法皇山横穴古墳群

加賀市には古代には江沼の地と呼ばれていましたが、古墳時代から開けていたようで多くの遺跡があります。
特に狐山古墳からは皇族・王族クラスの装飾品が発掘されて注目されています。狐山古墳は外観しか見たことがないので、再訪したらまたUPするつもりです。
狐山古墳の近辺は以前UPした花山法皇の所縁や伝説が多い場所でもあります。法皇所縁の名前のある勅使町(てしまち)の交差点からすぐの場所にも、花山法皇の伝承が残る法皇山という標高30mほどの小さな山があります。伝承では法皇の財物をこの山に隠し埋めたと云われていました。実際にはそのようなものはなく、法皇を信奉する地ですから手を加えられることも少なかったようです。

その法皇山には古くから洞窟があることは知られ古い墓だとも解っていました。大正期に本格的な調査の手が入って、大規模な横穴の集合墓であることが確認されました。その後、地元の大聖寺高校などの調査が入り、昭和初期に国指定史跡「法皇山横穴古墳群」の指定を受けています。
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史跡指定と共に史跡公園整備として昭和42年からの2年間で本格的な調査発掘が行われたのですが、特筆すべきはその横穴の数で、調査により開口したもので77基、確認未開口が5基、合せて82基が確認されています。
発掘調査は主に法皇山の山裾に集中している為、未調査の山中を合わせれば200~300があると推測されています。太平洋側では埼玉県の吉見百穴が有名ですが、この規模の数は日本海側では最大規模のものです。
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法皇山は凝灰岩で出来た岩山で、勅使町から山代に向かう道を南に進むと、剥き出しの岩壁が近くにあるので解り易いと思います。前述の吉見百穴も凝灰岩の岩山ですが、他地区の横穴集墓群も凝灰岩の岩山を利用したものが多いそうです。
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法皇山横穴古墳群は確認されている横穴は大きく5か所に分かれますが、多少の築造時期の違いはあるようです。年代としては副葬品から6世紀後半から7世紀(飛鳥時代)にかけての150年程の期間と推定されています。
収蔵庫の近くの法皇山の北麓の底辺の物が築造が一番古く、最大型の穴が平行に並んでいます。また、東側は凝灰岩が脆いせいか、固さを選んだように不規則な配置になっています。その他の地区も規則性のある場所、ランダムなものなど配置は地形で大きく左右されているようです。
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しかし、内部の造りは同じような造りが多く見受けられます。天井部がアーチ・ドーム型が大部分です。一部に家形もあります。内部の構造は大小の違いはありますが、入口から羨道(通路)、前室、玄室(一段高くなっているものが多いようです。)の三重構造になっているものがほとんどで、造り方も共通しているようです。
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副葬品に関しては、ほとんどが須恵器の甕・壺・瓶・杯類で生活用品がほとんどです。中には食料や種子が残っていたものが多くありました。一部で金銀環・直刀等が出土したものもあったようですが、大量に出るのではなく1.2個、数本単位ですから拝領・記念品的要素が強いようです。これらの出土品は駐車場にある収蔵品展示館に保管公開されています。
出土された副葬品から覗えるのは、死後の世界(黄泉の国)では生前同様の生活があると信じたか、埋葬時に前室で祭礼を行っていたのではないかと推測されています。
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副葬品や墓の構造・規模から王族・豪族とは思えず、さりとて一般庶民とも思えず、村長クラスの家族墓ではないかと云われています。これだけ横穴墳墓が集中した場所は加賀・能登でも類例が少なく、貴重な史跡であることは間違いありません。
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横穴古墳のため、開口状態で保存されているために、内部は真っ暗ですから見学はライトや照明は必須です。ただし蝙蝠や蟇蛙の棲家になっているものが多くあります。内部に入ってビックリっていうのもあるんでご注意を

北側グループの横穴群 法皇山横穴古墳群の中でも最古の時期(6世紀中頃)に作られたものです。穴の大きさは古墳群の中では大型のものが多いのが特徴で斜面の底辺に平行に並んでいます。、内部は簡素で思ったより深くないようです。
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東面グループ 法皇山の凝灰岩の山塊のなかでも軟弱な地盤のため、掘る個所がランダムになっているようです。崩壊しやすいので奈良文化財研究所の研究・指導で、崩落部をエポキシ索樹脂で浸透吹付けして凝灰岩を固めています。
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法皇山の山頂には、ため池と矢田野用水路の守護神社があったようです。山頂では2基確認されていますが、入口は立坑になっています。
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南面グループは入口が小さく谷の斜面に隠れたようににあります。こちらは北面のように平行に並んでいます。(画像なし

西面は山肌に点在するようにあります。山肌で木や草が繁茂しており、まだ未発見の物はここに多くあると推測されています。家型ドームなど時期は後期の物が多いようです。
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北側からため池経由で東側地区は道が解り難いですが、険しさはそれ程ではありません。ため池周りは秋に行くと赤とんぼの群生地になっています。自然が豊かな地でもあります。
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旅行日 2012.09.29









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