本興寺 金沢の紫陽花寺

本興寺の正式な名前は「日蓮宗 一条山 本興寺」

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元々は真言宗のお寺でしたが、永仁2年(1294年)蓮如上人の孫弟子・日像が日蓮の遺言による「京都布教」の途中に立ち寄り、日蓮宗得意の法論で当時の住職を転宗させ日蓮宗道場に改修させたのが始まりです。
ちなみに日像は佐渡島から海上経由で七尾に上陸、加賀路を経て京都に向かっています。京都においてはその後南北朝の混乱に遭遇しますが、同時期に両朝から祈祷などを依頼され貴族社会の信頼を得ていたようです。崩後の諡号「日像菩薩」の名も北朝4代天皇・後光厳天皇が贈ったものです。
能登の七尾市にある小丸山城址の本丸跡の東曲輪の一画に大きな日像の像があるのはこの事績を記念したものです。また、日像が使用したとする櫓櫂が伝わっています。
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室町期は県内では能登の滝谷妙成寺と拮抗した存在でしたが、戦国期は一向一揆により衰退していました。
江戸期には日蓮宗徒が多かった加賀前田家との係りで興復を遂げ、現在に至っています。
本堂も立派な造りですし、本堂内の内陣・外陣ともに重厚な造りです。本堂と同じ屋内の祖師堂の格天井が可愛い地蔵絵で、重厚で厳ついと云われる日蓮宗の寺院の中でもユニークな存在です。加賀前田家11代藩主・前田斎広の室・真龍院と側室・栄操院が参拝した際に大掛かりな増改築を行っていますから、女性らしいモチーフなのかも。ちなみに真龍院は兼六園にある成巽閣(せいそんかく)の主であり、栄操院は12代藩主・斉泰の生母になります。どちらも幕末期に大きな影響力を持った女性です。訪れた際には是非見学することをお勧めします。
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紫陽花の咲く寺として有名になってきたのはここ数年のことですが、20年近く前から檀家さんが寺の境内や参道、周辺の山肌などに紫陽花の株を植えたことが始まりです。現在も増やしていて5000株を目標にしているんだそうです。2年ぶりに訪れましたが、やはり数が増えたように見えました。
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山間にあるので静かな場所ですから、のんびり鑑賞できるのが良い所。
当日は少し時季が遅れたせいか盛りは過ぎていましたが、それでも多くの花が観られました。う~~ん、心が和むそれでも小雨の降る日でしたから、水分を得て、紫陽花たちも少し生き返ったよう







初めて来た嫁さんが
「ワオこんな良い場所があったんだあ綺麗い~~~
「いつもお父さんの趣味で城とか寺に嫌々つきあってあげてるけど、時たまだけど、こういう良い場所も知ってるんだねえ」
まあ、歴史系に全く興味のない嫁さんの久しぶりの喜びのお言葉でした

20120701






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