砂子坂道場跡(光徳寺跡・善徳寺跡)

金沢大学のキャンパスを巻くように迂回して、富山県の福光駅まで行く県道27号線。金沢から向かうと県境の地、右手に殿様街道直売所があります。地元砂子坂だけでなく土山など近在の金沢・南砺の農家から作物や加工品が集まっています。殿様街道の謂れは、加賀藩13代藩主・前田斉泰が参勤交代に使用した道という所から。。加賀藩主の参勤交代の経路は当時の状況によって、いろいろと経路を変更していました。この県道27号は越中から加賀に入る道としては古くから使用されていたようで、現在では整備も進んで通りやすく、福光・城端・井波そして五箇山に向かうには便利な道路になっています。しかし、殿様街道は正確に言うと医王ダムを過ぎたあたりから山中に入り、直売所の南の山中の砂子坂集落を通って100m程先の坂道から県道に戻る経路でした。 しかし、この街道も古代には山間の険しい山間地で、相当の山道だったと云われています。この街道が整備されたのは浄土真宗本願寺派(東西分裂以前)法主5世・綽如が北陸下向後ですから至徳元年(1384年、南朝・元中元年)以降になると思われます。綽如は明徳元年(1390年)越中の本山として瑞泉寺(杉谷山)を開基していますが、越中に入る前には加賀二俣(二俣本泉寺)に仮寓居として庵を置いて越中への足掛かりとしていました。優れた先人とはいえ、まだまだ北陸では新興宗教の時代で次代で二俣本泉寺を開基した如乗もしくは土山御坊に入った蓮如・蓮乗の時代、15世紀中~16世紀初頭ではないかとも思われます。戦国から江戸期にかけては浄土真…

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