石川県消防学校 ~ 河北潟野鳥観察舎

以前、紹介したことがある石川県消防学校
年に1.2回ですが、仕事がらみで訪れるのですが、いつも事務室どまり。。さすがに消防・防災関係者じゃないと、なかなか奥まで入る機会はありません。ですが玄関やロビーには消防車や纏や装束などが展示されています。
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前回はあまり画像を紹介できなかったので、今回は続きということで、、、、興味深い展示物があるので機会が在ったら立ち寄ってみることをお勧めします。ただし、校内は日中は授業や訓練が行われていますから静かに見学しましょう。

石川県消防学校は沿革によると、昭和31年(1956年)石川郡松任町(現・白山市松任地内)に石川県消防訓練所が設置され昭和35年に「石川県消防学校」と改称したのが始まりです。昭和38年に金沢市畝田町(うねだまち)に移転、昭和57年に現在の金沢市東蚊爪町(ひがしかがつめまち)の校舎に移り、平成に入って屋内訓練場やグラウンドに丙ポートが新設されて現在に至っています。
石川県内の消防人材の育成を担っていて、市町村で採用された消防職員は全寮制で缶詰教育で今年も62名が巣立っています。、更に県内の消防団員の専科・幹部教育、地域自衛消防団、少年消防クラブ、他の団体の一日入校学習なども行っています。
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展示品は多くはありませんが、玄関脇には昭和期の消防車、ホール内には明治から昭和まで使用された手動ポンプ車、耐火服・消火器など消火道具の展示があります。更に消防、防災の紹介も行われています。








また、加賀八家の定火消しの装束や昭和期の消防士の制服など歴史的なものがあります。生地のごつさや重量感がガラス越しに観られます。加賀八家と云えば、八家筆頭の本多家の家宝を紹介する本多蔵品館には当主夫妻の火消し装束が展示されています。華やかな色遣いで一見の価値ありです。本多蔵品館は現在リニューアル工事中で現在休館中、4月に旧歴史博物館3号棟に「加賀本多博物館」として開館するそうです。⇒本多蔵品館のHP
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内庭には今では珍しくなった半鐘付の火の見櫓も観られます。
この火の見櫓は、金沢市街北部の浅野本町で使われたもので、説明パネルには打ち方も説明されています。
火の見櫓と云えば、現代はビルの上に展望台へと姿を変えていますが、まだまだその姿をいくつか残しています。
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その中には、現役もいれば役目を終えて展示物になっている物もいますが、全国には国登録有形文化財に指定されている物が5基あるそうです。その内の1基が金沢にもあります。同じく有形文化財の橋場と東山をつなぐ浅野川大橋の東山側の橋詰にある火の見櫓がそうです。大正13年(1924年)に建てられたもので、建設当時は23mだったのですが、昭和46年、老朽化で上部を切って現在の約10mほどの高さになっています。三角形状の特徴的な物になっています。
ちなみに国登録有形文化財に指定されている火の見櫓は、浅野川大橋詰め火の見櫓の他には、一部老朽化はありますが金沢と違って完品になっています。
※岐阜県各務原市 前野町の火の見櫓   昭和12年製 現役
※岐阜県高山市   山桜神社の火の見櫓  昭和7年製
※京都市伏見区  竹田の火の見櫓     大正12年製
※岡山市北区     京橋の火の見櫓 大正13年製
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対岸の橋場側の橋場町緑地に、後述の金沢藩が消防組織編成した際に建てた火の見櫓が、1/3サイズですが復元されています。機会が在ったら立ち寄って観て下さい。
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石川県の消防の歴史は加賀鳶を語ることが外せません。享保2年(1717年)、江戸では幕府から各大名に対して防火隊編成を命じています。この際に加賀藩屋敷では士分火消隊と江戸で雇い入れた者を選抜した傭夫隊を組織し、防火・鎮火に当てました。この傭夫隊(義勇隊)が加賀鳶の始まりになります。
大火の多かった金沢での組織編成を江戸に持って行ったようですが、加賀鳶は小頭4名・まとい持ち4名・鳶者40名を2隊に分けていました。
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明治維新後の明治2年(1869年)加賀藩から金沢藩に移行、消防制度の改編で加賀鳶は金沢に呼ばれます。
明治4年、廃藩置県により加賀鳶は解雇され、多くが江戸に戻っています。しかし、この2年間で加賀鳶の手押しポンプ、鳶梯子が金沢に伝統として残り義勇消防団が組織されています。現在も直立した梯子の上で演じる姿は加賀鳶の伝統が息づいています。ちなみに先述した橋場町の復元火の見櫓の原型となる「金沢三火の見櫓」と呼ばれ、この2年の間に作られたものです。
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消防学校から右手にヘリポートを観ながら本通に出ると「河北潟野鳥観察舎」の小さな看板があります。脇道を入って行くと木造櫓組みの高床式の建物が目に入ってきます。簡易ですが周りの草木に同化して趣があります。
この観察舎は、県内にある七つの野鳥観察舎の一つです。ちなみに七つの観察舎は舳倉島・河北潟・県民海浜公園(金沢市普正寺町)・七尾西湾(田鶴浜・三引川河口)・河内(ノミレイク・手取川第3ダム)・片野鴨池・珠洲(珠洲市三崎町)になります。
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河北潟は往時は国内8位の大きさの湖でしたが、干拓によって現在は1/3になっています。しかし干拓地は農業・酪農業に限定されていて野鳥が多く訪れる場所になっています。
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この観察舎は河北潟から流れ出る大野川の河口に建てられていて、眺望も良い場所にあります。
特に秋冬場に来ると、野鳥の姿が多く観られます。写真を撮ったのは夏場の暑い日中で野鳥たちは草地や木陰でお休み中。。木が揺れていることは解るんですが姿は見えずでした。。。
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奥まった場所で解り難い場所なので、訪問したり観察する人は少ないようですが、野鳥観察にはうってつけの場所なのは確かです。でも野鳥撮影には望遠が必需です。
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旅行日 2012.07.23(石川県消防学校・河北潟野鳥観察舎) 2013.07.29(石川県消防学校) 2015.02.03(浅野川大橋)

消防学校

河北潟野鳥観察舎

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