粟津温泉 おっしょべ公園

少し前にご紹介した「恋人の聖地」、石川県内には四カ所あるんですが、このブログでは三カ所目のご紹介になります。以前にご紹介しているのは…LOVE&BEACH/サンセットブリッジ内灘一里野温泉/白山温泉郷

恋人の聖地の趣旨・・・ NPO法人地域活性化支援センターでは「少子化対策と地域の活性化への貢献」をテーマとした『観光地域の広域連携』を目的に「恋人の聖地プロジェクト」を展開しています。
 恋人の聖地プロジェクトでは、2006年4月1日より、全国の観光地域の中からプロポーズにふさわしいロマンティックなスポットを「恋人の聖地」として選定し、地域の新たな魅力づくりと情報発信を図るとともに、地域間の連携による地域活性化を図っています。
 また、このプロジェクトでは「非婚化・未婚化の進行」を少子化問題のひとつとして捉え、日本全国で選定された100ヶ所を越える「恋人の聖地」とともに、フランスのモン・サン・ミッシェルをはじめ海外の著名な観光地にも参画いただき、各地域による様々な活動を通して若い人々のみならず地域社会に向けて「結婚」に対する明るい希望と空気の醸成を図るための活動をしています。(恋人の聖地HPから引用)


各地の恋人の聖地には全国的にも有名な観光スポットが幾つかありますが、石川県内の四カ所はマイナーな存在です。県民でも知らない人が多いかもしれません。
今回の「おっしょべ恋物語/粟津(あわづ)温泉」は粟津温泉郷の一番奥にある公園が中心地になります。他にも粟津市街にもモニュメントや記念碑があります。

石川県内には全国に名前を知られた温泉郷がありますが・・・
※能登・和倉(わくら)温泉・・・ホテル・旅館ランキングで毎回上位に入る加賀屋が知られています。宿泊者数は県内最大を誇っています。
※金沢・湯涌(ゆわく)温泉・・・江戸期は殿様湯、明治初頭は全国名泉の代表として世界鉱泉博覧会に出展されています。竹久夢二の逗留地として知られ、アニメ「花咲くいろは」のモデル地。
※能美・辰口(たつのくち)温泉・・・泉鏡花所縁の温泉。鏡花が子供の頃から訪れていた温泉地で、世話をした叔母が住んでいました。作家を志した初志の地で、小説の舞台にもなっています。
※加賀温泉・片山津(かたやまづ)温泉・・・柴山潟の湖中が源泉。北陸一といわれた歓楽温泉。
※加賀温泉・山代(やましろ)温泉・・・昭和期は県内最大の温泉街。粟津と並んで歴史が古く、重文の明覚上人供養碑、再興九谷の窯跡、魯山人の寓居跡など歴史的スポットも多いところ。
※加賀温泉・山中(やまなか)温泉・・・奥の細道途上で松尾芭蕉一行が長逗留して別れた温泉郷。湯煙街道としてコオロギ橋やあやとり橋で知られています。山中節も有名。

この他にも志賀(しか)温泉や白山・中宮(ちゅうぐう)温泉・白峰(しらみね)温泉など他にも個性的な大小の温泉郷が多いのが特徴的な県でもあります。
そのたくさんの温泉の中で開湯の歴史が一番古いのが粟津温泉になります。旅館・法師は過去には世界最古の温泉旅館とギネスに登録されていました。現在は慶雲館(西山温泉705年)、千年の湯・古まん(城崎温泉717年)についで第三位。

古い歴史の温泉郷のため、前述の法師や喜多八、辻のや、といった老舗旅館がありますが、懐石・蟹料理で知られている「旅亭懐石のとや」から左手に山を見ながら進むと粟津の一番奥地に「おっしょべ公園」があります。観光コースとしては、のとやの脇を登った大王寺・粟津白山神社から山道を経由して公園に降りるのがオーソドックスですが、今回は車を公園にある粟津町会館に停めるために、直接公園から逆に歩くつもりでしたから。。。
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実は帰り道でしたが、のとやから道を歩いていると、大女将と若女将の御出勤に出くわしました。ついつい、頭を下げて「こんにちは」顔がにやけていたかも^^;。。画像は若女将の後ろ姿、綺麗だったなあ(そうそう、加賀温泉郷の女将さん達はレディー・ガガをモジってレディーカガと呼ばれています
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おっしょべ公園への道は昔懐かしいような寂れた道。。ちょっとモダンな造りの空き家には懐かしい看板が@@ 3枚とも大塚製薬さん@@
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アース渦巻き線香・・・由美かおるさん @@わ、若い~~ 西野バレエ団では一番輝いてた@@子どもの頃、憧れのお姉さんだったなあ、、網タイツもこの人から、歳と共に綺麗になっていく女性 今でも好きだけど、、西村黄門の頃のかげろうお銀さんは秀逸
オロナミンC・・・大村崑(眼鏡といえばこの人が代名詞) ハイアース・・・水原ひろし 黒い花びら♪ レコ大初受賞曲はこの曲。 う~~ 歳が知れる情報かな

養老元年(717年)白山を開山した泰澄上人。とにかく北陸道を中心に近江・飛騨・美濃・北信濃の多くの山が、開山はほとんどこの人の名前が出てくるし、十一面観音あるところ泰澄の名が出る「越の大徳」と呼ばれた人物です。諸説多くありますが伝越前国麻生津(現・福井市三十八社町が有力?)豪族の次男として生まれ、14歳で出家、僧名は法澄(ほうちょう?)、20歳で国家鎮護法師に任命されて白山仏神信仰の初拠点・豊原寺(現・坂井市丸岡町)を創建、白山を開山したのは35歳の時、40歳・元正天皇の病気平癒(神融禅師称号)、60歳・疱瘡鎮撫収束の功で大僧正位(正一位)。実はこの大僧正になった時に称徳天皇から同時に与えられた名が泰澄になります。86歳で逝去。この人物は謎が多いのですが、他地区の人には伝承も多い割には知られていないんですねえ。山岳修験の祖とされる役小角との係わりも深いですし。。ただ、ここでは長くなるのでまたの機会に。。
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白山開山の翌年(養老2年(718年))
になりますが、白山を下山した泰澄(当時の名は法澄)が、丸岡の豊原寺への帰途に、白山大権現の霊夢を観たことから発見・開湯したのが粟津温泉の始まりとされています。白山の山並みに抱かれ、純度の高い芒硝泉(ナトリウム泉)として滋養強壮・病気療養・解毒作用に効くと云うことで古くから栄えた温泉地となっていました。

バブル以降は低迷していましたが、近年は歴史的古湯、前述の恋人の聖地として徐々に人気が復活して来ています。来年は記念すべき開湯1300年。この絶好のチャンスをどう生かすか、粟津温泉は注目株ですねえ^^
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公園の入り口は立派な石標がありますが、前面はだだっ広い広場に遊具がちょろっとある程度です。元は粟津温泉緑地と呼ばれていたんですが、恋人の聖地申請と共に奥の方を整備して、名を「おっしょべ公園」と改めたようです。奥の方に行くと庭園のような泉水が観られます。池は大きいですが名前は逆の「おちょぼ池」。春にはギフチョウ(岐阜蝶)が観られるそうです。そういえば、早春の寒い時に来たことがあるけど、温かい春本番に来たことがない。。
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大きな池の脇道を進むと、おっしょべ滝があります。後述になりますが、カップルとなった竹松とお末が待ち合わせ、デートを重ねた滝と云われています。恋人の聖地のメインスポット。
滝の両側に粟津町会が建立した不空羂索観音愛染明王像があります。観音様と明王様が愛の確認者というわけですね。
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ちなみに不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)は四本の腕を持つ観音様で、すべての人を救いとる羂索(綱・縄)を持っていて、四摂法(布施・愛語・利行・同事)の綱を張り、索(釣り糸)ですくいとって、他者・相手への心がけを通じて相互の喜びに導くとされています。不空は「むなしからず」の意味。
愛染明王(あいぜんみょうおう)は怖い顔をしていますが、弓と矢を持つ仏教界のキューピット。背面の炎は愛情の赤の炎。弓矢はもちろん愛の弓矢で人を射止めたり。。愛と情欲の明王として、弓矢で欲望を断つ役目も持っています。





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更に先に進むと斜面に芝生にコンクリートのモニュメントと東屋、更に奥に進むと一番高い位置にレンガ造りのガゼポ風の鐘の塔が、窓にはステンドグラスが散りばめられています。幸せの鐘、二人で鳴らしましょうね^^一人で来た僕はスル~~ 後で知りましたが、この鐘は1回鳴らすと「恋が見つかる。」3回鳴らすと「愛が深まる」5回鳴らすと「あの頃の想いが蘇る」なんだそうです。あちゃ><鳴らすべきだったか。。二人の時は3回ね。。
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芝生上のコンクリートアーチには粟津温泉の名所や伝承などが記されています。恋人の聖地の元となった「お末・竹松の恋物語」も記されています。ここに引用させていただきます。

恋人の聖地の元となったおっしょべ恋物語の謂れについて・・・お末・竹松の恋物語

むかしむかし、今から四百年ばかり前のことです。粟津温泉の宿屋にお末が奉公しておりました。

年の頃は十六、七、瞳は黒く、頬はリンゴのように赤く、愛くるしい顔立ちでありました。
ある日のこと、向かいの宿屋に奉公している竹松を見染めました。

竹松は色浅黒く、凛凛しい面構え、いつも黙々と働いています。

或る雨の降る宵、彼女は切ない装いを胸に抱いて窓にもたれていると、竹松の横顔が夜空にボウと浮かぶのです。彼女はたまらなくなって、行燈の火を消し、下へ降りて行きました。
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竹松の宿屋の玄関脇に大きな松の木があります。

お末はその松の木によじ登り、竹松の部屋を目指して、屋根の上を猫のように這っていきました。

ところが雨に湿った木羽板を踏みしめたお末は、あっという間に軒下の草むらへ滑り落ちました。

物音に驚いた人々が雪洞(ぼんぼり)で照らしてみると、あの可愛いお末が腰をひどく打って倒れているのです。翌日、お末の大冒険は粟津の湯の町に広がりました。

事の次第を悟った竹松は、お末を駕籠に乗せて、粟津から二里ほど離れた故郷の江指まで連れて行きました。

あくる四月、お末と竹松は、めでたく結ばれました。

★おっしょべ祭りの「おっしょべ」は、お末ベー(お末べえ)が訛ったものです。 

「北陸・あわづ百科 温泉草子」より


このお話は江戸初期のものと云われています。結ばれた二人はその後も粟津に努めて、仕事終わりや休日には町内を二人で歩いては愛を育んでいたようです。粟津の人たちにも、お末の冒険談と共に笑いと暖かい眼で観られていたようです。ちなみに竹松の実家の江指は、粟津から7.8キロ北東に行ったところで、大杉谷川と郷谷川の合流点の西側になります。

白山の神様は菊理媛(くくりひめ)、黄泉平坂(よもつひらさか)で伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)夫婦が言い争った場面に現れて仲裁に入った女神。そんな縁結びの権化のような女神のお膝元のお国柄。恋の伝承ではとっても珍しいハッピーエンド。江戸期を通じてこの伝承は受け継がれ、話に因んだおっしょべ節が作られ、おっしょべ祭りも開催されています。H30は8/23~8/25の三日間開催予定です。踊りの夕べは中日です。
開湯1300年の記念年、いつもより盛大な祭りになりそうですねえ^^
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斜面左手には小道の登山道(祈りの小径)がありますが、古くから西国三十三観音像が配された小道です。また泰澄上人所縁の岳山の登山道にもなります。次回はこの道を、、、、

旅行日 2017.11.09






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この記事へのコメント

  • tor

    「おっしょべ」ってどういう意味の方言?なのかなと思いながら読み進みました。お末さんの恋の大冒険だったのですね。なるほど「恋人の聖地」。なつかしいホーロー看板。最近あまり見かけなくなりました。わが家の近くにも有ったのですが地震で解体されてしまいました。看板のある建物は空家なのですか。保存されているのでしょうか?歴史ある温泉の趣を感じますね。
    2017年11月18日 21:27
  • yasuhiko

    「恋人の聖地」運動は、少子化対策の
    プロジェクトでもあるんですか。
    何か時代を感じさせるものがありますね。
    考えさせられます。アース渦巻のレトロな看板、
    最近どこかで見かけました。場所は忘れたけれど、
    今も美しい彼女、この看板は目を惹きますね。
    歴史ある温泉が、これを機会に広く
    世間に知られるようになるといいと思います。
    2017年11月18日 23:21
  • 家ニスタ

    加賀・能登には温泉がたくさんありますよね。
    和倉温泉は行ったことあります。
    粟津温泉は残念ながら行ったことがありません。
    恋人のいない僕は、鐘を一回鳴らせばいいのでしょうか?
    でも回りがカップルばっかりだったら、一人で来たらよけいわびしくなりそうですね。
    2017年11月19日 12:38
  • がにちゃん

    恋人の聖地 愛染明王様の前で誓う愛は・・・永遠の愛になりそうですね
    旦那のいる身で撞く鐘は数は5回 思い出しましょう
    あっ! 恋人岬で撞いた鐘 2回やった 同なる? 
    2017年11月19日 16:37
  • イータン

    こんばんは~

    東北の温泉憧れますね~
    イータンは北は秋田の「男鹿半島」の温泉迄です
    昔 和倉温泉を舞台にしたドラマを見て行ってみたいと思ったものだした(笑)
    「おしょべ」のようなレトロな街並み とっても貴重ですね。
    あの街並みに琺瑯看板は最高ですよね。
    2017年11月19日 20:17
  • つとつと

    torさん
    まさか、人の名前が訛ったとは思わないですよね^^;女の子に「べえ」を愛称としてつけていたんですねえ^^
    粟津温泉から東に行くと苔の里、荒俣峡や赤瀬など昔の風景が美しい里山の場所です。なかなか良い場所ですよ^^
    この建物は保存はされていませんが、通りの中でも昔の雰囲気を感じさせるものです。昔、店舗や事務所に使用されていたようです。
    2017年11月20日 12:51
  • つとつと

    yasuhikoさん
    そうなんですよ^^近年、結婚が晩婚化したおかげで、当然デート場所やプロポーズの場所も限定されて来ていますから、地域観光の復活と絡めた感じです。面白いのは意外に人のいない場所やちょっと離れた場所が多いんですよ^^
    大塚製薬の看板は昔はどこに行っても見かけましたが、今はたまに見かける程度ですが、それでもけっこう残っています。ちょうど僕の小学校高学年から中学にかけてなんですが、一番なじみが深い看板ですねえ^^
    粟津温泉も来年の1300年祭が良い方向になるといいですねえ。。同じ加賀温泉郷は歓楽的なものがめだったんですが、山中や粟津のような景観と歴史の温泉郷もこれからは旅に向いてると思います。
    2017年11月20日 13:01
  • つとつと

    家ニスタさん
    やはり、今は和倉温泉が石川では突出した人気がありますねえ^^
    昭和は加賀温泉郷が人気でした。。ただ当時は男の遊びが前に出過ぎていましたからねえ^^;温泉郷も今は試行錯誤の時代のようです。
    若い独りの時は1回が正解かなと思いますねえ^^近頃、この幸せの鐘はあっちこっちで観ますが、鳴らすと大きな音がするのが多くてちょっと勇気がいりますねえ^^;
    僕みたい妻帯者は1回だと問題があるんで、二人で3回、一人で5回ですかねえ^^
    2017年11月20日 13:13
  • つとつと

    がにちゃんさん
    愛染明王の前ですからねえ、裏切ったらとっても怖い明王様ですから、キューピットみたいに別れるだけじゃすみません。。ブルブル><
    さあ、2回は聞いてませんねえ^^;でも二人で5回じゃなくて3回でしょう。がにちゃんさんちは二人で散歩するくらいなんだから。。僕んちの方が5回かなあ^^;
    まあ、相手に勘繰られない数にしましょうねえ^^/
    2017年11月20日 13:19
  • つとつと

    イータンさん
    云われてみると、東北の温泉にはあまり行ってないんですが、山の方がいいかなあ。。
    僕も歳をとったせいでしょうか、温泉に行くとつい散策したくなるんですねえ^^若い頃は部屋と風呂の往復でしたが、今は周りの散策が大事になってきました。
    のんびり温泉旅がしたいなあ^^
    そうそう、イータンさんのブログのベストとチョッキの違い、能登國総社のコメント欄に書いときました^^また見ておいてください・
    2017年11月20日 13:31
  • イータン

    こんばんは~

    ヴェスト&チョッキの違いについて詳細かつ丁寧なコメントをありがとうございました。
    要約するに チョッキは日本語由来からきてヴェストは海外フランス宮廷が発祥 日本でのチョッキという取り方と海外のベヴェスト王朝貴族から入ってきたものでミックスされた呼び方なのですね。
    生地にもこだわりがあるなんて知るよしもありませんでした。
    ご親切回答 ありがとうございました。
    2017年11月21日 21:06
  • つとつと

    イータンさん
    そうです。あくまで、僕のはメンズの知識ですが。元はジレの方が先で、アウターとしてヴェストが出てきたというのがメンズのヴェスト・チョッキの種別です。
    豆知識ついでに、三銃士・四銃士の映画などを観ると、シャツのみやシャツ+ジレは自分の部屋か、女性と二人の逢引の部屋の中だけです。公の姿はジャケット着用。シャツやジレは肌着扱いだったんです。それでは動きづらいんで、表と裏が同じ生地のヴェストが考え出されたんです。特に肌寒いイギリスで発展したそうで、ここで英語のベストになったそうです。ついでにシャツのみで着るのを考えたのがボタンダウンシャツ。元はポロ競技のシャツから考え出されて発展したんですが、とくにアメリカで発展したものです。アイビールックとかがそうです。ただ、アウターとして外で着るというコンセプトから出来ているんで、室内で商談や会談の時にはスーツの下に着るのは禁物とされているんですよ。
    2017年11月22日 08:56

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