白米千枚田

遅れてしまいましたが、皆様、明けましておめでとうございます本年もよろしくお願いいたします 昨年は、年末にひいた風邪をこじらせて、完璧な寝正月で年末を含んで約一週間、布団の中で過ごしたのを思い出します。おかげで、20数年ぶりに初詣にも行かずでした。。。更にぶり返しや体調不良で半年近く苦しんで、仕事以外はほとんど大人しくしていました 新年を迎えてみると、嫁さんが参が日は仕事で昼間は不在、娘も自分の趣味でお出掛け、TVの駅伝を観ながらのんびり書類整理や部屋にたまった紙の分類で過ごしていましたが、すっかり出不精で部屋に籠っておりました。けっこういらない書類やパンフレット類が出てきますが、懐かしい物も多くついつい見入ってしまって、遅々として進みませんでした。。 昨年、初詣をしなかったこともあって、今年はなんとなく一人で出かける気にもならず、自堕落に籠った状態で食っちゃ寝の世界に埋没していました まあ、元々が混雑した場所が嫌いで、毎年初詣は4.5日にしていたんですから、たいして例年と変わらない感じなんですがねただ、今年は参が日に土日が絡んで、4日から仕事始め。例年よりお正月気分が薄く感じます。 4日の仕事始めで夕方近くに家に帰って、休日の二人を連れて初詣に行…

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木場潟公園

加賀の小松から加賀にかけて、太古には大小の湖沼がありました。特に大きな湖沼は三つあって加賀三湖と呼ばれていました。手取川以南は加賀の国が成立前(弘仁14年(823年))は、江沼郡と呼ばれていましたが江沼はこの加賀三湖にちなんだものと云われています。 この加賀三湖は、今江湖・柴山潟・木場潟を云うのですが、前述の今江潟は総面積5.8平方キロメートルと三湖では最大の大きさでしたが(以前紹介した今江城から小松空港に至る広い田園地帯)、渇水・洪水対策と農作地拡大策で昭和43年(1968年)に全面干拓されています。 また、柴山潟は江戸時代に温泉が発見されて、江戸期から温泉利用のために干拓・埋立が試みられていましたが、明治に干拓が進んで今江潟と同時期に完成しています。全盛期は今江潟に迫る面積でしたが、現在は古来の三分の一(1.92平方キロメートル)の面積になっています。埋立地はご存知の片山津温泉街が建ち、柴山潟は片山津のシンボル的存在になっています。 三湖の中では一番小さい湖(1.13平方キロメートル)でしたが、唯一干拓や埋め立てから免れたのが木場潟です。 加賀や小松からは郊外になり、南の日用川が水を運び木場潟となり、北の前川から流れ出て小松市街の南を流れて安宅の河口近くで梯川(かけはしがわ)と合流して日本海に流れ出ています。 古くから地域の貴重な農業水源でもありました。自然のままの形で残っており、水生植物や野鳥の宝庫になっています。 昭和57年(1982年)に県営公園として整備、木場潟公園…

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末次城址 (奥能登の城②)

松波城の支城となるのが末次城です。別名は地名から行延城とも呼ばれています。 築城年代は未詳ですが南北朝になるのではないかと云われています。 位置的には松波城から旧街道と云える国道249号線を4キロ程西に位置します。街道を見下ろす位置にあり出城の役目を十分に果たす存在です。また街道は末次城を巻くように続いており、街道と山城の間には木郎川と大杉谷川があり、天然の外堀になっていました。 典型的な山城の形態ですが標高50mと高さはありませんが、山肌を削って攻城兵の登りをきつくしています。東口の竪堀は特に急角度となっており、山頂までの登りのきつさを感じさせます。 本丸や六つの曲輪の一つ一つは大きくなく砦の規模のようですが、城域は大きく取っており標高30~50mの丘陵の三つの尾根を利用しており、その広さは東西360m・南北400mと広範囲に渡ります。尾根と云っても頂上部は高低差20メートルほどで尾根上の移動はけっこう楽にできています。搦め手道は尾根を迂回するように東口・狼煙台・曲輪を迂回するように山並の尾根を利用して各曲輪を結んでおり、南に出られるようにしています。 山頂は守備兵の俊敏な移動を重視し、山肌を堅固にして攻城兵を各個撃破することを狙ったようです。 上杉軍侵攻の際には松浪畠山家の配下武将・末次甚右衛門が主将となり、地元土豪を集めて抵抗していますが、松波城に先立って落城しています。ちなみに末次城の登山口にある家が末次家で、山頂にあった天神社を家の側において守り伝えているそう…

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松波城址 (奥能登の城①)

毎夏、仕事の関係で輪島まで行くんですが、お仕事は午前中のみ。で、毎回、その後に能登観光をしています。 今夏は新幹線効果とまれ効果もあり、石川に来る人が多いようで海浜道路(のと里山海道)も車が多くて、いつもより時間が掛かっちゃいました。最初、仕事でつきあえないと同行を拒否していた嫁さんは、休みが取れたと云って一緒に来てくれたから、1人よりはおとなしい運転ということもあったみたい お天気は家を出るときは良かったんですが、能登に北上するごとに曇天にそしてポツポツ 天気予報は豪雨注意だったけど、そこは出かけると晴れ男の僕車を降りると雨がやむ僕輪島はず~~ッと曇天、ときおり太陽が観れました のと里山海道の高松SAで一休み ここまでは最高に良い天気・・・出がけに何も食べてなかったんで、おにぎりとお客さんにお土産 相変わらずですが、お客さんの家は朝市通りなので、海側の駐車場に車を停めて朝市通りを少し通るんですが、盆後ということで昨年よりお客さんは多く感じませんでしたが(いつもは盆前や祭りの前くらい)、僕が御客さんの家にいる間、朝市をウロウロしていた嫁さんが言うには、去年より賑わってるよ…

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道の駅 マリンドリーム能生

相変わらずですが、この時期になると仕事が混んで、更にトラブル処理が集中します しばらくサイトに来られなかったことをお詫びします。 コメント下さったgoさんやsomaさん、がにちゃんさんにコメント返しも出来ず、気持ち玉を下さったイータンさんやmikomaiさんにもご訪問できず、申し訳ありませんでした。 これすべて、日頃の不摂生で体調崩し、動けない分溜めこんだ仕事もなかなか消化できずにいる僕が悪いのです(超反省) 今回も前回と同じく、昨年10月の上越への往復の立ち寄り地です。 前回の筒石駅は上越に向かう途中で寄って行ったのですが、今回は帰り道の立ち寄り地です。 実はこの時の予定では嫁さんの実家を出たら、今夏(H25)に行った小布施に行くつもりだったのですが、体調が悪いという嫁さんと録画を忘れて早く家に帰宅したい娘に拒否権を発動されて、家路に国道8号をひた走って戻ることになったのです。特に娘の生意気な口のきき方にはカチン おかげさまというか、根が単純な僕は超不機嫌。。。 能生の道の駅に着くまでの運転の間、よりにもよって車の流れが悪くて、ますます不機嫌に。。一言もしゃべらず・ただでさえ目つきの悪いのが更に険悪な眼となっておりました。道の駅に着いたら、母娘を見向きもせず、サッサとトイレにダッシュ。。。{%大変we…

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道の駅こまつ木場潟

H22/10/9 天気は雨降り 時々、土砂降りにもなっています 石川の各地ではいろいろとイベントが開催されていましたが、みんなたいへんだったみたい 金沢ではネンリンピック。僕の住む白山市では昨年紹介した ほうらい祭り。 開会式も造り物や獅子舞が出ていましたが、雨でたいへんだったみたいです 嫁さんが休みで、買い物に行くというので運転手に立候補 午前中、仕事が入っていたのでちょっと行って来て、二人でレッツゴーです あっと、娘は僕の風邪を貰ったみたいで、部屋に引きこもっています。 僕みたいに咳は出ないみたいで、熱っぽいだけと言ってました。 そのかわり、お土産はしっかり頼まれました 嫁さんのご希望は「ホームセンターならどこでも良いのだ」 ほんとは晴れていたら、福井まで行くつもりだったんですが断念 金沢はイベントだらけで交通規制中だから南へ行くことに。。。 小松に行くつもりで国道8号線を走って思い出したのが道の駅 4/22(H22)にオープンした「こまつ木場潟」 石川県には昔から5つの大きな潟があったのですが、干拓や開発で姿を変えて…

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鳥越城 ~ 道の駅 一向一揆の里

嫁さんがこの日、GW中の数少ない休日でした。 午前中いっぱい昼まで寝ていた嫁さん、昼過ぎになってから起き出して来まして、ドライブでもして買い物に行こうとなりました。 人が少ない所ということで、もうすぐ夏季閉鎖になっちゃうブナオ山観察舎に行こうといって出かけようとした途端、部屋から体調不良で寝ていた娘がもそもそと起きて来ました 私も行く~~~~ これ以上布団の中にいたら腐っちゃうよ~~ お前が勝手に体調崩して寝てたんだろうがよ 行くと言ってきかない娘の着替えとシャワーを待ちまして、スタートはまたまた遅くなっちゃいました。ブナオ山は時間的に無理・ヘロヘロ娘の山歩きなんか無理に決まってる ということで、久しぶりの鳥越に行くことにしましたよ 鳥越は白山麓の奥へと向かう入口、昔の北国脇街道の牛首道(白峰・尾口)と小松・原町への分岐点になります。 まずは、鳥越城まで一気に登りました。 鳥越城は標高359m、車で頂上まで登ることができます。 戦国時代「百姓の持ちたる国」と言われた真宗王国・加賀の国 その真宗王国の最後の牙城がこの鳥越城でした。 織田信長の侵攻で、本拠の金沢城の前身「尾山御坊」も落城、最後…

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湖北みずとりステーション

昼過ぎてSTARTしたので車の中で、おにぎり食べながら、R8を南下 石川を出た時は曇りだったんだけど、福井に入った途端どしゃぶり ワイパーがシャカシャカ、敦賀を抜けるまで土砂降りが続きました 高速道嫌いの僕としては、ひたすら国道&脇道を走ります 嫁さんと娘もなれちゃって、外を見てはあれだこれだとのんびり    でも、時々 こんなセリフが         「ねぇねぇ、あれ凄いよ。お父さん」         「あのねぇ、通り過ぎたものを言うなよ」         「運転してるのに、振り向けないでしょ」 おかげで、抜け道には結構詳しいのです 例えば、こんな所など ここは、敦賀から刀根の脇道に入って行った所にある「柳ヶ瀬トンネル」です。 昔は鉄道のトンネルだったんですが、今は自動車専用トンネルです。但し、車一台がやっとなので信号で交互通行です。そうそう、この道には、他に日本で一番古い現存の鉄道トンネル(明治14年建造・小刀根トンネル)もあるんです。鉄道ファン

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未知の駅 和気の岩

石川県の東側(山側)を走る山側環状道路と接続する産業道路は看板広告禁止道路なので、美しい景観を見ながら走れる道路です。 金沢方向から川北大橋を渡ると泉鏡花が愛した「辰口温泉」、朱鷺の飼育をしている「いしかわ動物園」などもあります。 金沢方向からいしかわ動物園を過ぎると左手に赤茶の岩山が観られます。そこが「未知の駅 和気(わけ)の岩」です。もちろん、未知は道の当て字です。 道の駅としてはトイレしかないのですが、トイレ施設の裏には大きな岩山がそびえて観えます。 この岩山は2000万年~1億7000万年前の中新世の火山活動で流紋岩が露出したものです。流紋岩は流れ出た溶岩が堆積して冷えて出来たものです。中新世記は日本列島は大陸と繋がっていた時代で、日本海はまだ広大な湖の時代でした。この時代の激しい火山活動で日本海が広がって行き海になって行ったんだそうです。 当時は能登半島はなくこの岩山が海岸線でした。この岩山から北は大昔は海だったということ。高台から金沢方向を海だと思って見るとそう思えて来るから不思議です。 トイレ横の登り階段を行くと岩山が間近で見られ、溶岩の流れた流紋が観られます。また芝生が広くとってあるので、緑の芝生と赤茶の岩山のコントラストは美しいものがあります。芝生の上に座ったり寝転がると運転疲れを癒すには最適です。 この道の駅と道路を挟んだ反対側に山を登って行く道があるんですが、そこに金沢大学の低レベル放射能研究所があります。放射能検出に関しては全国的にもトップ…

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九頭竜湖

国道158号線を九頭竜川に沿って行くと大きな湖が広がります。名前は「九頭竜湖」。 ここは昔から岐阜とを繋ぐ街道でしたが、豪雪と険しい山で大変な場所でした。昭和42年に九頭竜ダムが建設され大きな湖が出現しました。 山奥特有の新緑の美しさ・燃えるような紅葉が美しい場所で、湖を中心にキャンプ場やスキー場が配されています。 九頭竜ダムはロックフィル式のダムです。ロックフィルというのは石や岩石を積み上げて建設するダムです。黒部ダムのようなアーチ式・コンクリートダムとは違って地盤が軟弱な地に向いているそうです。、石積みが荒く見えますが景観は個人的に好きですね。 北陸や岐阜にはこの形式のダムが多く、御母衣(みほろ)・手取川(てどりがわ)も同じ形式です。高さは128メートル。 九頭竜湖をこの時期走ると紅葉が美しいのですが、途中途中に車を止める場所にはそれぞれの景観地があります。 僕の好きなスポットは「九頭竜湖・ダム」「箱ヶ瀬橋(夢の架け橋)」 「箱ヶ瀬橋」は、瀬戸大橋の試作として造られた物ですが、湖面に浮かぶ姿は綺麗ですよ。新緑や紅葉に冴えるんですよ。 和泉村にある「道の駅 九頭竜湖」も九頭竜湖の山越え前後の一服に最適です。ティラノサウルスの親子のモニュメントがお出迎えしてくれます。 ただし、雪の積る時期は倉庫で冬眠してるそうなのでご注意を^^; 旅行日 2010.11.07 追加 先日(H24.6.24)、昼間にこの道の駅に立ち寄ったんですが、いつものご…

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親不知ピアパークの亀さん

国道8号線沿いの道の駅「親不知ピアパーク」 北陸自動車道の橋脚の下にある道の駅です。国道を走ると曲がりくねった道をずっと走ることになるんですが、そんな時休憩するには最適の場所なんです。 翡翠の産地で120tの原石を展示している「翡翠センター」 魚介類をうる「お魚センター」お土産類の「レストピア」 蕎麦打ち体験や魚料理教室のある「ふるさと体験館」 レストラン「漁火」 漁火と言えば、夜の国道を走っていると沖合に烏賊釣り船の漁火が見られます。 親不知海水浴場が併設されているので、そのまま海水浴場に直行も可能です。ただし夏場の昼間は車が混雑しますから、気をつけてください。 そんなピアパークの一番奥にここのシンボルが鎮座しています。 世界一の大きさの海亀像です。 高さ2.2m・幅3.9m・全長6m・重さ5t 名前は「ミリオン」両隣には1m位の小亀が2匹「マリン」と「オリオン」と、言います。 側で見ると、大きさに圧倒されますよ。是非、昼間見ることをお勧めします。優しい顔に見えますから。  怖くて不気味なのをお望みの方は真夜中にどうぞ、真っ暗なパークの中に緑のライトに浮かび上がる亀様は、ちと不気味な雰囲気です。 夜もゲートが開放されているので、トイレ休憩や仮眠のために多くのドライバーが立ち寄っています。 このピアパークから少し新潟よりに行った所に親不知駅のある「歌」という場所があります。水上勉の小説「越後つついし親不知」の舞台になった場所です。そこから富山方向が「親不知」…

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道の駅 万葉の里高岡

国道8号線沿い、能越道・高岡ICの手前にある道の駅です。 なぜ高岡が万葉の里と言うのかといえば、万葉歌人の大伴家持が6年程、越中の国司として赴任していたからです。当時国庁は高岡の伏木に置かれていました。家持は赴任中に多くの句を残していて、220首以上の歌を読んでいます。 高岡には銅像や句碑が多くありますし、伏木の国庁址には万葉歴史館があり、大伴家持の研究や展示がなされています。庭園には万葉歌に歌われた植物が植えられていて、美しい花も見られます。 高岡市万葉歴史館  http://www.manreki.com/index.htm   道の駅には幾つかの食事処とお土産の販売を行っています。 ここでしか、販売していない物がひとつあります。 「大仏コロッケ」なんですが、大きさは14センチ、なかなか食べがいのあるコロッケですよ。普通のコロッケの3個分^^お立ち寄りの際には是非お試しあれ。(追記、今は北陸のコンビニでも置いています。) ついでに、高岡ラーメンというのもあります。富山や高岡で有名なのがブラックラーメン。名前の通り、黒っぽい出汁のラーメンです。美味しいものもありますが、醤油味のきついものが多いので気をつけねばなりません。道の駅のはこういう所では珍しく、味付けも吟味されているようで醤油の臭みやくどさは感じません。割合あっさりした味になっています。 駐車場も広いし、休憩にはちょうど良い感じです。 道の駅 万葉の里高岡  http://www.manyon…

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能登空港

出来立てのほやほやなので、まだまだこれからの空港です。 行った日は平日の雪の日のため静かな空港でした。 まだまだ、便数も少なく、羽田との2往復だけ しかし、輪島市内とのバスのアクセスもしっかりしているので、観光の入口と期待されています。 地元の僕たちとしても、空港の駐車場は無料なので、こっちが良いかなとも思ってしまいます。もっとも便数と早い時間の出発便が欲しいですねぇ。 早くつかないと、その日がもったいないからねぇ。せっかく一時間で行けるのにもったいないなぁ。 空港の隣には、航空学園の第2高校が併設されました。 石川では期待の星なんですがまだまだ未知数>期待しています。 能登空港 http://www.noto-airport.jp/notosypher/www/index.jsp 旅行日 2009.2.18

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