法船寺 義猫塚

法泉寺は長町の武家屋敷とは道路を挟んだ向かい側にある中央通町にある浄土宗の寺院です。
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前に書いた板屋神社(板屋兵四郎)の記事で書いた金沢の町の大部分を焼き尽くした「寛永の大火」の火元がこの寺院の門前の町家でした。原因が放火であり、しかも犯人は武家であったということ、原因も町娘への横恋慕。
金沢の町を総なめにした大火には、当時の藩主・前田利常には二重三重のショックでした。
その後、金沢の復旧が急速に行われましたが、現在の金沢の町割りはこの時に確定したものです。
当時、2代将軍・徳川秀忠が病中で急速な町割りと復旧、更に金沢城の補修は幕府からの謀反の嫌疑を受け(寛永の危機)、嫡男・光高共々に江戸に参府して弁明に努め、辛くも嫌疑を晴らしています。
利常にとっては憎んでも余りある放火犯ということ、、、、極刑にしたと思われます。犯人がどう処分されたかは不明。
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ただこの場合には、管理・監視義務のある法船寺も大きな責任があったのですが、地所の返上に留まっています。これは当時の住職の母が前田利長の乳母ということが影響しているようです。利常は利長を最大の恩人として尊重した人物ですから。。(妾腹だった利常を、正妻に遠慮したと利家は6歳まで会おうともしませんでした。それを諫言し面会を実現したのが利長でした。更に子供がなかった利長は利常を養子として後継者としたのです。利常にとっては大事な兄であり、義理とはいえ父とも思う人物だったわけです。)

法泉寺は元々、尾張の犬山にあったものですが、前田家の移動と共に、越前府中・高岡守山・富山と場所の移動を共にしていました。前田家が金沢入城と共に金沢に移った際には五枚町(現在の片町、犀川大橋のたもと)に地所を与えられていました。寛永に入って、近辺の寺院は寺町に移されたのですが、法船寺だけは現在の地に移されていました。
大火の責任を取り地所を返上した70年後の元禄年間に堂宇を建立し再建されました。

この法船寺には、この大火とは別に、金沢に古くから残る童話伝承が残っています。それが「法船寺のねずみたいじ
法船寺に巣食った化けネズミを、法泉寺に貰われた猫とその猫に頼まれて応援に来た能登鹿島の猫の2匹が自らの命を犠牲にして、化けネズミを退治したというものです。
(童話に興味のある人はこちらをどうぞ → 法船寺のねずみたいじ

その2匹の猫の死骸は住職によって、住職伝来の墓所の前に墓標を立て、寺の恩人もとい恩猫として代々手厚く弔われています。童話を聞いて寺を訪れた人はついつい通り過ぎる人が多いようですが、寺代々の住職の墓所前に義猫塚がありますのでお見逃しなく。
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僕が小学校の頃、地元の童話伝承としてこの猫の話や「芋ほり藤五郎」「幽霊の飴買い」他、授業の合間に教えてもらいましたが、今はなかなかこういう機会が減り、話自体を知らない人も多いようです。金沢近郊では昔から知られたお話で舞台もあるのですが、こういった童話伝承は是非語り繋いで行って欲しいものです。

法船寺のある中央通町と長町2丁目は、江戸期は法船寺町と呼ばれていました。明治になって宝船寺町、宝船路町となっていました。旧町名復活が進められている金沢ですが、もしかしたら寺の名前が復活するかもしれません。ただ長町武家屋敷との兼ね合いもあるんで難しいかも。。
町名にもなっていたほど、金沢では由緒ある寺院です。入口は車一台がやっと通れるくらいですが、敷地に入ると境内が意外に大きいことがわかります。山門も小振りですが精緻な造りです。

本尊の一生単信之尊像(光明仏)は前田利家からの拝領品だそうですが、元々は奥州中尊寺にあったもので藤原秀衡の作仏でしたが、豊臣秀吉の奥州遠征の際の戦利品として利家に渡し持ち帰ったものだそうです。
また、薬師堂の一部は加賀騒動で有名な大槻伝蔵の屋敷の一部を移築したものだそうです。
なかなか見所の多い寺でもあります。
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旅行日 2013.06.27








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この記事へのコメント

  • go

    つとつとさん、こんにちは
    中央通りの法船寺は前を通っていても知らなかったのですが、随分由緒のあるお寺さんですね、前田家との関わりや化けネズミ退治の話を興味深く読ませていただきました。
    ネズミ退治の話は以前にラジオかテレビで知っていたのですが法船寺と結びついていませんでした。
    金沢には寺が多いですが一つ一つに創建からの由緒があるんでしょうね、またお話を聞かせて下さい。
    2013年08月21日 12:59
  • つとつと

    goさん
    なにせ入口が狭いので通り過ぎてしまうんですよね。
    ただ、武家屋敷が近いこともあって、墓所は旧武士階級のものが多いようです。
    金沢は火災が多かったので火元になって有名になったこの寺や、周りが燃えてそこだけ残った妙慶寺みたいな寺もあります。こちらは天狗伝説の民話伝承が残っています。金沢の寺院は各寺いろいろな由緒や伝承があって面白いし興味深いです。

    ネズミ退治はだいぶ前になるんですが、教育テレビで紙芝居的なお話が放送されています。その時は、猫同志の会話も入って興味深かったです。
    2013年08月25日 00:50

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