庄川水記念公園② 日本箸(橋)

前の記事に書きましたが、庄川水記念公園の北端には「庄川峡・鮎の里」があります。この時季になると富山県内はもちろんですが、石川県内にもTVCMが流れていて、ここの認知度は意外に高いんです。同じ源を持つ長良川の鮎は有名ですが、庄川も鮎が魅力的な川です。特に9.10月.11月初旬は子持ち鮎が食べられる貴重な期間なんですが、アユの塩焼きはもちろんですが、子持ち鮎が食べられるということで、認知度が高まっています。庄川には他にも「鮎や」「鮎の庄」など人気店があります。 ところが、我が家の嫁さんは大の川魚嫌いどうも泥臭く感じるというんですねてなわけで、入れなかった。。ちなみに、魚ならなんでも大好きな娘や焼き魚が好物な僕は後ろ髪引かれっぱなし来年こそは娘と二人で来ようと内緒話 ちなみに、僕と同じ小学校出身で、我が家程じゃないけど川魚嫌いで濃口好きの奥さんを持つのっちさんが、昨年ですが鮎の里をUPしています。でも、奥さんが一緒いつの間に克服したのか説得したのやら                      のっちさんのブログ ⇒…

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天狗橋 天狗壁

以前、不動滝で鶴来八景を紹介したことがありますが、その八景の中に「天狗橋納涼」というのがあります。天狗橋は手取川に架かる橋で加賀禅定道の入り口となる白山比咩神社のある鶴来と能美・辰口を繋ぐ貴重な存在でした。 天狗橋がある場所の手前は白山麓から流れる手取川が大きく左折して広がり、鶴来八景の一つ「臥龍堤月見」の十八講河原を経て加賀平野の扇状地を作っています。天狗橋はこの扇状地の始まりとなる扇の要の様な場所になります。 江戸時代までは、能美の岩本宿と鶴来の大国町を渡し船がありました。この渡し船を「岩本の渡し」と呼んでいました。以前紹介した「七ツ滝」で紹介しましたが、江戸時代の史家・小倉有年の紀行文の中でも「岩本の渡し」が出ています。(江戸期以前は手取川の本流はもう少し鶴来よりに流れていました。昭和9年の大洪水による河岸堤防の整備、七ヶ用水の整備や国道157号線の整備で現在のようになったと云われています。) 明治になると渡し船も廃れてしまい、地元の要望で吊り橋が作られたそうです。当時はまだまだ人が渡れる程度のものだったようですが、昭和9年(1934年)の手取川の大氾濫で流されてしまい仮の吊り橋が架けられ、改めて本橋となる吊り橋が架けられました。 昭和25年9月ジェーン台風(台風28号)が襲来、11月に天狗橋が傾いたと県は国に申請しています。 ところが実際には県から指示を受けた土木事務所による作為的な破壊でした。この破壊工作中に運の悪いことに通行中の地元民と休日視察中の土木作業員の…

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浅野川大橋詰めの火の見櫓

前回の記事内で火の見櫓に触れた際に、この浅野川大橋詰めの火の見櫓の画像が無かったので、市街に仕事があったついでに写真を撮って来たのが今回の「浅野川大橋詰めの火の見櫓」です。ただし、陽が暮れかかった時間帯で、大通ということでフラッシュは焚かなかったんで暗い画像になってしまいました。 浅野川大橋は文禄3年(1594年)、前田利家が河北・越中と金沢を結ぶ重要道路と云える北国街道を分断する浅野川に架けた橋が始まりとされています。 大正11年(1922年)にコンクリート造り、三連アーチの美しいフォルムに架け替えられたのが、現在の浅野川大橋になります。昭和63年(1988年)、車線拡幅、照明・高覧などの大改修が加えられて現在の姿になっています。この改修工事で架橋当時の姿に戻り、浅野川沿いの東山茶屋街や主計町(かずえまち)の茶屋街など金沢観光のメッカを繋ぐ橋になっています。平成12年(2000年)に犀川大橋と共に、国有形文化財に指定されています。 僕が小学生の頃、津幡から金沢に来るときは、大概は汽車を利用することが多かったんですが。。 3年生の時にダンプと格闘して負けて頭部強打で約1か月入院したことがあったんですが、退院後に病院の指示で精密検査のために週に1.2度でしたが、1.2か月ほど母親に連れられて大学病院に通わされました。 当時は家の近くに金沢直通のバス停があったのでバスで通っていました。すぐに車酔いする僕にとってはバスは苦痛の何物でもなかったんですが、おかげで夏休みを含む約3か月の休学…

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めおと岩 

今年のGWに上越の嫁さんの実家から、義母と義兄が遊びに来てくれました。 嫁さんはもうニコニコで、何日も前からニコニコそわそわで、部屋掃除と整理に大忙しになっていました。日頃からまめにやってれば良いんでしょうが、そこは掃除が苦手な我が家族。これだけはなかなかうまくいきませんねえ。 5月3日は朝から風邪が強く雨ふりでしたが、午後から嘘のように綺麗に晴れたんですが、 義兄曰く、「黒部の辺りから富山過ぎるまで嵐のようで前も見難かった。。疲れた~~」 我が家に着いた時には二人とも疲労感いっぱいでした。。 本当は午後から観光に行こうと思っていたんですが、この様子では無理。 というわけで、日帰り温泉に行って、家でゆっくり食っちゃ寝にしようと予定変更 いつもは家から近いCCZ温泉なんですが、たまに…

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サンセットブリッジ(内灘大橋)

11/2 石川県には「恋人の聖地」に認定されている場/所が2箇所あります。(その後、白山温泉郷と曽々木海岸の接吻トンネルが増えて、4箇所になっています。 ひとつは、加賀温泉のひとつ「粟津温泉」 そしてもうひとつが、内灘町にある「LOVE&BEACH/サンセットブリッジ」です。LOVE&BEACHは「内灘海岸」リンクは2月で寂しい風景ですが、夏になるとハマナスや昼顔が咲いていて美しいビーチです。海岸まで車でも入れますし、トイレ 「サンセットブリッジ」の正式な名前は「内灘大橋」というんですが、東側から海に向かってみると、夕陽が橋に沈んでいくように見えるのでこの名がつけられています。 写真は土砂降りの雨の日に撮ったので、サンセットどころじゃないんですけどね 元々、内灘町は鳥取砂丘に次ぐ広さの内灘砂丘の上の町だったのですが、河北潟の干拓事業のために砂丘を分断する放水路が作られ、町は南北に分かれてしまいました。長年砂丘の下東側にしか橋がなかったんですが、町の中心街がある砂丘上を南北に繋ぐ橋の要望が強かったのですが、8年前(H13)にこの橋が完成しました。 形は斜張橋、河北潟に飛来する白鳥と、石川名物の雪釣りをイメージしています。夜間は季節ごとに色を変えたライトアップがなされ、美しい姿が映し出されます。時報時にも色が1分間変化します。 10/23に夜景を久しぶりに撮ったのでこんな感じ夜も恋人の聖地なんですけ…

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能登島大橋 中能登農道橋(ツインブリッジ)

能登の内海である七尾湾を塞ぐようにある能登島。 この島のおかげで、静かな内海の七尾湾は更に波が静かな三つの海に分かれています。それが「七尾北湾」「七尾西湾」「七尾南湾」です。 各湾は波の穏やかなものを利用して、港湾・漁港基地・養殖地として利用されています。 能登島から本土までの距離は近い場所で1キロ弱程ですが、以前までは連絡船フェリーが唯一の交通手段でした。 昭和57年に「能登島大橋」が有料道路として開通しフェリーが廃止されました。 その後、能登島には「能登島水族館」「能登島ガラス美術館」「家族旅行村」という人気スポットが作られ、各海岸の風光明媚な景観やイシル・クチコなどの特産品も多く、県内外からの観光客も多く訪れたおかげで、約16年で橋の償却が完了。 橋の通行料金は往復1500円ほどと高額でしたが、予想外の短期間で無料化にこぎつけたのは地元・県の努力の成果だと思います。小さい児童を抱えた家族の訪れが大きかったようです。僕もたくさんご奉仕しました^^;子供の頃の娘に休日にどこに行きたいと云えば「水族館か恐竜館が良い^^V」この言葉に負けたお父さんがたくさんいたみたいです。 「能登島大橋」は長さ1050m、石川県で一番長い橋です。車道は2車線。直線で途中に上下にうねりを持たせたものです。俗にラーメン橋と呼ばれるタイプです。 和倉温泉から能登島西部の屏風瀬戸に繋がる直線の白い姿はなかなか綺麗で、和倉の温泉旅館や和倉側の緑地公園からの橋の全景が観られます。 中能登農道橋…

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北潟湖 アイリスブリッジ

石川県から国道305号線で県境を越えると大きな湖が広がります。 湖の名前は「北潟湖」 福井県内で3番目に大きい湖です。 江戸時代までは海水湖でしたが、現在は淡水湖です。越前加賀海岸国定公園の一部になっています。道路沿いからも岸辺の芦の群生と湖面が美しく、ドライブコースには最適です。 花菖蒲園として知られる北潟荘から170メートルの赤い斜張橋「アイリスブリッジ」があります。湖を歩いて渡る橋なんですが、途中橋の上から眺めると湖面に多くの肴が飛び跳ねているのが見られます。 渡った先には広い公園になっていて、サイクリングやボート遊びのできる「北潟湖ハミングロード・湖畔公園」が広がります。花壇も整備されていて、季節の花も美しい、家族の憩いの場になっています。 春夏にはうってつけの場所です。 この時は夕方で辺りも暗くなった感じで橋を渡っただけ>< その後、1.2度遊びに行ったんだけど画像が残ってませんでした。残念。。 北潟湖ハミングロード  http://www.fuku2.co.jp/awara.html 旅行日 2007.5.19

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犀川大橋

金沢には浅野川と犀川が囲むように流れています。 そのため、市街地に入るために多くの橋が架けられています。 その中で一番の交通量と共に、繁華街の片町に直接入るための橋が「犀川大橋」です。鉄骨の編み上げのような鉄橋です。 その歴史は古く、1594年に前田利家によって架けられたのが始まりで、現在の橋は大正13年に竣工され、補修工事を重ねて現在に至っています。 現在の色は2年前に塗り替えられた水色っぽい(青灰色)ものですが、僕は余り好きではありません。ちょっと寒々しい色目に感じるんです。 現在までに5色使われていますが、僕の好みは30年ほど前の白クリームが印象的でした。この橋には遊歩道もあり真ん中から東の犀川の河畔の風景は美しいですよ。 金沢の区画は大きく分けるときこの犀川を境にすることが多いんですが、金沢市の南側や白山市の人にとっては、バスに乗って片町や金沢駅に向かうと必ず渡るので、印象的な橋になります。 ついでに、犀川大橋と並んで交通量の多い橋は犀川大橋の下流に二つ目の橋「御影大橋」ですかね。こちらも印象的な橋だったんですが、近年架け替えられて近代的なものになりました。 旅行日 2010.1.14

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サンセットブリッジ内灘 (夜)

内灘町は内灘砂丘と呼ばれる日本で2番目の面積を誇る砂丘地帯の上にある町です。そして側には河北潟と呼ばれるかつては全国でも20番目くらいの面積の湖がありました。その河北潟の干拓を始めたのが、江戸時代の豪商「銭屋五兵衛」。その後紆余曲折はありましたが、1985年に湖の3分の2を埋め立てる干拓事業が完成しました。 1968年に湖の水を放水する放水路が作られ、町は南北に分断されました。その南北をつなぐ橋の一つとして2001年に開通した斜張橋がこの橋です。正式名は「内灘大橋」です。 橋の東側からは夕方に、この橋の間を夕陽が沈むように見えるので、「サンセットブリッジ」のニックネームで呼ばれています。 形は、河北潟に飛来する白鳥と、石川名物の雪釣りをイメージしています。夜間は季節ごとに色を変えたライトアップがなされ、美しい姿が映し出されます。時報時にも色が1分間変化します。 南側に橋を展望できる本来のサンセットパークがありますが、北側にも暗いですが小さい駐車場があり、こちらからの眺めのほうが僕のお勧めです。夜にはアベックの車がチラホラと停車して愛の語らいが。。。^^ 今年4月に「恋人の聖地」として、認定されました。 恋人の聖地 ⇒  http://www.seichi.net/gotoseichi/detail.php?l_id=86 旅行日 2009.10.24

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