係わっていました。
元々、南家は土着の豪族で13代を数えますが、史実をたどると25代が連綿として続いていると云われます。その在地能力は現在もですが根強いものがあります。また歴代当主は惣右衛門又は宗右衛門(共に、そうえもん)の名を世襲しており、地元では縮めて南惣と呼ばれています。

美術館にも展示されていますが「家札」と呼ばれるものがあります。手札板に錨の焼き印を押したものですが、この家札は南惣家の賃金支払などにに使われたものですが(南惣に持ち込まれたら即換金できたそうです。)、なんと昭和末期まで能登で通用していました。それ程の能登の名家です。

江戸期、加賀藩では製塩が重要視され、奥能登の珠洲の地は一大製塩製造地帯でした。現在奥能登を海岸伝いに走る国道249号線は、江戸時代は塩の道・塩街道と呼ばれ重要視されていました。現在も揚浜式製塩が受け継がれ塩田村や製塩場で、実地体験や見学ができます。
この製塩業には継続的な燃料と労働力が必要でした。加賀藩から依頼を受けて、この労働力と燃料となる木材を供出したのが、林業を管理する天領大地主の南惣家でした。

木材は燃やせば当然ながら炭になります。南惣家では北前船を整備し、塩や木炭を積載して販売する海運業にも販路を広げていきました。最盛期の南惣家では常備の奉公人・使用人20人以上、臨時雇100人以上を有していました。この全員に三食支給をしていたと云われており、これを用意した母屋の台所は大きく作られ窯や壺も大きな物が現在も見られます。多くの使用人が食事をした「おえの間」や広間も大きく取られていました。
「おえの間」は現在はお土産売り場になっており、美術館見学者にはお茶とお菓子が出され、雰囲気が楽しめます。売店の奥さんも話好きな方ですから和気あいあいでリラックスできます。

歴代当主は芸術・美術分野に造詣が深い人物が多かったようで、特に宿がなかった時代には文人墨客の逗留先となっていました。その際の謝礼として書画骨董が集まって来たそうです。また、東西本願寺にもケヤキを供出しており、本願寺からも謝礼に多くの美術品を戴いているそうです。更に交易の際に京大阪から古美術や骨董も収集され、約400年間でその数は数千点にのぼるとされています。長期間、個人収集・個人観賞に留められてきたこともあり、内容が非公開で流出を免れてきました。
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昭和46年(1971年)第13代の当主が一般公開に踏み切って、米蔵・納屋蔵・前庭を改造して「能登集古館・南惣」として開館したのが始まりです。平成12年(2000年)に「南惣美術館」として名称を変更して継続開館をしています。
展示数は数千点のうちの約250点。毛利家の緋縅鎧甲冑から書画骨董、獅子頭、人間国宝の作品などバラエティーに富んだものです。

作者の名前を観ればそうそうたる顔ぶればかりです。ざっとあげても。。。
絵画・・・宗達・応挙・等伯・雪舟・蕪村・探幽・抱一。。。。他
陶磁器・・・光悦・仁清・乾山・柿右衛門・織部。。。。。。。他
唇筆・・・後鳥羽・後花園
書蹟・・・利休・遠州・沢庵。。。他
更には芭蕉・千代女の直筆俳句などなど、能登を代表する沈金などの工芸も
赤色を初めて配した初代柿右衛門の菊文皿、再興九谷の初代粟生屋の飾り棚は必見です。

とにかく並んでいるものは、美術史や教科書に載る人々の作品
日本画家・陶芸家・美術作家はもちろん骨董家には垂涎の物ばかり。一巡りしてくると日本の美術史を観てきた感覚です。日本の美術品が好きな人には一日いても足りない世界です。

館内は撮影禁止なので興味のある人は南惣美術館のHPをどうぞ

ただし、納屋蔵を改造した美術館ですから、天井が低く、納屋特有の薄暗さと特有の臭いがあり、普通の美術館のような個別観賞用の展示にはなっていません。興味がないと我が家の娘のように早々に外に出て行ってしまう人も
こういうのが好きな人には別天地に感じますし、興味のない人には居心地の悪い場所になるかもしれません。
そんな時は母屋の「おえの間」か裏庭を眺めて貰って、待ってもらいましょう
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美術館になっている納屋蔵と母屋は国指定の登録有形文化財に指定されている建物です。
納屋蔵は白漆喰に海鼠塀が美しく、母屋は瓦葺き板張り(以前は茅葺きでした。いつ瓦葺きになったかは不明。以前訪れた時は茅葺きでした。)の能登特有の旧家づくりです。
美術品はもちろんですが、建物を観るのも良いものです。
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立ち入り禁止ですが、脇の方から見える別棟の木造の納屋蔵もなかなかのものです。お忘れなく。
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母屋の前庭には松の古木や亀石の奇岩が配されていますが、能登キリシマつつじがあり、名所の一つになっています。5月ごろに訪れると燃えるような赤い花が見られます。
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旅行日 2013.08.10










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