道の駅 マリンドリーム能生

相変わらずですが、この時期になると仕事が混んで、更にトラブル処理が集中します

しばらくサイトに来られなかったことをお詫びします。
コメント下さったgoさんやsomaさん、がにちゃんさんにコメント返しも出来ず、気持ち玉を下さったイータンさんやmikomaiさんにもご訪問できず、申し訳ありませんでした。
これすべて、日頃の不摂生で体調崩し、動けない分溜めこんだ仕事もなかなか消化できずにいる僕が悪いのです(超反省)

今回も前回と同じく、昨年10月の上越への往復の立ち寄り地です。
前回の筒石駅は上越に向かう途中で寄って行ったのですが、今回は帰り道の立ち寄り地です。

実はこの時の予定では嫁さんの実家を出たら、今夏(H25)に行った小布施に行くつもりだったのですが、体調が悪いという嫁さんと録画を忘れて早く家に帰宅したい娘に拒否権を発動されて、家路に国道8号をひた走って戻ることになったのです。特に娘の生意気な口のきき方にはカチン
おかげさまというか、根が単純な僕は超不機嫌。。。
能生の道の駅に着くまでの運転の間、よりにもよって車の流れが悪くて、ますます不機嫌に。。一言もしゃべらず・ただでさえ目つきの悪いのが更に険悪な眼となっておりました。道の駅に着いたら、母娘を見向きもせず、サッサとトイレにダッシュ。。。
日頃、父親に猫可愛がりされて、家庭では年に一度あるかという父親の怒り顔と完全無視には免疫のない娘。。これには、涙がブワ== 日頃、減らず口を叩く割には父親に嫌われるのが、とってもイヤナ娘
けっこう、そういうところはナイーブなんですな、誰に似たんだか

母親は笑いながら慰めていたみたい
「大丈夫だよ、お父さんは単純だから、1時間ほど見たい所を観てたら、すぐ元に戻っちゃうから^^V 解ってるでしょ^^V」
(さすが、腕力も口も僕より強い嫁さんです。偏屈な僕のあしらい方は心得ていて、機嫌を直すのは1人で放って置くか、好きそうな場所を観て歩かせるのが発散法と心得てます。そういえば我が家では夫婦喧嘩は新婚の時の一度だけだもん。嫁さんは強い@@ まあ、僕が逆らわないというのもあるけど。。)

嫁さんの言葉通り、越山丸の甲板の上を歩いて、降りた頃には、もう普通の顔になってたみたいです。

能生の道の駅はお土産やレストランのほかに、資料館・ミュージアム・越山丸、広い芝生広場、ついでに海洋センターまで併設されてますからけっこう見所も多いんですよ。能生と云えば蟹(ベニズワイ)が名産品、館内では蟹の直売所が並ぶ「かにや横丁」もあり、冬場に行くと賑やかですよ。
それでも、不機嫌と不満顔は吹っ切れてなかったみたいで、あまりパッとした写真がないんですが、、、、、

道の駅の建物は写真を撮り忘れたんで、お土産に買ったチョコサブレ「白い貝がら物語」
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散策にはうってつけの芝生公園(能生海洋公園)には海が観られる展望台があったりして
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道の駅の東端には、マリンミュージアム「海洋」と実習船「越山丸(えつざんまる)」があります。
能生の町は古くから漁業で栄えた町なんですが、明治32年に町立の水産学校が設立されました。現在までも能生水産高校から県立海洋高校として引き継がれています。
その海洋高校で昭和55年から使われていた実習船がこの「越山丸」です。現在は「海洋丸」という実習船が使われているのですが、歴代の生徒たちは毎年3か月近くの遠洋(北海・タヒチ・ハワイ・インド洋など)・海洋生活の実習/漁を行ってきたものです。

古い船ですが、きれいに整備補修されており、実習生たちが奮闘した船の内部まで見学できるようになっています。また、甲板からの上越方向の海岸の眺望もなかなかです。
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ついでに、母親が娘を慰めている図
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越山丸の甲板から上越方向の海岸線
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越山丸の側にある建物「マリンミュージアム海洋
こちらは海洋高校の開校100周年を記念して平成10年に造られた資料館です。入口が小さいのと無人のため、あまり入場者は多くないんですが、展示物はなかなかのものです。
海洋高校が提供した展示物ですが、ミンククジラの実物骨格標本(全長9メートル)や30隻の古船模型は必見です。他にも海洋生物の研究発表、能生・海洋高校の歴史など。 入場料200円。
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マリンミュージアムの隣外に大きな木造の建造物があります。(天気の悪い時期などは館内に納められている時もありますが)
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能生には華やかな夏祭りと秋祭りに奴奈川まつりというものがあります。
奴奈川まつりは、大国主命と奴奈川姫の婚礼を祝し模した祭りです。

大国主命は云わずと知れた出雲大社の祭神として有名です。不明な部分が多いのですが、日本の神話時代において出雲から派生して大きな勢力を誇ったと云われています。現在につながる天孫族に国を譲り渡したと云われています。出雲大社の社殿は伝承では国内最大の高さと規模を誇ったと云われ、近年その土台と云われる柱が発掘されて話題になり伝承を実証した形になっています。
つまり出雲大社の大国主は天皇の住んだ御所、天皇家の守護神アマテラスの伊勢神宮、仏教最大規模の東大寺大仏殿を上回る神殿に祀られた人物です。これほどの規模で祀られたのですから、名前の通り、大国の王だったと推定されます。

その大国主が求婚して娶った相手が「奴奈川姫(ぬなかわひめ)・沼河比売」になります。古事記・出雲風土記・旧事本紀などに登場するのですが、大国主の嫁取り伝承のお相手です。
奴奈川姫は古志(高志・越)の国(福井以北の北陸地方)を治めていた女王で、その美貌と知性の噂を聞いた大国主が古志まで出向き求婚、一晩考え抜いた奴奈川姫がOKして、めでたく結婚したというものです。
深読みすれば、大国主の勢力圏が北陸地方にまで及んだとも言えます。

古事記には結婚のことしか書かれていないのですが、他の伝承や書には二人の間には何人かの子供が出来、有名なところでは旧事本紀では諏訪大社の祭神・建御名方(たけみなかた)
出雲風土記では神社好きに人気のある美保神社の元々の祭神・御穂須須美(みほすすみ)が誕生したとなっています。
建御名方と御穂須須美は男女別ですが、同じ人物だという説もあります。建御名方は出雲で敗れ、追われ追われて諏訪に逃れたとなっていますが、この地から姫川を遡って諏訪に逃れたという方が現実味がありますね。

奴奈川姫の奴奈川は現在の姫川を指すと云われています。
また古代には「ぬ」は玉のことを言います。姫川は翡翠(ひすい)の産地でも知られており、光り輝く美貌と姿を持ったと云われる奴奈川姫は翡翠の化身とも言われています。

その奴奈川姫と大国主の婚礼を再現して、奴奈川姫と大国主にふんした男女を先頭に町内を練り歩き、大竜行列や巫女の舞をするのが夏祭り(夏の陣)

更に10月に開催される秋祭り(秋の陣)が婚礼を祝したふるまい餅を配った由来から、この大型櫓を使った「奴奈川大うす祭り
一度に90キロの餅を突きあげるというとんでもない行事です。90キロの餅を突きあげるんですから臼と杵も尋常な大きさではありません。

臼は 直径2.5メートル・高さ1.5メートル・重量8トン
杵は 直径0.5メートル・長さ1.7メートル(柄は4メートル)・重量0.5トン
これを支える櫓が 幅7.3メートル・高さ10.5メートル
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もうこれは、ほとんど重機です。一度、餅つき大会を以前に観たんですが、1000人の若衆がふんどし姿で杵につないだ綱を櫓を中心に四方から引っ張っては落とすという豪壮な餅つきです。自称、世界一の餅つき機。
毎年10月の中旬に行われます。

当日は道の駅がメイン会場になって、広場に出店や市場が出て賑やかです。1000人で着いた餅を召し上がれ


次回は僕の御機嫌が直った弁天島(弁天岩)と能生白山神社をご紹介しますね。

旅行日 2012.10.14




 

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