河北潟野鳥観察舎

石川県運転免許センター先月のお話になりますが、嫁さんの免許更新があって免許センターまで送り迎えすることに、、嫁さん、近場の買い物とかは車も運転するのですが、石川の道は狭いし解り難いからヤダ、キライといって片道5キロ圏内しか運転しない。おかげで遠出の買い物なんかは僕がお抱え運転手。おかげで金沢の北端にある運転免許センターには毎度、僕が送り迎えしているのです。 まあ、おかげで僕とは大違いで、ゴールド免許で小一時間の免許更新で済むのですが、、、どうせ僕なんて、半日かかる青い免許ですからね。来月、また来ます。。あ~~あ、あの時、覆面さえ抜かなければ。。🚓 その小一時間の待ち時間、免許センターにも食堂はあるんですが、どうも落ち着かないんですね、、その辺はブルーのトラウマですかねパンと飲み物買ってどこかで食べようかなと。。周辺をうろうろ。。駐車場も味気ないしなあ。。思いついたのは野鳥観察舎、、河北潟を眺めながらもいいなあと。。しばらくぶりに天気もいいし。。このあたりは河北潟の半島のような場所で水辺もばっちり 河北潟野鳥観察舎 石川県には県営野鳥観察舎としては、舳倉島(へぐらじま)・珠洲市三崎・七尾西湾・河北潟・県民海浜公園・ノミレイク河内(手取川第三ダム)・加賀市鴨池と大小の観察小屋を持つ施設があります。そういえば、いずれも何度か立ち寄…

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味知郷神社

久しぶりに町の神社です。白山市の福留地区の鎮守社で味知郷(みちごう)神社。   味知郷神社南脇参道・社標 石川県神社庁案内 味知郷神社(みちごうじんじゃ)御祭神 経津主(ふつぬし)神・天児屋根(あめのこやね)命・比咩(ひめ、比売)大神・白山比咩(はくさんひめ)神・天照(あまてらす)皇大神・武甕槌(たけみかづち)神鎮座地 白山市福留町1 氏子区域 白山市福新町・福留町・福留南 由緒 創立の年代不詳 初め福留白山神社と号したが明治40年神明社、春日社、白山社を合祀し味知郷神社と改める。境内地は843坪周囲小高く中央が低く稀なる地形をなしている。       上:表参道 右表参道 鳥居扁額歴史や由緒を細々と書く石川県の神社庁ですが、いたって簡略な案内文です。味知郷神社の氏子区域となる福新町・福留町・福留町は旧松任市の南の国道8号線沿い、平野部のど真ん中になります。神社の西にある南北の道は松任宿から水島の手取川の渡し場に向かう北国街道になります。往時は田園と平坦な交通路になっていました。北土塁上の旧神明社跡碑創基は不明ながら江戸期以前から存在したようで、江戸期には手取川北岸の平野部の味知郷・山島組42村の総鎮守だったと地元には伝わっています。明治以降は福留地区の産土神として福留白山神社(白山比咩神)。明治40年(1907年)に近在の春日社(経津主神・天児屋根命・比咩(比売)大神・武甕槌神)、北土塁上の神明社(天照皇大神)を合祀して味知郷神社と改めています。上:北脇参道 神橋 左右に土塁が見られます。…

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小舞子海岸

以前に歴史の道百選で批判的な記事を書いてしまいましたが、国内には多くの百選が存在しています。国・県・協議会・業界団体・選定委員会・組合・個人様々な百選が存在していて、有名・無名を含めて100や200では効かないかもしれません。とはいえ、この百選は各地から選定されていて、観光はもちろん僕のようなスポットマニアには目安の一つになっています。ただその後の開発や荒廃で首を傾げるものも出てきてしまいますが。。 今回、ご紹介するのは「日本の渚百選」。海の日(7月第三月曜)の祭日制定を記念して選定されたもので、平成8年(1996年)に農林省・自治体関連の選定委員会の選定したものです。日本は島国のおかげで多くの海岸線や渚が存在します。また狭い国土に水を生成する山々を抱え河川や湖も多く存在し、滋賀県や長野県からも選定されています。百選には地元以外には知られていないものも多くあり、再発見・評価には寄与しています。 ⇒ 日本の渚百選(日本の森・滝・渚全国協議会HP) 石川県は西側に長い海岸線と、日本海に突き出した能登半島、富山湾の西側を構成するように海に囲まれた県になります。おかげで越前海岸から続く奇岩や断崖と合間の砂浜が点在すると長い松林と砂浜の加賀海岸、きめの細かい砂浜、リアス式海岸の能登の海岸、七尾湾のような静かな海辺、富山湾の西海辺と様々な海岸線があります。海岸線の特徴的な種類の多さは国内でも突出すると思います。ところが昭和・平成初期の観光誘致の下手な石川県はあまり海岸線を発信していないせいか、お隣り福井県…

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金谷出丸 南面

尾山神社は金沢城の金谷出丸の地に創建されたものです。 金沢城は北の浅野川、南の犀川に囲まれ、東の小立野台地と自然の要害地に囲まれた城郭でした。特に搦め手の東は小立野台地の東端の千歳台(現・兼六園)とは大きな段丘の落差に百万石掘(白鳥堀)という最大幅・深度の堀が配されていました。南は台地の断崖に石垣と宮守堀(いもりぼり、復元堀は往時の半分幅)と二重の大障碍を設けていました。また大手(尾坂口)となる北側は城外よりも城の方が高台になり大手堀と百万石堀に匹敵する堀及び三の丸・二の丸と幾重の障碍が配されていました。尾山神社西神門よりところが堀は配されているものの西側は高低差が少なく、攻城軍の主力が配されるであろう平地が多い西側は、金沢城最大の弱点地とも云えました。城方の前線基地となる出丸が必要となり設けられたのが金谷出丸でした。江戸初期には金谷出丸の南(現在の広坂合同庁舎)にも外出丸があったと云われています。 延宝年間(1673~1681年)の詳細な金沢城図が残されています。              ⇒ 金沢城図(奥村家鎧袋内・箱入)(玉川図書館蔵)上が南、下が北、左が東で右が西になります。是非クリックしてみてください金沢城図は城構造や建造物を詳細記入、彩色した精緻な図絵で建物名称・主要室名も記し、辰巳用水から城内への通水水樋の埋設経路更に幹支線に渡り書かれたものです。ここまでの詳細図は珍しく、本来藩主格の持ち物で機密重要書類と想像されます。初期の金谷御殿が描かれているために加筆あるいは18世紀半ばと…

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尾山神社遥拝所と雑話

実は前回のブログに続け書きをしてたんですが、あまりに長く煩雑なものになったので、別枠の雑話ということで。。。 気分が悪くなるような宗教話や批判ばかりが目立つと思うんで、、、、ご容赦を。。。 右:遥拝所入り口石段横 関口光生記念標 従三位神田孝一謹書 とありますが、僕には不明。。横に顕彰碑がありましたが、時間もなく、摩耗で真剣に読めませんでした。。下:遥拝所入り口 ここから神苑の背景の裏山を巡れます。 次回に回そうかとも考えていたんですが、神苑の背景となる出丸南面の山林の山は明治以降には通路が造られて、歩けるようになっています。南西面にある神輿庫前にある顕彰碑横の石段から登れます。入り口に遥拝所の標柱があり、それが目印。遥拝所 伊勢神宮の方向に向けています。尾山神社では春分・秋分の日をメインに遥拝所での遥拝が行われているそうです。 ここからの文章は個人的意見ですから、宗教話や神道支持派など反発を感じる方はパスしてください。。 遥拝所は山岳信仰として山を神体として拝む場所になるものと、今回のような伊勢神宮などを拝むものがあります。神社や仏閣を巡ることが多い僕は、たまにこういう遥拝所を観ることが有るんですが、前者の山岳信仰の遥拝所は良しとして、伊勢神宮に向けた遥拝所は存在自体が国家神道の押しつけのようであまり好きではありません。 そもそも今回の尾山神社にしても、先に何度も書いたように尾山神社創建時の神様は加賀藩祖・前田利家個人だと理解されていると思います。ところがそんな個人の神社で伊勢神宮…

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尾山神社④ 神苑

神苑東側から 手前の飛び石が沢渡り、女性が渡っているのが八ッ橋、右手には水上に藤棚が配され、左手は琵琶島で奥に図月橋、図月橋の向こう岸は鳥兜島 尾山神社の南面に広がるのが神苑になります。10年程前は神仙苑と呼んでいたのですが、今は神苑と統一したようです。別名は和楽器の庭。明治になって尾山神社が創建されると、それまで荒廃した庭園に大きく手を入れて整備し直しています。⇒ 2009.07.29 尾山神社 神仙苑上:西丘陵から 右:南丘陵から神仙苑は元々は金谷御殿庭園となっていました。その創始ははっきりしませんが、以前までは池泉の存在と小堀遠州作と伝わったことから1620年頃と推定されていました。ただこの推定の問題点はまだ戦国の風が残った時代に出丸の地に御殿はまだなく、庭園だけを造るかという疑問が湧いてしまいます。18世紀初頭には庭園が作庭されたのは確かでしょうが、個人的には現在の泉水を配した庭園は前田斉泰が金谷御殿を大きく増築したころ文化15年(1844年)以降に整備したのではと思っています。辰巳用水導水管現在の神苑の池水は地下水を利用していますが、金谷御殿庭園時代は金沢城から辰巳用水の水を通水していました。この通水には兼六園霞ヶ池から金沢城内に通水した方式と同じ逆サイフォンが採用されていました。文化15年(1844年)に導水管が木管から、庄川上流の金屋石の石管に変えられています。この時に泉水や滝が配されたと思われます。神苑 響遠瀑 水が勢いよく流されてる時もあるらしいんですが、僕は未体験、観られたらラ…

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