尾山神社遥拝所と雑話

実は前回のブログに続け書きをしてたんですが、あまりに長く煩雑なものになったので、別枠の雑話ということで。。。 気分が悪くなるような宗教話や批判ばかりが目立つと思うんで、、、、ご容赦を。。。 右:遥拝所入り口石段横 関口光生記念標 従三位神田孝一謹書 とありますが、僕には不明。。横に顕彰碑がありましたが、時間もなく、摩耗で真剣に読めませんでした。。下:遥拝所入り口 ここから神苑の背景の裏山を巡れます。 次回に回そうかとも考えていたんですが、神苑の背景となる出丸南面の山林の山は明治以降には通路が造られて、歩けるようになっています。南西面にある神輿庫前にある顕彰碑横の石段から登れます。入り口に遥拝所の標柱があり、それが目印。遥拝所 伊勢神宮の方向に向けています。尾山神社では春分・秋分の日をメインに遥拝所での遥拝が行われているそうです。 ここからの文章は個人的意見ですから、宗教話や神道支持派など反発を感じる方はパスしてください。。 遥拝所は山岳信仰として山を神体として拝む場所になるものと、今回のような伊勢神宮などを拝むものがあります。神社や仏閣を巡ることが多い僕は、たまにこういう遥拝所を観ることが有るんですが、前者の山岳信仰の遥拝所は良しとして、伊勢神宮に向けた遥拝所は存在自体が国家神道の押しつけのようであまり好きではありません。 そもそも今回の尾山神社にしても、先に何度も書いたように尾山神社創建時の神様は加賀藩祖・前田利家個人だと理解されていると思います。ところがそんな個人の神社で伊勢神宮…

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河合谷 大滝

お盆の時季となって、我が家も復活した嫁さんと僕の休日が合うということで、早めにお墓参りに行くことに。。 早くいくということは、他の家族より早いということで、墓掃除は今回は僕たちのお仕事に。。 お盆と言えば、新盆と旧盆がありますが、子供の頃不思議に思っていたのが、石川だと金沢市は新盆の7/15を中心にしていますが、その他は8/15を中心にした旧盆になっています。なんで金沢だけ7月なんだろうと思っていました。まあ、その後も気にはなっても何にも考えない僕は、前職ではお盆休みなど関係なく逆に忙しくお仕事をしていたので、気にもしていませんでした。ところが今の仕事になるとお盆は意外に暇になっているんで、ふと気になって調べたことがありました。 江戸期以前までは、ご存知のように太陰暦を採用していました。ただ、日本では純粋なイスラム世界で使用する月の運行のみで数える純粋なものではなくて、太陽の運行にも合わせた閏月を入れる正確には太陰太陽暦と呼ばれるものを飛鳥時代(554年)に導入して以来、中国の暦を和暦として使い続けていました。江戸初期にズレを修正する日本独自の貞享暦・宝暦暦・寛政暦・天保暦と改変を加えながら運用していたわけです。今でもたまに見ることがあると思いますが、伊勢神宮が発行している神宮暦の略本などは(子供の頃はなんのこっちゃとみるだけでしたが。。)、この天保歴に沿った作製ですが、修正を加えないので、真実とはあてにはならないのですが。。 旧暦(太陰太陽暦)の良い所は、お月さまを見ればだい…

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雑記 馬について

狭野神社の参道沿いに珍しい農耕馬と思われる神馬像を見たので、日本の馬に関する考察。多少どころか多分に私見が入りますのでご容赦を。。 神社に奉納されている神馬像をよく見ると思いますが、元々は神社宮に奉納していたのは本物の馬でした。ところが、近世になるとそう簡単に生きている馬を奉納もできなくなります。貰った神社にしても世話に困るし、近世以降は無神官の神社も多くなりましたから。。その替りに像を奉納するようになったと云われています。 現在、馬はどういったものと言われると、ほとんどの人が思い浮かべるのがサラブレッド。。競馬ブームの中で馬のイメージはスマートで大きい、サラブレッド(体高160前後)や近代(アングロ)アラブ種(140~160)がみんなの頭に刷り込まれています。ポニーは、海外では炭鉱現場で使うために馬を改良して小型化したものが始まりですが、今は体高147センチ以下の馬種の総称に使われています。現在、国内に残る在来種のほとんどが海外から観るとポニーというわけです。ついでにウマ科には白黒ゼブラのシマウマ、耳が立って尻尾の短い単独種のロバ・ノロバがいます。ところがこの体高の世界基準と競馬が歴史の上では、錯覚を起こす原因になっています。 この文以降にも馬の体高が多く出ると思います。馬の体高は、地上から首の付け根・たてがみの下の盛り上がった部分・鬣甲(きこう)までの高さを云います。現在までの世界記録はベルギーのベルジャン種のビッグジェイク号の210.2㎝、頭までなら3mを超す巨馬です。 …

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余談 荘園・刀伊(とい)の入寇

実は次回作・能美市寺井町の奥野八幡神社をアップするつもりで書いていたのですが、いつもの悪い癖で荘園の話を書いていたら、やはり大嫌いな部分は辛らつに長くなる傾向が出てしまい、まとまらない文を羅列してしまいました。。。削除するのももったいないので、、、、そのまま荘園と刀伊の入寇だけ抜粋です。日本史でも一番人気のない時代ですから、覚悟してください。。。 平安期以降は、加賀は多くの有力寺社や皇室領の荘園になっていたのですが、この為に地区(荘園)ごとで分散していたというのが実情です。 荘園というのは有力寺社や皇室領、貴族の領地になります。初期はそもそも、これらが自身で開発した農地を指していました。 歴史の授業では三世一身・墾田永代私有令は律令を崩した原因の法律と教えられたと思います。そもそも目的は新田や畑地という農地開発促進が大きな目的でした。実際にこの法に依って、農地自体は飛躍的に伸びたのも確かです。そして大小の土地所有者が増えて行きました。ところがこの法を悪用したのが10世紀末の摂関家や高級貴族を独占していた藤原氏でした。 それまでは律令の班田収授法によって、土地はすべて国有地で、決められた耕地面積で定められた租税を国衙に納め、中央政府に集められていました。集められた租税を政府が政府運営の国費として地方に再配分するというのが、律令制度の根幹だったのです。前述の三世一身・墾田永代私有令はあくまで土地所有権を土地開発者に認めるもので、本来は租税免除まで認めるものではなかったのです。これは現在…

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永安寺② 

前回は開山堂と由来記で終わってしまったので、その続きです。今回は永安寺が真言宗寺院であることと、真言宗について取り留めなく。。。 開山堂入り口から本堂の風景 山岳修験道は国家神道に対抗するものとして、自然崇拝に八百万の神や古代神道・仏教が混在して独自の進化を遂げて来たともいえます。純粋に山岳修業を通して自己研鑽を目的にする者もいましたが、山の民や口減らしの対象としての側面も強く持っていました。インチキ祈祷や護符を売り歩く輩の温床にもなっていました。とはいえ、山岳修験者の数は、正式な申請修験者・はぐれ修験者合わせて江戸期には17万人以上いたとも云われています。当時の人口からすれば200~250人に一人の割合になります。その半数以上がいかがわしい行者や浮浪者ともみられていました。 明治5年(1872年)政府は廃仏毀釈の前段階として、天台宗・真言宗の一部を除く山岳修験道の禁止令を出しています。国家神道を是とする国としては、怪しげな自称修験行者の排除はもちろんですが、古代神道・仏教が混在して独自の進化を遂げた山岳修験道は危険な存在であり大きな障害でもありました。 更に段階的に一般への売薬・護符の販売禁止、一般への祈祷行為の禁止など締め付けを強くし、山岳修験者の収入源を断ち、廃仏毀釈によってとどめを刺したと云えます。石川県内では能登の石動山・天平寺の破却が典型的な事例です。 永安寺 本堂 古来から中央政府から虐げ続けられた存在、国家神道(中臣神道)に反抗し続けた歴史を持つ山岳修験道。…

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粟津温泉 おっしょべ公園

少し前にご紹介した「恋人の聖地」、石川県内には四カ所あるんですが、このブログでは三カ所目のご紹介になります。以前にご紹介しているのは…LOVE&BEACH/サンセットブリッジ内灘・一里野温泉/白山温泉郷 恋人の聖地の趣旨・・・ NPO法人地域活性化支援センターでは「少子化対策と地域の活性化への貢献」をテーマとした『観光地域の広域連携』を目的に「恋人の聖地プロジェクト」を展開しています。  恋人の聖地プロジェクトでは、2006年4月1日より、全国の観光地域の中からプロポーズにふさわしいロマンティックなスポットを「恋人の聖地」として選定し、地域の新たな魅力づくりと情報発信を図るとともに、地域間の連携による地域活性化を図っています。  また、このプロジェクトでは「非婚化・未婚化の進行」を少子化問題のひとつとして捉え、日本全国で選定された100ヶ所を越える「恋人の聖地」とともに、フランスのモン・サン・ミッシェルをはじめ海外の著名な観光地にも参画いただき、各地域による様々な活動を通して若い人々のみならず地域社会に向けて「結婚」に対する明るい希望と空気の醸成を図るための活動をしています。(恋人の聖地HPから引用) 各地の恋人の聖地には全国的にも有名な観光スポットが幾つかありますが、石川県内の四カ所はマイナーな存在です。県民でも知らない人が多いかもしれません。 今回の「おっしょべ恋物語/粟津(あわづ)温泉」は粟津温泉郷の一番奥にある公園が中心地になります。他にも粟津市街にもモニュメントや記…

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タラ汁 ひまつぶし

城山トンネルを抜けて宮崎海岸(翡翠海岸)を横目に見ながら走る国道8号線。。城山トンネルの坂道を降りた所にある踏切を渡った宮崎漁港の宮崎の町から境関の旧街道に入る境西の交差点までの国道沿いには、タラ汁の文字の看板の食堂が並んでいます。別名・タラ汁街道と呼ばれています。 この朝日を通るときは、いつも午前中か真夜中が多くて、なかなか食べる機会に恵まれなかったんですよね。。 そういえば、このタラ汁街道で最後に食べたのは20年以上前になるかもしれません。その時は、老舗の栄食堂さんだったかな。。男同士なら栄さんも良いかも、トラックドライバーさんに人気の一品物・天婦羅が多いです^^ その間には、高速(北陸自動車道)の越中境SAでも食べたことはあるんですが、あの白いプラスティック容器では全然美味しく感じません。やはり、たっぷりの味噌汁で一匹分をゆっくり陶器やお椀で食べたいですからねえ。。 タラ汁のお店は何軒かありますが、今回は境関に向かう交差点・境西にある「ひまつぶし」さん。山登りでバテバテ、それに夕方前の遅いお昼、お座敷で足を延ばしたかったこともありまして。。栄食堂さんの斜め向かい、、 朝日町のタラ汁は、スケトウダラのぶつ切りに、味噌仕立ての汁にゴボウやネギを入れて臭み取りにしたシンプルな味噌汁。石川・富山では昔からあった猟師飯・家庭飯の一つです。内臓ごとぶち込むので旬としては、白子や卵のある冬場がメインですが、滋養や体力の消耗しやすい夏場にも良いと思います。暑い時には熱い…

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旧山岸家住宅

山の民の里とされる白山麓ですが、戦国の混乱は牛首村にも及んでおり、白山平泉寺と越前・加賀一向一揆、更に再侵攻した織田方の柴田勝家軍の間で揺れ動いています。まず時代は越前朝倉家滅亡の頃に遡ります。 ついでに散りばめた画像は林西寺の側の食堂・「みのすけ」さんで食べたお昼の食事で「温そば定食」+100円の大盛で1180円。白山麓のじわもの料理(地産地消)^O^ 祖父と同じ名前で釣られてはいっちゃいましたが、古くから観光事業に尽力している老舗食堂。味も素朴で美味しいお薦め品。文章とは合わないですがご勘弁^^ お隣の越前・勝山の地名の由来ですが・・・織田信長軍が一乗谷を滅ぼして朝倉義景を自害に追い込んで引き上げた後、越前の統治は恭順した朝倉景鏡(あさくらかげあきら、朝倉家滅亡後は土橋信鏡、)に本領安堵と共に一応任せた形をとりました。ところが、部下の相克から土一揆が発生。更にこれに一向宗が加わって一向一揆に変貌します。いつしか一揆衆の標的は景鏡に移っていきます。 元々、朝倉家と一向宗には長い抗争と和平の繰り返しが過去にはあったのですが、そうした朝倉家への恨み辛みの上に、更に織田家に朝倉家及び越前を売った景鏡を標的にするのは自明の理でした。 全盛期の朝倉家ならともかく単なる代官的力しかない景鏡に全面対決する力はなく、一族を率いて逃げ込んだのが白山平泉寺でした。当然ながら越前一向宗は景鏡の引き渡しを要求しますが平泉寺はこれを拒否。平泉寺VS越前一向衆という戦いにまで発展したので…

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百万貫岩

僕がこのサイトで一番最初にUPしたのが、石川県の名のもとになった手取川についてでした。            2012年6月23日 ⇒ 最初のUP 日本最大級の石ころ さすがに5年も経つと変更部分が、粟津温泉の温泉旅館「法師」、創業が養老2年(718年)でこの時点では世界最古だったんですが、山梨県の西山温泉・慶雲館(慶雲2年(705年)開湯)、兵庫県の城崎温泉・千年の湯 古まん(養老元年(717年))が前年にギネス申請・翌年正式に登録されて、世界(日本)3位になっています。 前ブログの石川の県名の由来と百万貫岩 白山を源流に加賀平野を扇状地にして日本海に流れる「手取川」。3000メートル近くの急峻な日本有数の高低差から流れるため、「石も転がる急流の川」ということで、別名が「石川」。つまり、この手取川の別名から採られたのが県名の由来です。 大昔から暴れ川と知られる存在でしたが、昭和9年に最大の氾濫が起こっています。下流域の現在の川北町・辰口町(現在は能美市)など多くの町村が被害に遭い、多くの家屋や村民が犠牲になっています。その教訓から、河口の美川町から白山麓入口の鶴来町まで長い河岸堤防が築かれています。堤防の上は道路になっていて平常時は県民の憩いの場になっています。天気の良い日にはこんなに静かな川がと思う広々とした風景が続きます。昭和の大洪水・大氾濫の凄さの名残が手取川上流にあります。それが「百万貫岩」。 捕捉になりますが、正確には石川県の名前は、金沢県(金沢藩)から県…

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白峰の歴史

予定では中宮三社の別宮を書いて、こちらは番外編にしようと思っていたんですが、文を途中まで書いて昨年訪れた別宮の写真を見たら、撮ったはずの摂社の観音堂の画像がありませんで、もう一度行ってこようと思っています。現在の別宮で昔を語るならこの観音堂は外せないんです。ついでにご無沙汰している鳥越城や資料館も観たいと思っていますんで。。。しばらくお待ちを と、いうわけで、先日、白峰に嫁さんとドライブ&お食事に行って来たんで、重伝保存地区を二人でぶらぶら&おそばをズルズルその帰りに岩根神社と百万貫岩を観てきました。ついでに久しぶりに手取川ダムを観ようとPAにも寄りましたが、ダムには立ち入り禁止で手取湖しか見られませんでした 白峰(旧石川郡白峰村・現、白山市)は白山開山の泰澄の下山地として古くから知られ、現在も観光新道・砂防新道に繋がる市ノ瀬や別当出合に向かう白山公園線や、別山に真っ直ぐ向かう別山市ノ街道の登山口として知られていました。この白峰地区は石川県内でも特殊な場所で、古くは冬期間は下界から途絶する地区で、白山と手取川本流に抱かれた自然と共に生きてきた歴史があります。加賀であって加賀でない、福井勝山との関係が深いとはいえ、また福井とも違う雰囲気、白峰は白峰という山の民の里だと理解して欲しい場所です。 福井県勝山市が巨大な恐竜館を造って恐竜の里と呼ばれていますが、白峰の桑島化石壁は勝山市の北谷と同じ手取層群…

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ボルガライス

嫁さんが骨折して約1週間たったころ、利き腕ではなかったとはいえ、ギプスで固めて釣っているために身動きが取れず、家の中でじっとしてることが多かったせいか、TVやゲームするしかなかったために、相当ストレスを溜めていたみたいそんな土曜日にテレビを観ていて、福井県越前市の名物ボルガライスが出ていたそうです 地図に疎い嫁さんは、福井は隣県という感覚しかなく、合併以来、越前市がどこかも分かっていないんですね。越前市ってどこになるのかな。。。なかなか面白そうで美味しそう、近かったら行ってみたいなあ と、僕に聞いてきたわけです。 こういう状態でないと、なかなかこういう話題を自分から言い出さない嫁さんですから、こりゃ相当たまってるなあと。。で、その気の内に娘も誘って出発。目的地の越前市は車の中で教えてやりましたが、聞いてビックラコお父さんの距離感覚と嫁さんの距離感覚は違うのです。それを忘れていた嫁さんが悪いということで。。下道(国道は福井市街で車の渋滞があるので)で2時間ちょいのロングドライブに。。 ちなみに福井県は昔の国名では越前と若狭ですが、そのおかげで越前市以外に、越前町・南越前町もあって、県外人にはややこしい名前。。越前市は平成の大合併に武生市と今立町が合併して誕生したもので、北陸や県外の人たちには武生(たけふ)の名の方が馴染み深く、武生と聞…

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クレーンゲーム

ニャンコの日が誕生日という我が娘 誕生日の前祝と称して嫁さんと二人で、金沢にショッピングに出かけておりました近頃はお父さんをほったらかして二人で遊びに行っちゃうことが多いですね 朝出かけたと思ったらいつまで経っても帰ってこない。。まあ、その分、書類整理は進んだけれど 一仕事終わった午後6時頃、外はもう真っ暗背伸びをしながら、DVDでも観ようかなとセットした途端 まるで見てたんじゃないのかというタイミングすっかり行動パターンを読まれているような気がする。。 「お父さん仕事終わったあ?迎えに来てくれないかなあ」 まあ、手前勝手なご要望だけど。。嫌とは言えない僕 香林坊アトリオ(北陸では大和(だいわ)と云った方が解る。)の外で待ち合わせ。。交番の側のベンチで待つ二人を拾って、家路につくことに。。一応確認がてら「他に行きたいところある?」 いつもなら、ないとか、あってもせいぜい本屋くらいなのに、この日は何か言い難そうに娘がボソボソ 「お父さん…

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輪島朝市通り

毎年恒例になっていますが、今年も輪島まで仕事がてら、朝市通りのお客さんの家まで行ってきました。午後からは観光をしようということで、ちょっと体調のすぐれない嫁さんも同行です。娘は翌週に趣味のイベントがあって、部屋に籠って準備中なのでお留守番です。 午前中はお客さんの家に居たので、またまた賑やかな朝市通りは観られずに終わって、横目で朝市の片づけを観ながら駐車場で嫁さんと合流。。画像のようにすっかり終了風景です。 嫁さんは僕のいない間に朝市を1.2時間かけてウロウロ。。。行く前から、去年のおばさん居るかなあ、とウキウキしてましたから、昨年お試しで買った梅干しが僕や娘に好評でまた買おうと意気込んでいたようです。 しっかり、おばさんもいたようで駐車場ではにっこにこで、大きな袋に入った梅干し3か月は持ちそうな量。。嫁さん曰く「天然塩使用で無添加・天日干しで紫蘇に付けた純天然でしょっぱいけど。今年は晴れが多くて天日干しがしっかり出来て、肉ズレが少なくて綺麗な赤になったと、おばさんが自慢していたよ。」「二人の会話を興味津々で観ていた観光のおじさんは「しょっぱい」という言葉に「僕、医者に減塩指示出されている」と、残念そうにしていたよ^^;」というご報告。しっかり防水ナイロン袋の大量買いでこの瓶に4杯分ご購入、約一週間でこれだけ減ったのはいかに梅干し好きな家族というのが想像つくでしょう^^; 一緒に買ってくれた縁賀良饅頭を駐車場で食べて腹ごしらえ。。この後、食事処もないコースで帰ったので、これがお昼ご…

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我が家の外食日記 持ち帰り編

仕事で外回りでは、時間がないのでコンビニおにぎりやパンで済ませちゃうことが多いんですねえ。 おかげで、お財布の中身も必要な時を除けば、千円か二千円持ってれば、良いところ、、、 てなわけで、家に買って帰るお土産は、総額は1000円以下が普通。。多くても1500円まで時々、お客さんに戴くお菓子や野菜なんてとっても嬉しいものもありますが、画像が残ってないんで割愛ということで御許しを。。嫁さんはこの野菜が一番うれしいみたい 家に買って帰ると喜んで貰えるものから、、、、まずは「芝寿し」 芝寿しは以前にも何回かUPしているので、詳しくはこちらをどうぞ ⇒ 芝寿し 野々市合掌店 富山の氷見の鰤の押し寿司が知られていますが、金沢を含む加賀など北陸では祝い事や祭りの時には押し寿司を作ることが多く、押し寿司は馴染の深いものになっています。また、仕切りや包みとして笹の葉を使うことから、笹寿司とも呼んでいます。 金沢や小矢部・氷見と境を接する僕の里でも、祭りの時には鰤の身を散らした押し寿司を作っていました。祖父の自作の木の万力の器具からはみ出してくる酢飯を、つまみ食いするのが好きだったなあ。 加賀の人間にとっては祝い事や祭りの時しか食べれない押し寿司が、平生でも食べられるということで、人気のあるものです。また、金額的にも手ごろなので、お土産物としても重宝されています。 芝寿しでは、イベントや会議用の折弁当や季節弁当もも多く手掛けている…

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我が家の外食日記 うどん・丼編

僕の子供時代は蕎麦・ラーメン店よりもうどん屋さんの方が目立っていたように思います。とはいっても、当時はどこの家庭も貧乏・節約で、祝い事でもなければ出前はもちろん外食だって、贅沢だと一蹴されていましたが。。 振り返ってみれば、小学生の頃はうどんの方が馴染があったし、家で出て来るのもうどんの方が圧倒的に多かった。中学・高校でラーメンを食べる機会が増え、関西で過ごした学生時代もどちらかと云えばうどんが多かった。就職して長く新潟の中下越で過ごすうちにお蕎麦の頻度が増えた感じ。。ところが、お蕎麦頻度が増えた新潟で一緒になった嫁さんは上越出身なんだけど、中越や松代にちょっと足を延ばせば有名蕎麦屋さんはあるけれど、家では至ってうどん党。おのずとそれに感化された娘もうどんの方が好みになった感じ。それによくお腹の調子を崩す娘や僕には、やはりうどんとかオジヤは外せないですからねえ。でも、お蕎麦も好きな僕に感化されたのか家庭の食事ではたまに出て来ることが増えてます。ただ外食となると、うどん屋さんになっちゃいます。お蕎麦屋さんは結局一人の時がほとんど。。。 そんな家族というより嫁さんがご要望するうどん屋さんが「めん房 本陣」 めん房の名の通り、蕎麦もやっていますが、嫁さんの好みはやっぱりうどんの方。。 うろ覚えですが、本陣の工場は金沢市の久安だったと思いますが、徐々に店舗が増えて金沢6店舗、野々市、松任、砺波と9店舗あります。僕が入店したことがあるのは、金沢の東力店、松村店、野々市の野々市店、新旧の店の違…

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我が家の外食日記 カレー・洋食編

前回に続いて外食シリーズです。我が家では洋食はあんまり多くないのですが、カレーが好きな夫婦なので娘の眼を盗んで二人の時には、カレー屋さんには時たま行ってます。 担担麺とか唐辛子系は大丈夫な娘ですが、なぜかカレーは甘口でなければダメなんで、家でも甘口ばかり。。しいて外食でもCoCo壱番の甘口くらい。。さすが、外まで甘口は勘弁して、そもそもCoCo壱は正直それ程好きじゃないし。。。というわけで、3人でカレー屋さんはあり得ない家族状態です。 今は金沢カレーと云っていますが、この名前はここ10年程で、しかし、全国的にもカレーの市民アルバ、チャンピオンカレーやGOGOカレーなど県外出店やFCを進めているように、金沢カレー(アルバは加賀カレーと云っている)の名称は徐々に浸透して行っています。当然、古くから馴染んでいる僕は、カレーは中高校生以来、クラブ帰りや仕事帰りの金沢駅では普通のお食事(おやつ?)になっていました。 金沢カレーの発祥は、国鉄厚生会が運営していたレストラン・ニューカナザワのコック5人(インディアン・ターバン(後のチャンピオン)・アルバ・キッチンユキ・うどん亭大黒屋の創業者)が巣立って、洋食店やうどん店に転身して、更にカレー店として進化して行ったものです。この5人から師弟関係、共同経営、分裂、復活営業、後発出店など紆余曲折を経て、現在は多くの金沢カレー店が存在しています。 金沢カレーは銀のステンレス皿に先割れのスプーンが定番になっていますが、カレー専門店として最初に立ち上げた…

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わが家の外食日記 らーめん編

たまに家族で出かけると、帰りが遅くなったりで、これ幸いと僕や娘が「どこかで食べて帰ろう」となるわけですが。。多くの場合、財務大臣の嫁さんの決まり文句が「お金持ってないから、安い所にしてね」の一言で、だいたい同じような所になってしまうわけです。 もうだいぶ前になってしまいましたが、ぐる○びで食日記・グル旅というところで、ブログ記事を書いていたせいか、最近は減ったとはいえ食事の写真を撮ってしまうんですねえ。。で、携帯の画像整理をしていたら、けっこうあるんですねえ。。このサイトではスポット紹介が多いんで、ほとんど使ってなかったし 一人の時や誰かと一緒のときは撮ってないし(以前は撮っていたんですけどねえ)、家族の時は前述のように大衆的な所が多いんで、笑われそうなお粗末さ。。でも、画像があるんだから、そのまま削除も寂しいんで、久しぶりに食べ物シリーズで、画像を並べてみることに。。。ちなみに○×は父・母・娘の順 我が家の食事で頻度が高いと云えば「餃子の王将」 そもそも。好みが合わない家族が合う数少ない場所ということもあるし、とにかく嫁さんのお財布にも優しい。。当然ながら餃子は好きとして、僕は王将の麺類が意外に好き 五目麺。。。画像が無かったけど、チャンポンも好き 天津麺 焼きそば   ○◎○   餃子の王将  http://www.ohsho.co.jp/ 岩本屋 近頃、ポコポコと…

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戸室山 医王山寺~

暖冬だなあ、もう雪は無しかなあと思っていた年初め、ところが10日過ぎくらいから急激に寒くなって雪が降り始めました。その降り始めの12日、でも市街はチラつくくらいで積雪もなかったんですが、仕事で金沢大学の角間キャンパスに行ったんですが、案外に早く終了しちゃって手持無沙汰の時間が。。 というわけで、足を延ばしてキゴ山の方に行って観ることに。。 さて山の方に向かってみると、積雪はたいしたことはないけれど、さすがに寒いと思っていたら。。 昼過ぎだというのに山の木々には雪の華や氷樹の華が咲いてるじゃないですか。。 金沢中心街から10キロ弱と車で30分ほどで行けることと、キゴ山には自然観察やキャンプなどの屋内外施設やプラネタリウム(銀河の里キゴ山)など子供に人気のある場所で、家族連れが多く集まってきます。 冬季間もプラネタリウムはもちろんですが、スキー場もあって一年を通して人気がある場所です。 今冬は雪が降らなくて、スキー場や雪まつりが出来なくて心配されていましたが、この日の後からの一気の積雪で解消されたようです。よかったよかった。 キゴ山(標高546m)の斜面を利用する医王山スキー場の向かいにあるのが戸室山(548m)になります。 戸室山と言えば戸室石。金沢城の石垣の95%がこの石を使用しており、重要神社の石垣・鳥居・狛犬、上級武家屋敷の塀石垣基礎、石橋の用材、用水道の導管などに使用されていた加賀を代表する名石です。金沢城建築時はこの戸室山を中心にキゴ山を含む半径1.5キ…

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小坂まり子遺作絵画展 奥卯辰山県民公園

仕事で久しぶりに鈴見台のお客様の御家にお伺いしたのですが、こちらに伺うとついつい奥卯辰山のコブハクチョウが気になって、ついつい様子を観に足を延ばしてしまいます。 前回のブログ あいにくの強い雨ふりで、いつもなら山頂駐車場から金沢の遠景を眺めたり、池を一周するんですが。。さすがに、ヘたれな自分としては白鳥君(コブハクチョウ)を観にスタスタ。。 以前もご紹介しましたが、現在は伴侶を失って一羽寂しく佇んでいます。いつもなら、近づくとス~~っと離れて行ってしまうんですが、雨降りで寒いせいか、しばらく眼の前にいてくれました。翼を広げてもくれたのに、撮り損ねちゃいました でも、やはり、一羽というのは寂しそうですねえ 寒い雨の中の姿は美しいですが。。。 早くお嫁さんが欲しいですねえ。。。。 雨降りの中しばらく白鳥君を眺めていたんですが、白鳥君が池の奥に行ってしまい、追い掛ける気力もなく管理棟の自販機コーナーに は~~っあったか~~いココアが冷えた体に沁み渡る~~ どしゃ降りの中では、いつものように公園内を散策したり、駐車場から金沢市がを眺めるというわけにもいかず、、、まっすぐ戻るかなあと考えつつ、2階展示ロビーに。。 2階展示場は来場客が多い時でも、ほと…

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ほっぺちゃん

ところでこいつを知ってますか?ほっぺちゃんというんですが、恥ずかしながら、僕は全く知りませんでした 最初、観た時には、確かに可愛いけどスライムじゃないのと思った僕 嫁さんにそう言ったら、「それを言っちゃいけないんだよ。。覚えておかないと、女の子に嫌われるよ」 という会話が以前にあったんですねえ。。そういえばBIGLOBEのビップルもお仲間??? 天気が良くて、嫁さんもおやすみで出かけたくてウズウズしていた僕。。ところが朝からお客さんの電話だらけ。。 仕事の見積もりや対処で午前中はすっかりつぶしてしまいました ところが、お昼にはピタッと仕事の電話もなく、スムーズに終わって(なんと珍しい出来事)。。背伸びをして。。 ますます出かけたい気持ちがむらむら。。 でも横を見れば、花粉症でどよ~~んとしたままTVを観ながらひっくり返ってる嫁さん。。{%ひま(ゴロ…

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石川県消防学校 ~ 河北潟野鳥観察舎

以前、紹介したことがある石川県消防学校。 年に1.2回ですが、仕事がらみで訪れるのですが、いつも事務室どまり。。さすがに消防・防災関係者じゃないと、なかなか奥まで入る機会はありません。ですが玄関やロビーには消防車や纏や装束などが展示されています。 前回はあまり画像を紹介できなかったので、今回は続きということで、、、、興味深い展示物があるので機会が在ったら立ち寄ってみることをお勧めします。ただし、校内は日中は授業や訓練が行われていますから静かに見学しましょう。 石川県消防学校は沿革によると、昭和31年(1956年)石川郡松任町(現・白山市松任地内)に石川県消防訓練所が設置され昭和35年に「石川県消防学校」と改称したのが始まりです。昭和38年に金沢市畝田町(うねだまち)に移転、昭和57年に現在の金沢市東蚊爪町(ひがしかがつめまち)の校舎に移り、平成に入って屋内訓練場やグラウンドに丙ポートが新設されて現在に至っています。 石川県内の消防人材の育成を担っていて、市町村で採用された消防職員は全寮制で缶詰教育で今年も62名が巣立っています。、更に県内の消防団員の専科・幹部教育、地域自衛消防団、少年消防クラブ、他の団体の一日入校学習なども行っています。 展示品は多くはありませんが、玄関脇には昭和期の消防車、ホール内には明治から昭和まで使用された手動ポンプ車、耐火服・消火器など消火道具の展示があります。更に消防、防災の紹介も行われています。 また、加賀八家の…

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遣水観音山霊水堂(仏大寺の霊水)

昭和60年(1985年)に選定された名水百選とは別に、平成20年に選定された名水百選があります。 昭和の百選とは重複しないように選ばれていますが、石川県内からは4か所選ばれています。内3か所が加賀から選ばれています。 白山市(旧美川町)にある手取川の伏流水から湧き出る白山美川伏流水群。小松市にある白山の伏流水が涌く桜生水(さくらしょうず)。 そして今回ご紹介するのが能美市(旧辰口町)仏大寺にある遣水(やりみず)観音山霊水堂の仏大寺の霊水です。 加賀地区の人で湧水の人気投票をすれば、たぶんトップになるんじゃないかというぐらい人気のある場所です。 標高400メートルほどの観音山の林道を2キロ程進んだ場所にあり、駐車場には水汲みに来た車がいつも見られます。湧水の蛇口が龍になっていて5.6個あるんですが、湧水の勢いにはビックリするくらい。 霊水堂から登ることのできる観音山は標高400メートルほどですが、白山山系西方のでっぱりみたいな所で孤峰になっています。前述のように水系が豊かで別名・遣水山(やりみずやま)とも呼ばれています。 北陸の寺社や神社に行くと、由来に名前が大概に出てくる「越の大徳」と呼ばれる白山開山の泰澄上人ですが、この山や山裾も泰澄上人を信奉する修験者の拠点になっていました。 今では霊水堂目当てや観音山から縦走するトレッキングコースとして女性陣が多く訪れていますが、明治までは修験者の山として女人禁制になっていました。 観音山の七合目…

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石川県庁展望台

陽が落ちるのがすっかり早くなってきました。 久しぶりにお仕事で県庁に来ましたが、終業時間間際に滑り込みそそくさと用事を終わらせました。 窓から外を見るともう宵闇で暗くなっていました。そういえば、夕方から宵闇にかけて展望台に登ったことがなかったなあ(夜ならあるけど)、、、というわけで、帰りついでに最上階[19階)の展望台に登ってきました。夕方以降の宵闇に登るのは今年初めて^^; 石川県庁の展望台は地上80メートル。1~3月は午後7時までですが、通常は午後8時まで開放されています。 以前は夏季だけ8時まででしたが期間を延長したようです。 東西南北がガラスになっていて四方が眺められますし、周りに高い建築物が少ないので見晴らしも良いですから、隠れた夜景&デートスポットになっています。この日は平日の6時過ぎ喫茶コーナーに4人ほどいたけど、後は誰もおらず一人でゆっくり観られました。 宵闇の方が光が綺麗かもしれないですねえ。。暗闇より光が綺麗かもしれません。 まずは東方。。。。金沢駅・市街方面(PM17:29) 北方面。。。。。。。河北・津幡方面(PM17:30) ちょっとピンぼけになっちゃいました 西方面。。。。。。。金沢港方面(PM17:33) 南方面。。。。。。。金沢南・白山方面(PM17:35) 展望台ロビーは東・北・西には展示スペースになっています。現在は北陸写真展の入選作品展。拓本美術展。新幹線販促展示が行われていました。来週も児童絵…

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稲葉山牧場(稲葉山牧野)

体調が悪くてクサクサしていた頃 家に閉じこもってるのが我慢できなくなった僕 ちょうど家族全員休みだったんで、ちょっとドライブに 行った先は稲葉山。名前を聞くと,岐阜城のある稲葉山を想像する人が多いと思うんですが、実は富山の小矢部にあるんですよ 国道8号線をよく通る人は何となく見覚えがあると思いますが、桜町の交差点を過ぎた辺り・道の駅メルヘン小矢部のむこうに、山の上に風車が見えると思うんですが、それが稲葉山です。 この稲葉山は標高386メートルほどですが、下から見上げても登ってみても、もっと高く感じます。登ってみると小矢部市内が綺麗に見下ろせるんですよ 建物もメルヘン建築でライトアップされるのですが、小矢部の町の灯りと共に、夜景スポットとしても知られています。ただし夜間は街灯が少ないので、山頂への走行には要注意 でも、今回は真昼間で天気も良好 実は盆の時にも寄り道したんですが、5…

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茅葺庵・三井の里(みいのさと)

今年(H25)4月に無料化になった「のと里山海道」 以前までは「能登有料海浜道路」と呼ばれていたんですが、償却無料化を前倒しして名称も変わりました。 輪島や穴水・七尾に直接向かうときは便利になりました。やはり、1000円以上を交通費に払うのは痛かったですからね。 それと料金所が多くて、穴水に行くまでに何度も停車しなければならなかったのが、直通ノンストップはやはり良いですねえ。ただスピードの出しすぎには注意しましょう。速度感知器や覆面に引っ掛ってるのをよく見かけますから 「のと里山海道」の終点「能登空港IC」を降りて、「洲衛」の交差点を左折して輪島市街に向かいます。輪島に行こうとして、初めてここまで来た人はこの交差点で迷ったり、違う方向に行っちゃう人が多いので注意して下さいね しばらく道なりに走ると右手には、健康の森と呼ばれるアテやコナラ・アカマツ・杉の森が続きます。 ちなみにアテ(档)は石川県の県木に指定されている木で、ヒノキアスナロの変種で、青森ではヒバと呼ばれています。つまり石川と青森は呼び名は違うけど、同じ県木なんですよ さて2キロほど行くと大きなT字路の交差点に出るのですが、そこに大きな茅葺屋根の大型旧家が…

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上越でのラーメン

長野からの帰途 長躯運転に疲れ果て。。新井から上越近くまで嫁さんに運転を交代してもらって 義母には食事してから行くと云ってあったので、まずは晩御飯 昨昨年、義母たちと来た「くいどころ 里味 飯店」 嫁さんはここがけっこう気に入っちゃったみたい 前回の日記で、何を観てそう思ったのか記憶してたのか。。飯店を「めしてん」と記憶していたんですが、それを嫁さんに云ったら 「うんにゃ いいてん のはずだよ」 あちゃ~~ 2年間、間違って覚えていたよ~~  というわけで、前の日記は訂正させてください 「くいどころ 里味 飯店」 → 「くいどころ さとみ いいてん」 さらに、このブログを観たレルヒさんにも指摘されていました 恥ずかしい~~~ で、ここで注文したのが。。うま煮らーめんセット 野菜と魚介が入ったあんかけ仕立ての五目ラーメンです。 石川に比べて、色目も濃くて、味がしっかりしている。とっても美味しかった~~ コメントくれたレルヒさんも美味しいと云ってました。なかなかの美味です。機…

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長野に行く① 黒岩山から飯山の眺望

今回、上越の嫁さんの実家に行くことになったんですが、 1日目は観光しようと云うことで嫁さんと意見が一致 で、近くの長野に行こうということに、実は前回も帰りに寄って行くつもりだったんですが、体調不良の母娘の拒否権であっさり断念。帰り道の僕の不機嫌な顔と態度に、相当後ろめたかったみたい それで地図を何気に観ていたら長野市の側に小布施を発見 ネットで観ると北斎で賑わっている。。それに福島正則の廟所もあると云うじゃないですか。 よし、ここに決定 それに、小布施は懐かしい地名なんですよ 僕の中学時代には今みたいにメールもないし、ここで書いてるようなブログなどもなかったんですが、手紙を交換する文通というのがありました クラスの何人かはそんなことをしていたようです。なかには海外の人と英文で文通している人もいました。ただ、なかなか続かなくて1回で終わりとか半年・一年くらいでやめてしまうことが多いみたいですが。 僕もそんな文通をしていた一人でした。身近の友達には内緒でしたけど。相手の子は長野の女の子で小布施に住んでいた子でした。 今もそうなんですが、筆不精でなかなか返…

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平成24年のお正月

みなさん 明けましておめでとうございます              毎年恒例の年賀状を、みなさまへ                   今回は神の使い「白龍」をイメージしたそうな 昨年は、大きな出来事が多く、改めて人の絆を感じ直させる一年でした。 自分や家族も体調を崩して、年間を通じて誰かが寝込む家庭になってしまいました。仕事の方も可もなく不可もなく、相変わらずの低空飛行 今年は何でも良いから、想定外の幸せがやって来ると嬉しいな 龍が天空に昇って行くように、急降下から急上昇の年になって欲しいものです  贅沢は言わないけれど、ちょっとした出来事にワッと幸せな顔が出来る。それが何度もなれるような年になって欲しいとにかく、みなさん本年もよろしくお願いいたします(拝) 今年最初のささやな笑顔が出た出来事 「当たりの五つ星」{%イヌファイトhde…

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お食事処 みず

今年(H23)はなぜか能登に行く機会が多いんですよ。輪島に3回、七尾に3回 仕事絡みなので、家族が一緒に行ったのは1度だけ ただ仕事と行っても、短時間で終わるのが多かったので、ついつい観光になってしまうんですよね。それを口実にしているという話も 一人で運転して名所旧跡を回ると、食事をそっちのけで走り回るし 一人だと早く食事を終わらせて、ささっと走っちゃうのが多いし、そもそも怖い家族の目がないと、とんでもないコースを走りますから、まず食事処がないんですよ おのずとコンビニやお店のパンになっちゃいます。へたするとそれさえない道も そんな中、久しぶりにめっちゃ素晴らしいお店を見つけちゃいました 何が素晴らしいって、「安い」「まずまず美味しい」「量がある」 ちょっと古くて決して綺麗じゃないけど 和倉温泉から見える能登島大橋。この橋を渡ると七尾湾に浮かぶ能登島に渡れます。以前は渡るだけで1500円近く獲られる有料橋でした。 ところが能登島には日本海側最大の「のとじま水族館」や「ガラス工房」も近くにある「能登島ガラス美術館」、「イルカ…

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日本海フィッシャーマンズ・ケープ ~ 恋人岬 ~ 昭和懐物ランド 子供の時代館 (柏崎)

久しぶりに上越の嫁さんの実家に行くことになりました。 毎年、この時期には向こうから来ることが多かったのですが、今年はこちらから行くことになりました。 まあ、実際には「たまにはそっちからいらっしゃい!!それにお父さんの墓参りも2年もしてないでしょ!!」と、義母に嫁さんが厳命されたようです。我が家では一番の権力者の嫁さんも母親には勝てないんですよね。 今回は上越を通り越して、米山まで足を伸ばしてから行こうということで、朝早くに出発。ETC割引の最終土日で、みんな高速道に乗ったみたいで、国道は案外流れが良くてスムーズに通れました まず到着したのが「日本海フィッシャーマンズ・ケープ」 ここには4年ぶりです。前の時は新潟県中越沖地震のすぐ後だったので、ゆっくり観られなかった。この4年間で大きな被害を受けたここ米山・柏崎もみんなの努力で元の美しい風景が戻っています。元々、僕も昔から好きな場所で復活を待ち焦がれた一人でした。久しぶりの美風景が観られると期待してたんですが雨降りで 同じく地震で大変だと思いますが、東北も復興が果たされることを願っています。 このNFCは鮮魚センター・シーポートミュージアム・ホテル・レストランなどが揃っていて多くの人が集まってきます。僕もお土産はここ…

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「金谷出丸 南面」- by つとつと (12/08)

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