七ヶ用水大水門

前回の加賀一の宮駅舎から、金名鉄道線路だった真新しいサイクリングロードを二人で歩いて、古宮公園の方に以前は、大回りしないと古宮公園の奥に行けなかったんですが、整備されたおかげで目的地には一直線。。 ちょうど曲がろうとしたところで、嫁さんが@@「ねえねえ、あのガラスのピラミッドみたいのは、な~~に?」「えっ、あ~前に来た時、教えてあげたじゃん・・」「覚えてない。。わたし見てくる~~」嫁さんが見に行ったのはこれです。古宮公園 瓦笥発見保存地 2017.04.14撮影白山本宮(白山比咩神社)が、この地にあった時代の1700に及ぶ大量の瓦笥(かわらけ、土師皿)が発掘されたもので、そのほとんどが神事に使用されたもの。まあ、白山本宮のゴミ捨て場。 白山本宮がこの安久濤(あくど)の森に文明12年(1480年)まで、長い期間あった伝承が証明されたものです。白山本宮はこの年に火災で焼失、白山三の宮(現在地)に仮遷座していましたが、世紀を跨いだ前田利家の修復で現在地に固定されました。おかげで本来の三の宮が消失、白山比咩神社の町名・三宮町としてだけが残っています。後で思い出しましたが、昨昨年、家族で来た時に何があるとは教えたけど、あっちウロウロこっちウロウロで佇むお父さんを無視して二人はそそくさと先を歩いていて、その時は見なかったようです。 曲がった先にある建物は「手取川七ヶ用水土地改良区白山管理セン…

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小松天満宮 浮島・輪中堤 梯川分水路

前回の葭島神社の最後の方に、奥の細道の芭蕉と喧嘩別れした小松天満宮の能順を書きましたが。。。 実はその文章に天満宮の外観の画像を差し込むつもりでした。ところが文章がまとまらず余計なことを書き過ぎて、久しぶりの文字数オーバー><;  葭島神社から小松天満宮 ちょうどこの辺りが葭島神社側の船着き場かと。。右に見える白い建物は社務所会館(梅林院)ですが、その手前の岸が天満宮の船着き場のあった位置でした。 今は葭島側は河岸の急な土手になっています。小松天満宮は急な河岸壁。どちらも船着き場の面影はないですねえ。おかげで、今は鳥の楽園^^; 葭島神社河岸から小松天満宮東方 画像をアップしてもらうと解りますが、真ん中の大きな屋根が天満宮の拝幣本殿屋根、やや右に小さな切妻屋根が山門の屋根です。山門の前には明治初期までは約20m程の岸辺に船着き場がありました。右には小松大橋が掛かっており、そこまで河岸壁が続きます。 江戸時代、小松城の一角になる葭島神社(小松稲荷社五穀寺)の北岸と小松天満宮の南岸に船着き場が設けられ、藩主や城代は参拝時には、船で梯川を往復していました。明治以降は河岸の改修で船着き場は消滅しています。現在は100m東方の小松大橋から回り込まねばなりません。。  小松城側から小松天満宮西端 左の赤い橋は天神水管橋といって、水道水用の配管橋になります。この橋も以前は天満宮の西端の境内地を通していたのですが、今回の浮島工事で護岸が出来たおかげで、橋台が築けるようになったので、天満宮…

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宮島峡 川と滝そしてビーナスたち

河合谷の木窪大滝から林道を抜けると、すぐに富山県に入れます。分かれ道を北に行けば、五位ダム経由で宝達山の西麓になりますし、西に向かえば子撫川(こなでがわ)ダムを経由して子撫川に沿って小矢部の町に出られます。子撫川ダムから下流は浸食された川底や川崖で大小の滝が多く観られる宮島峡として景勝地になっています。途中の二の滝付近に宮島温泉郷もあります。 富山県では里山の景勝地を独自に選定して「県定公園」として指定しています。現在は17公園が指定されています。この宮島峡も「稲葉山宮島峡県定公園」として、小矢部市からは倶利伽羅県定公園と共に選定されています。ちなみに稲葉山は子撫川の東方にある丘陵の主峰で、稲葉山丘陵(稲葉山牧野)には小矢部牛の牧場がひろがり、小矢部市街を一望できる景観と動物と触れ合る施設が山頂にある家族連れには打ってつけの行楽地になっています。 宮島峡には子撫川が織りなす流れと大小の滝が見所なのですが、世界のヴィーナス像が12体が要所に配されています。もちろんブロンズのレプリカやコピーですが。。大滝から林道で行くと、途中の久利須野外緑地広場に3体・林道の丘上に2体あるのですが、今回はパス。。前述の林道の三叉路に立つのが永遠の像と呼ばれるミロのヴィーナス。 ミロのヴィーナスは御存じのようにルーブル美術館所蔵の彫像ですが、林の中のブロンズの姿もなかなかですねえ^^10年前にお逢いした時はそうでもなかったのですが、長年の風雪で緑青が目立っていますが、逆になまめかしさを感じます。 …

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寺津用水

寺津用水 永安寺第一駐車場 金沢は犀川・浅野川の二つの河川に囲まれた街になります。。この河川の水源を利用して網の目のように用水路が市街に張り巡らされています。その数は55用水と云われています。歴史を紐解けば、金沢の町は用水路の開削と共に新しい町が出来て来たと云えます。これらの用水路は道路沿いに流れが多く観られます。 長町の武家屋敷通りや片町・香林坊の裏道のせせらぎ通りに観られるように、道に沿うように用水路が流れ、生活用水・灌漑用水・防火用水はもちろん、各家や屋敷に曲水として取り入れて庭園の池水にしたり、加賀友禅を始めとした工芸品の貴重な源泉にもなっていたわけです。また、雪国の悩みの種である除雪の捨て場としても利用されていました。江戸時代から明治にかけて金沢の町は用水路が張り巡らされ、水と共に生きる町だったわけです。 ところが文明開化の波が押し寄せた明治以降、農地改革や電気事業の進歩で用水事業はますます必要性を増したのですが、自動車や電車の発達には水路は非常に邪魔な存在とされてしまいました。更に戦災や大災害がなかったために区画をいじるわけにはいかず、水路分を道路にするということしかできなかったのです。 このために暗渠といって、水路に蓋をしたり、上部を塞いだり潰して、道路として拡張する必要に迫られてしまいました。 寺津用水遊歩道 更に中心街となる金沢城のお堀。元々、用水路からの水を取り込んだ堀で、金沢城の城郭は囲まれた城でした。更に外側には石川門下の4車線道…

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旧大聖寺川河畔 

相変わらずといっては何ですが、2月末から4月にかけては仕事の一番忙しい時で、一番の掻きいれ時、更には歳とともに処理能力のうちの肝心なスピードと耐久力を失って来て、なかなか仕事を消費できず。自分で繁忙期間を延ばしてしまい、ブログの休止期間が毎年長引いてきています。しかし、この期間がないと僕の収入が大激減。一家も路頭に迷っちゃうんで頑張らないといけない時期なんですよ。。 ブログをサボってしまい、皆さんの所にも行けずじまい 大変申し訳なく思っております。どうか、お見捨てなく。。 (4月初頭に書いていたんでその続きです。その後、バタバタしてもう5月になって今更桜かと云われそうですが。。。) 今年は桜の開花が遅れると云われ、遅い花見を内心期待してたんですが、気温の上昇と共に早い時期に一気に開花。ところが満開時になった途端に雪まじりの豪雨と風で、花が散ってしまい期間的には短いものになってしまいました。 近年は開花時期が早くて、営業で車を走らせながら横目で桜並木を観るだけで、桜の下を歩くというのがなかなか出来ていませんでした。たまの休日も部屋に籠って資料や見積・請求書などの書類製作に忙殺され。。。そもそも、嫁さんと娘は年々ひどくなる花粉症で外へ行くのを嫌がり、閉め切った家に篭りっきり。。 おかげで、ここ何年かは桜の花見どころか桜の下を歩くということもなかったような。。 ところが、この日(4/9)、午前中にお客さんが来るというので、嫁さんと娘は前日から大慌て。。長く閉め切った家は籠った空気…

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七ヶ用水取入口

鶴来町の古宮公園の横に、手取川からの取り水口があります。 道路から、覗くと激しい水流が見られます。観てるだけで涼しくなれますよ。 七ヶ用水というのは、富樫用水、郷用水、中村用水、山島用水、大慶寺用水、中島用水、新砂川用水の7用水をいいます。金沢の辰巳用水と並んで、白山市から金沢を含む扇状地を潤す重要な用水になっています。 ちなみに、古宮公園には用水の創始者・枝権兵衛の憲章碑があります。 古宮公園は、元々は白山比咩神社の本宮があった場所です。 現在の白山比咩神社とはまるっきり違う場所なんですよ。別名、安久濤ヶ淵(あくどがふち)といいます。加賀一宮駅の隣になります。 旅行日 2008.6.6 現在、北陸鉄道は鶴来駅までになって、加賀一の宮駅は廃止になりました。変わった建物は健在ですが特徴的な駅名の看板は取り外されています。好きな駅だったんですけどねえ><

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最初のUP 日本最大級の石ころ

以前まで「ぐるなび」でumotustというネームでトラベル記事と食日記を書いていたけど、終了してしまったのでこちらで再開しようと思いまして、今日から書き始めです。よろしくお願いします。 更新やアップは遅かったり、滞ったりしますが、笑って許してください。 当分はトラベルやスポット紹介にしようかなと思っています。 第一回目はやはり自分が住む場所で代表するものをと考えましたが ちなみに僕の住むのは石川県。毎回、能登ならばホテル・旅館アワードで一位の和倉温泉の加賀屋・輪島の朝市、加賀百万石の城下町・金沢や兼六園、白山神社の総鎮守で日本三名山の白山、日本最古の温泉旅館「法師」がある粟津温泉や山中・山代・片山津を抱える加賀温泉郷、名産でも九谷焼・輪島塗・金箔などの工芸品。 とにかく個別の観光地や工芸・伝統など個別の名前は全国的に知られています。 ところが肝心の石川県という名称は全国的にはマイナーな存在です。中には地図でも解らないという人の多いこと                           ということで、石川という名前をPRかたがた、石川の名前の由来地からスタートさせて頂きます 白山を源流に加賀平野を扇状地にして日本海に流れる「手取川」。3000メートル近くの山地から急峻な日本有数の高低差から流れるため、「石も転がる急流の川」ということで、別名が「石川」。つまり、この手取川の別名から採られたのが県名の由…

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「金谷出丸 南面」- by つとつと (12/08)

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