アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「歴史人」のブログ記事

みんなの「歴史人」ブログ

タイトル 日 時
実性院B 大聖寺藩主墓所
実性院B 大聖寺藩主墓所 実性院の左脇の裏山に続く参道を登ると、大聖寺藩主の墓所があります。この墓所も前回紹介していますので、詳しくはこちらをどうぞ ⇒ 山ノ下寺院群A 実性院 (H27.11.3)  ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 1

2017/10/18 17:13
以仁王と北陸宮
以仁王と北陸宮 富山県の最東部・朝日町の朝日ICから国道8号線を新潟方向に進むと城山を貫く笹川・城山の二本のトンネルがあり、抜けると左手に翡翠がとれる別名・翡翠海岸と呼ばれる宮崎海岸の海岸線が観られ、それまでの暗く狭い道がいきなり開けたような穏やかな平地に変わります。この平地帯は東端の境川で越中・越後の国境になります。この境川の地は国境の緩衝帯であり、国境の係争地でもありました。江戸期の加賀藩の境関が出来るまでは越中側の国境警備・防御は、この城山の山頂にあった宮崎城が果たしていました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 37 / トラックバック 0 / コメント 9

2017/08/06 22:36
旧山岸家住宅
旧山岸家住宅 山の民の里とされる白山麓ですが、戦国の混乱は牛首村にも及んでおり、白山平泉寺と越前・加賀一向一揆、更に再侵攻した織田方の柴田勝家軍の間で揺れ動いています。まず時代は越前朝倉家滅亡の頃に遡ります。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 36 / トラックバック 0 / コメント 10

2017/07/29 19:29
前島密記念館
前島密記念館 少しずつですが、バタバタしながらもブログを書き進めていたんですが、先日お客さんチで契約計上をPCで進めて完了した途端、液晶が不良になってピンクとグリーンの世界になってしまいました。PCがないと仕事が全く進まなくなる僕としては、慌てて買いなおす羽目に陥ってしまいました。その後は仕事関係ソフトのインストールや計算ソフトのデータ移行、そもそもウィンドウズ10は初めてで何がなにやらチンプンカンプン。。すっかり嵌まり込んでいます。それにしても、今年は異常なくらい電化製品が壊れて買い替える羽目になってます。... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 21 / トラックバック 0 / コメント 8

2016/11/20 04:53
仏御前の里A
仏御前の里A 仏御前の生まれ故郷を強く主張する地は北陸には2か所あります。福井県大野市仏原及び栃沢(栃沢は現在は九頭竜湖の底です。)。国道158号線で和泉村に向かう途中にあります。ここには落差100mの三段滝の「仏御前の滝」があり、仏御前が髪を洗っていたという伝承があります。福井県内には、仏御前だけでなく祇王・妓女・刀自の過ごした寺と供養塔があったそうです(現・福井市三郎丸)。 そして、もう一つが石川県小松市原町になります。一般にはこちらが有力とされています。 小松市でも東端にあたり、先に進むと中の峠、三... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 20 / トラックバック 2 / コメント 2

2016/01/24 17:33
仏御前の里@
仏御前の里@ 平家物語は、作者は信濃前司行長(信濃入道、下野前司・藤原行長)が生仏(しょうぶつ)という東国武士出身の盲目の僧に教授して語らせたのが始まりというのが有力視されています。琵琶法師が各地を巡って口承で伝承してきた語り本、語り本を読み物として加筆・付加した読み本があるそうですが、十二巻(覚一が付加した灌頂巻を含めると十三巻)で約200曲があります。 琵琶法師という語り部が伝えた曲をベースにしているために、読み本も口語に近い原文で読みやすく、歴史的には平家を極端に蔑むことを差し引けば、古文の入門書とし... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 25 / トラックバック 1 / コメント 2

2016/01/18 03:13
井波彫刻の里
井波彫刻の里 庄川水記念公園を後にして、家路につこうと思ったんですが、せっかく庄川まで来たんだからということで、お隣の井波町にも立ち寄ることにしました。 庄川町が轆轤(ろくろ)の里なら、井波は彫刻の里になります。井波の欄間といえば超一級品ですが、その他にも獅子頭、全国の寺社仏閣の彫刻など広く出回っていて、各名所のどこかに井波彫刻が施されています。 獅子頭は特に加賀・越中では各部落・村に一体あるのが当たり前ですが、僕の故郷の獅子頭も井波の職人が作製した物でした。また越中では天神信仰が盛んで、端午の節句には天... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 26 / トラックバック 0 / コメント 6

2015/11/02 04:01
中村神社拝殿 (旧金沢城二の丸舞楽殿・旧卯辰山招魂社拝殿)
中村神社拝殿 (旧金沢城二の丸舞楽殿・旧卯辰山招魂社拝殿) 今年の春に金沢城の玉泉院丸が復元公開されました。次の復元は玉泉院丸と金谷御殿の間の堀を繋いだ鼠橋や鼠多門ということで計画が進んでいるそうです。そうなると、金沢城と尾山神社が繋がることになります。 近年、金沢城の復元計画が進められています。それに合わせて調査や発掘も進められており、今月には本丸南側に庭園があったことが確認されたところです。しかも寛永年間の火災の瓦礫が積み上げられていて、年代も特定されたそうです。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 20 / トラックバック 0 / コメント 10

2015/08/15 15:06
佐奇神社(さきじんじゃ)
佐奇神社(さきじんじゃ) 富山との県境の稜線にある奈良岳(二又川)や大門山(倉谷川)の稜線を源流にして、金沢市街を流れる犀川は、途中幾つかの支流や用水路を配したり、幾つかの支流を合流して、普正寺町と金石の河口から日本海に注いでいます。金沢市民の貴重な水として利用され、文学にも多く取上げられて石川県内では一番有名な川ともいえます。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 10

2015/07/28 02:26
赤瀬那殿観音
赤瀬那殿観音 赤瀬から牛ヶ首峠のダム湖に沿った道を採らずに、赤瀬の里で鳥居を潜って山中に向かいます。 鳥居の前に大きな案内板がありますが、この道は那殿観音への参道になっています。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 6

2015/07/15 14:18
奥卯辰山県民公園 〜 金沢仏舎利塔
奥卯辰山県民公園 〜 金沢仏舎利塔 5月下旬、毎年この時季に鈴見台のお客さんの所に来るんですが、今年もやってまいりました。 相変わらずの商品改定と体調不良を言い訳にして、予定を大幅に遅れてしまっていました。あまりに長引いて、言い訳の根拠が薄らいでるような、一種の嫌々病かもしれません、とにかくどこかで発散するしかないですね。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 10 / トラックバック 2 / コメント 10

2015/06/28 16:48
瓶割坂B 雨宝院
瓶割坂B 雨宝院 前回の神明宮の境内を遊び場にしていた室生犀星が幼少・少年期を過ごしたのが「雨宝院」です。正式名は「千日山 雨宝院」。真言宗の寺院です。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 10 / トラックバック 2 / コメント 5

2015/05/26 11:03
瓶割坂(かめわりざか)@ 大蓮寺(だいれんじ)
瓶割坂(かめわりざか)@ 大蓮寺(だいれんじ) 国道157号線を野町広小路から犀川大橋に向かうなだらかな坂道があります。この坂は別名「瓶割り坂」と云います。古くから北国街道の主要道で、尾山(金沢市街)に入る入口になっていたようです。 瓶割坂の名の由来ですが、奥州逃避行中の源義経一向がこの坂に差し掛かった際、同行していた義経の妻が産気づき、慌てた一行が瓶に入れていた衣服を取り出そうとして、大事な瓶を割ってしまった所から来ていると云われています。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 14 / トラックバック 4 / コメント 10

2015/05/07 03:36
傅泉寺(でんせんじ、大野弁吉墓所) 〜 大野日吉神社(大野弁吉居宅跡)
傅泉寺(でんせんじ、大野弁吉墓所) 〜 大野日吉神社(大野弁吉居宅跡) 金石・大野地区の有名人と云えば、以前何度かUPした銭屋五兵衛と大野弁吉(中村屋弁吉。 銭屋五兵衛は海の百万石・海の豪商と呼ばれ、河北潟の干拓事業による一家破綻など、波瀾万丈の生涯を送った人物です。前に幾つか書いていますんで興味のある方はこちらをどうぞ ⇒ 銭屋五兵衛記念館 銭五の館 本龍寺・銭屋五兵衛の墓所 大野弁吉も一度書いています ⇒ 金沢大野からくり記念館 概ねの経歴などは「金沢大野からくり記念館」で書いてありますので、お読みいただければ幸いです。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 15 / トラックバック 1 / コメント 4

2015/03/06 12:37
芭蕉の渡し
芭蕉の渡し 石川の大河であり急流として知られる手取川。石川県の名の元にもなったと云われる川です。 河口を中心に加賀の扇状地を構成し、遠く海流によっては自動車が入れたり、走れる内灘海岸や千里浜海岸の砂を作るなど、石川の自然環境に大きな影響を与える大河です。過去には何度も氾濫を起こしており、それが扇状地を構成したわけです。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 26 / トラックバック 1 / コメント 8

2015/02/16 15:58
浅野川大橋詰めの火の見櫓
浅野川大橋詰めの火の見櫓 前回の記事内で火の見櫓に触れた際に、この浅野川大橋詰めの火の見櫓の画像が無かったので、市街に仕事があったついでに写真を撮って来たのが今回の「浅野川大橋詰めの火の見櫓」です。ただし、陽が暮れかかった時間帯で、大通ということでフラッシュは焚かなかったんで暗い画像になってしまいました。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 22 / トラックバック 0 / コメント 8

2015/02/08 03:59
多太神社
多太神社 小松市街にありながら大きな本殿と参道を合わせ持ち、社域には大きな木々と三社の摂社を抱えているのが「多太神社」です。創建は当社縁起から武烈天皇5年(503年)。祭神は衝桙等乎而留比古命(つきほことおるひこ、仁徳天皇、)。八幡三所大神(応神天皇、仁功皇后、比淘蜷_(宗像三女伸))他多数 元々は仁徳天皇(仁徳大皇)が主祭神だったようです。(多太の名は、出雲風土記の命名(みことな)の現れる地・多太郷から来ていると思われるため)つまり、古くから知られる延喜式内社になるわけです。式内社については、以前触れ... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 29 / トラックバック 1 / コメント 3

2015/01/22 19:21
小松城址
小松城址 小松城は江戸時代を通じて加賀の国に金沢城の支城として存続していた城です。 御存じのように江戸時代は一国一城令によって、加賀藩は金沢城を本城として、小松城も廃城になっていたのですが、加賀藩三代藩主・前田利常の隠居城として幕府から特別許可が下りて再興したものです。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 18 / トラックバック 11 / コメント 4

2015/01/06 20:40
尾ア神社
尾ア神社 黒門前緑地と同じ並びの西側にあるのが「尾ア神社」 塀垣や社殿が朱色に塗られていて、古風で落ち着いた神社が多い金沢の中でも異色な神社です。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 27 / トラックバック 1 / コメント 4

2014/12/16 01:41
黒門前緑地
黒門前緑地 金沢城の北西の出入口となる黒門。江戸期以前は西丁口と呼ばれていました。 金沢城の正門は尾坂口の大手門ですが、金沢御堂時代や佐久間盛政の居城時代はこの西丁口が正門となっていました。加賀藩時代には改修と共に尾坂口に正門が移っています。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 24 / トラックバック 3 / コメント 6

2014/12/12 05:22
花山神社 菩提町
花山神社 菩提町 小松市に岩山を中心にした遊仙峡と呼ばれる寺院庭園を巡ることができる那谷寺(なたでら)があります。北陸の寺院でも四季の景観は随一と云われています。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 16 / トラックバック 3 / コメント 4

2014/10/18 21:42
浮御堂
浮御堂 大原から途中峠越えで懐かしの滋賀県に。。守山市の国道477号線沿いに住んでいたので、琵琶湖大橋に来るとホッとする部分があります。琵琶湖大橋交差点にスーパーいずみやとヤマダ電機のある場所に当時はびわ湖タワーの遊園地がありましたねえ。。当時、びわ湖タワーは経営不振で寂しい雰囲気でしたが、娘が小学校の低学年ということで良く遊びに行っていました。その時にはびわ湖タワー自体はバンジーになっていましたが、世界最大の観覧車「イーゴス108」があって、1.2度だけど娘と乗った時の眺めは良い思い出として残っていま... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 21 / トラックバック 0 / コメント 3

2014/09/30 10:29
律川 〜 後鳥羽・順徳大原陵
律川 〜 後鳥羽・順徳大原陵 大原と云えば、やはり観光のメインになるのが三千院ですが、観光の場合には大原駐車場から三千院道と呼ばれる参道、呂川伝いの茶屋・お土産屋さんが並ぶ道を行くのがオーソドックスなんですが、今回は律川伝いに登ることにしました。意外に知られていませんが、三千院や勝林院・実光院・法泉院などに行くならこの道が一番の近道なんですよ。そのかわり途中には茶屋もお土産屋もなにもありません。当然、すれ違う人も少なく大原の山里的な雰囲気を感じられます。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 1 / コメント 4

2014/09/24 10:59
吉崎御坊跡
吉崎御坊跡 義母と義兄が2泊3日の滞在で帰る日、白山ICまで送った後、嫁さんと二人でドライブすることに ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 3 / コメント 7

2014/07/13 10:30
如来寺A 大姫と光高 石仏群
如来寺A 大姫と光高 石仏群 (画像はH25.12.14のものです。)如来寺は@で書いたように加賀藩4代当主・前田光高の正室・清泰院(大姫・阿智姫)の位牌所であり、前田家に嫁い徳川系女性や将軍の位牌所となっています。当然、寺のあちこちには三つ葉葵の紋が配されています。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 2

2014/06/17 20:17
如来寺@ 前田光高と天徳院墓所
如来寺@ 前田光高と天徳院墓所 義母・義兄がやってきた翌日。みんなで観光しようとなったんですが、別段行きたい場所を決めていなかったというご返事。 2.3日前の北國新聞の記事に如来寺の牡丹が満開だというのを観た嫁さんが、満開の牡丹が観たいというご要望。嫁さんは頭の中で満開の牡丹のお花畑を連想していたようですが。 何度か如来寺には立ち寄ったことのある僕は内心で思っていたこと、如来寺にそんな大きな花の敷地があったかなあというくらい。。まあ、嫁さんのリクエストだし、いざとなれば近くの珠姫の寺・天徳院もあるし、牡丹と聞いて喜ぶ義母も... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 17 / トラックバック 6 / コメント 2

2014/06/10 14:19
呉竹文庫 熊田源太郎
呉竹文庫 熊田源太郎 手取川の河口にある美川湊は古くから漁業や北前船の中継地として栄えた町です。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 14 / トラックバック 3 / コメント 2

2014/05/16 03:12
宝慶寺前〜稗田越え〜稗田の里公園〜龍双の滝
宝慶寺前〜稗田越え〜稗田の里公園〜龍双の滝 11月の9日は我が嫁さんの誕生日でした(恐怖のさそり座の女です。で、プレゼントは今回、マイメロちゃんのぬいぐるみを渡しておきました。けっこう大きくてニコニコになってる嫁さんはすっかりよい歳だけど、こういう無邪気なところは良いなあ ここのところ、キティちゃんが続いたけど、今回は大きいことは良いことだということで、大きさ勝負で上げたけどこれだけ喜ぶとこっちまでうれしくなりますねえ。子供の頃には人形やおもちゃを貰っていた娘は、大概アニメおたくの商品で喜んでますが、母がこういうのを貰っ... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 4

2014/01/06 14:16
道の駅 マリンドリーム能生
道の駅 マリンドリーム能生 相変わらずですが、この時期になると仕事が混んで、更にトラブル処理が集中します ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 10 / トラックバック 2 / コメント 7

2013/11/02 17:54
峨山禅師生誕地 棚田の風景
峨山禅師生誕地 棚田の風景 前回の日記は3部作になってしまいましたが、その中に峨山禅師のことを書きました。峨山禅師は永光寺(ようこうじ)の南の山岳地帯の宝達山の南麓の羽咋郡瓜生田(現在の河北郡津幡町瓜生)で生まれています。 ちなみに能登は山が意外に多いのですが、高山と呼ばれるような山はなく、この宝達山が能登で一番高い山になります(637.1メートル)。ただ丘陵面積が広く、県内の宝達志水町・かほく市・津幡町さらに富山の氷見市・高岡市に跨っています。名前の由来は江戸期に金脈が出たからと聞いたことがありますが、詳細は不明。 ... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 6 / トラックバック 1 / コメント 3

2013/09/06 05:39
永光寺 B 五老峯 瑩山禅師墓所 峨山道
永光寺 B 五老峯 瑩山禅師墓所 峨山道 回廊の最上段から伝燈院とは反対の扉から出ると緩やかな登り坂があります。これが五老峯に向かう道です。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 5 / トラックバック 2 / コメント 2

2013/09/04 21:58
洞谷山 永光寺(とうこくさん ようこうじ) @
洞谷山 永光寺(とうこくさん ようこうじ) @ 金沢方向から国道159号線を七尾方向に走って、白鳥が飛来することで有名な邑知潟(おうちがた)のある邑知を過ぎると右手に「五老峯 永光寺」という大きな看板と石柱の門があります。そこを右折して山の方にしばらく登って行くとある寺院が「洞谷山 永光寺」です。ずっとエイコウと思っていましたがヨウコウが正解だそうです。 永光寺は曹洞宗の寺院です。創建は正和元年(1312年)、瑩山禅師(常済大師)が建立したものです。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 10 / トラックバック 1 / コメント 7

2013/08/27 20:56
親不知 如砥如矢
親不知 如砥如矢 昨年(H24)、このサイトで人気のあるgoさんのブログに、「一枚の写真〜ウォルター・ウェストン像 」という記事がUPされていました。 goさんの思い出の一枚の写真から人物像が書かれており、信州への思い入れが感じられて拝読しました。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 16 / トラックバック 1 / コメント 6

2013/08/17 02:03
北斎館から鴻山亭
北斎館から鴻山亭 岩松院から小布施市街の北斎館に向かいました。 うまい具合に駐車場も見つけて歩いていくと、北斎館の廻りはお土産屋さんやレスト喫茶が多く集まっています。 そんなお店を観てランランと輝く眼が光る女性陣 北斎館の前に3館(北斎館・高井鴻山記念館・おぶせミュージアム)共通券売り場があったんですが、僕だけ買って北斎館に。二人は北斎館だけ見て、ウィンドウショッピング&お買い物に というわけで、北斎館は三人でしたが。。。何せこういう所に来ると、じっくりゆっくり観る僕と眼につく物しか見ない女性陣... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 6

2013/08/04 10:49
梅洞山 岩松院
梅洞山 岩松院 小布施町の東部にある岩松院は曹洞宗の寺院です。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 4

2013/07/26 21:05
海月寺
海月寺 江戸期、金沢の金石は宮腰(みやのこし)と呼ばれ北前船の母港として栄えました。 そんな金石の東方の一画に海月寺という小さな寺院があります。ここに銭屋五兵衛の三男・要蔵の墓があります。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 2 / コメント 4

2013/07/15 22:28
称念寺@ 新田義貞墓所
称念寺@ 新田義貞墓所 称念寺は時宗の寺院です。福井の丸岡町長崎の地(現・坂井市)にあります。 泰澄大師が阿弥陀堂を建立したのが始まりと云われています。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 1 / コメント 0

2013/07/08 20:12
板屋神社(板屋兵四郎)
板屋神社(板屋兵四郎) 金沢と云えば武家屋敷や老舗など加賀百万石の伝統と街並みを残している街。金沢城や多くの寺社が伝統文化を伝えています。特に観光客や市民が多く訪れる兼六園は水と緑が織りなす庭園が人気になります。 兼六園と云えば、霞ヶ池や瓢池(ひさごいけ)や噴水など多くの水で観光客を和ませています。ところがこの泉水の水がどこから来ているか知っている人は意外に少ないはずです。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 16 / トラックバック 3 / コメント 5

2013/06/27 23:27
二俣本泉寺
二俣本泉寺 本泉寺は戦国期において、加賀一向宗の加州三ヶ寺として波佐谷松岡寺(小松市)・山田光教寺(加賀市)と共に中心的な存在でした。ただ真宗独立王国・百姓の持ちたる国と云われた時期は二俣から若松(現在の金沢市若松町)に移っていました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 15 / トラックバック 11 / コメント 2

2013/06/23 02:23
今江城址(御幸塚城)
今江城址(御幸塚城) 前回の記事の浅井畷の合戦を書いた際、前田利長の別働隊が布陣していた城が今江城だとしたので、以前訪れているのでご紹介します。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 3 / コメント 0

2013/06/16 20:36
金谷山
金谷山 ケーキを買って、一路上越市に向かいます。と、いっても前の日記のケーキ屋さんも上越市だったんですけどね。例の市町村合併で大きく地図が変わってしまいました。犀潟・大潟・柿崎も上越市になったんですねえ。 新潟にいた頃の僕の感覚では、柿崎は柏崎と同地区で中越地区のつもりでした。嫁さんはそうじゃないと云いますけど。たまに行くと市町村が変わって、地名表示が変わって混乱しちゃいます。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 2 / コメント 4

2013/06/03 22:03
白犬父さんの故郷
白犬父さんの故郷 さて、ここがどこか解りますか?雪があるともっと解り易いんですが ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 6 / トラックバック 3 / コメント 4

2013/05/16 20:18
足羽山 足羽神社 〜 継体天皇像
足羽山 足羽神社 〜 継体天皇像 前週、越前海岸、つまり福井まで行っていたんですが、この日も福井にお出かけでした。アニメ・漫画おたくの娘がイベントに行くというので、運転手になったんですよ 娘をイベント会場に送って、嫁さんと二人で福井市内を散策&ドライブすることにしましたよ 昔勤めていた会社の本社が福井市内だったので、案外に福井の土地勘はあるんですよ。それに20年以上前になるけど、1.2年ほど住んだこともあるんでね ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 2 / コメント 2

2013/01/04 01:59
新潟ふるさと村
新潟ふるさと村 ホテルは黒崎IC近くの「ホテルディアモント新潟西」でした。 7/12に新規オープンしたばかりで、室内も綺麗でゆったり出来ました。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/11/17 17:56
倶利伽羅山 八重桜
倶利伽羅山 八重桜 倶利伽羅峠は昔は北国街道の難所ではありましたが、街道のおかげもあり、倶利伽羅不動尊や長楽寺の寺社・宿場もあり栄えた場所でした。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 2 / コメント 0

2012/10/27 22:15
首洗池
首洗池 斉藤実盛は単騎奮戦した際、最後に一騎打ちを行い打ち取ったのが手塚光盛という若武者でした。手塚光盛が単騎残って戦う武者に一騎打ちを自分の名を名乗り挑んだ際、斉藤実盛は「事情があって名を名乗ることはできないが、良き武者に出会い嬉しい。お相手する。」と答えています。 長い時間の奮戦と老齢により息切れした実盛は、馬が稲刈り後に足を取られ、その隙を光盛によって討たれています。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 6 / コメント 0

2012/10/27 06:51
鈴木大拙館
鈴木大拙館 昨年(H23)10月に開館した「鈴木大拙館」に行ってきました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 2 / コメント 0

2012/10/25 09:05
国泰寺 高峰譲吉の菩提寺
国泰寺 高峰譲吉の菩提寺 金沢の広小路を東に登った蛤坂の交差点を南に入る旧北国街道の通り。 ここには金沢の人気観光スポットのひとつの妙立寺(忍者寺)がありますが、妙立寺を通り過ぎ更に100メートルほど進むと、左手に国泰寺という寺院があります。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 1 / コメント 2

2012/10/23 08:12
木谷公園 木谷藤右衛門本宅跡
木谷公園 木谷藤右衛門本宅跡 以前紹介した銭屋五兵衛の記事で「加賀の豪商を一人挙げろと云えば、10人中9人以上が銭屋五兵衛と答える」と書きましたが、それじゃ残りの一人以下が答えるのが今回の「木谷藤右衛門」です。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/10/22 13:44
小矢部ふるさと博物館
小矢部ふるさと博物館 小矢部市の水落地内にあるのが「小矢部ふるさと博物館」 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/10/21 13:06
金沢大野からくり記念館
「からくり」と聞けば、多くの人が連想するのが茶運び人形・弓曳き人形などのからくり人形達です。英語でKarakuriは日本のからくり人形を指すそうです。特に江戸期以降は鎖国政策もあり、僅かに伝わる海外技術と自己研究・開発によって独自の発展を遂げました。 本来の「からくり」は機械・模型を指していたそうです。からくり名人と呼ばれた人たちは単なる単一職人ではなく研究・開発の為に多種の学問にも通じた総合技術職人というのが共通していました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 2 / コメント 0

2012/10/18 10:33
銭五の館
銭屋五兵衛記念館から公園を挟んで、海側バイパスの県道8号線(松任・安原線)沿いにあるのが「銭五の館」です。元々、10年程前まではお隣の「百楽天」というラーメン屋さんの部分も資料館・売店でしたが、公園に記念館が完成して隣り部分の資料や遺品が記念館に移され右側の建物と蔵が記念館の別館として展示公開されています。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 3 / コメント 0

2012/10/17 19:28
銭屋五兵衛記念館
加賀百万石と云われた大藩の歴史の中には、豪商と呼ばれた商人も多く輩出されています。その中から石川県人に一人挙げろと言われたら、10人中9人以上がこの人物を答えると思うのが「銭屋五兵衛」です。別名は「海の百万石」「豪商 銭五」。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 5 / コメント 2

2012/10/17 17:02
柳廼社(やなぎのやしろ) 藩主隠居所
大野城の外丸を挟んだ場所に10メートル程の時鐘が目印の広い駐車場があり、大野観光にはここに駐車すると便利なのですが、ここの東側に「結ステーション」というコミュニティースペースがあります。物品販売所・観光案内所など観光の起点・中継点になっています。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/10/04 21:33
藤島神社
福井市にある足羽山の北東端の麓にある神社が「藤島神社」です。 建武中興十五社の一つで主祭神は新田義貞。副祭神は弟・脇屋義助、子供・義顕・義興・義宗。そして殉難兵士。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/09/20 22:14
新田塚
福井市街の芦原街道を北上すると「新田塚」という地名が存在します。 歴史好きの人ならピンと来ると思いますが、南北朝の時代、当時はここは燈明寺畷と呼ばれ、新田義貞の戦没地です。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/09/20 18:22
西田幾多郎記念哲学館
西田幾多郎は受験のときの問題に「善の研究」の作者としてよく出てきます。だけど読んだ人となると少ないと思います。読んでみるとなかなか面白いんですが、我が嫁さんや娘などは哲学と聴いただけで、頭が痛くなるなどといっています。読んでない人は試しにチャレンジしてみてください。頭が痛くなっても責任は持ちませんが、意外に読みやすいですよ。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/09/03 21:53

トップへ | みんなの「歴史人」ブログ

つとつとのブログ 歴史人のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる