西光寺 柴田勝家の菩提所

北ノ庄城落城により亡くなった「柴田勝家」の菩提所がこの「西光寺」です。

元々、西光寺は朝倉氏の時代、天台宗真盛派の祖・真盛上人により一乗谷に創建されたもので、現在も一乗谷の寺跡には多くの石仏塔・石仏群が残されています。柴田勝家が越前に進出した際、柴田家の菩提寺として現在地に移したものです。

福井駅から南へ市電伝いに足羽川を渡った足羽山の下、住宅街にあるお寺です。幕末に安政の大獄で小塚原で命を落とした橋本左内の菩提寺の善慶寺の裏側になります。

境内には柴田勝家の墓所があります。
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この墓には北ノ庄落城の際、亡くなった勝家・お市の方・甥の柴田勝景(丸岡城主)・子の孫次郎が合祀されたと伝わっています。しかし、戦後になって墓の位置を移動した際に中を開いたところ、わずかの遺品・調度だけだったそうです。落城の火災・爆発で遺体も発見できなかったと何かで読んだような気がします。尚、お市の方の墓も合祀されてここですが、菩提寺は江戸時代に近くの自性院になっています。
毎年、二人の亡くなった4/24には法要が行われていますし、市内では勝家の武者行列が行われています。残念なことに、震災の為、今年は武者行列は中止になってしまったそうです。

墓の横には北ノ庄城の堀から発見された礎石、勝家が愛用の梅の木があります。梅の木は戦災で焼けたのですが数日で後日発芽したそうで、現代に残っています。
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勝家・お市夫婦の遺品は数多くあったそうですが、第2次大戦の福井空襲により多くを失ってしまったそうです。それでもお墓の前にある資料館には全国でもここにしかない柴田勝家の馬印(金の御幣)・勝家寄進の宝刀・古文書・北ノ庄城の鬼瓦などが展示されています。1Fには勝家・お市の木座像が安置されています。
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駐車場は近くにありません。狭いけど境内に乗り入れできますので。

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旅行日 2011.4.9

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