庄川水記念公園① 庄川水資料館~鯉宮神宮

久しぶりに家族全員が休みで、みんなでドライブに出かけました。久しぶりだなあ~~
だいぶ前なんですが、ニュースを観ていたら、面白いのをやっていたので、しっかり記憶しているうちにということで庄川水公園にやってきました。北陸の年配の人には鮎の里がある所と云えば、知っている人も多いかも。ニュースってなんだ チャハ 後のお楽しみに ナ~ンだと云われそうですが
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まずは、混む駐車場を避けて庄川水資料館の駐車場に車を停めまして、庄川水資料館(アクアなないろ館)を見学(入場料210円)。ちょうど、資料館では地元陶芸家・木村恭子さんの個展「スリップウェアと三島」もやっていました。僕は陶芸品に関してはとても疎いんですが観るのは好き。嫁さんは食器関係は観たり集めたりでシゲシゲ
個展の記念に箸置き3個を貰って、嫁さんは長距離ドライブに嫌な顔してたのが一発でご機嫌アップ
う~む。。。なんでも、貰っちゃうと喜んじゃう我が家族
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個展は皿類が多かったんですが、スリップウェアと三島手という技法のようです。説明書きを読んでみると、、、

スリップウェア・・・うつわの素地をクリーム状の化粧土で装飾して焼成した陶器のこと。イギリスで17~18世紀にかけて作られたものは、鉛の硫化物を含むがレナ釉をかけ、1000度ぐらいの低火度で一回焼成されていた。
産業革命以降作られなくなった存在をイギリスの陶芸家バーナード・リーチや富本憲吉、濱田庄司といった民芸運動の先駆者たちが、その素晴らしさと共に世に知らしめたことが日本でも注目を浴びるきっかけとなった。
その特徴は、手描きで素地に描く模様の独特な風合いにある。時に作り手の息づかいまでも感じられる温かみや存在感がある。(芸術新潮2004年4月より)


正直、陶芸にはど素人以下の僕としてはこれを読んでも、なんのこっちゃって感じなんですが、、、
元々は古代から世界各地で作成されていたようですが、17世紀のイギリスで釉薬を組み合わせた、現在の復刻された形になったようです。
三島焼はスリップウェアの源流の一つ・朝鮮半島の李朝朝鮮の初期に焼かれていた粉青・粉青沙器であり、日本に伝わって三島焼と呼ばれているそうです。ベース(胎土)は薄鼠色、灰茶色、釉薬の間に白土を入れて紋様を刷毛や線刻で出して焼成したもので、素人の僕には似たような物に見えてしまいます。


庄川水資料館では、庄川の歴史と河川利用の変遷がジオラマや模型、流木の道具などが常設展示されています。
越前と飛騨のの国境付近の大日ヶ岳を源にして、ひるが野の分水嶺から美濃を経由して太平洋に流れる長良川。反対方向の飛騨・越中の高山地帯を経由して砺波平野に出て日本海に流れているのが庄川です。
北陸を代表する河川としては加賀の手取川、越前の九頭竜川にも云えることですが、越中を代表する川には庄川・神通川・常願寺川・黒部川が挙げられますが、共通するのは源を飛騨山脈・北アルプスの高山地帯を源にして山岳地帯を経由して自前の扇状地を造り日本海に流れ出ています。高山地帯から一気に流れ落ちるように流出するために、河川の平均斜度は全国有数の急角度になります。
庄川もその例にもれず、急角度で流れる急流で暴れ川として知られ、本流の流れも現在の位置に確定したのは昭和に入って御母衣・小牧ダムなどの河川防堤や水量調整が出来てからだそうです。

流れが変わるほどの水災をもたらす半面、軟弱地ではありますが散居村で有名な米穀地帯の砺波平野を造り、江戸時代の二万七千石堰など豊富な水量を引き込むことによって用水路が張り巡らされ、農業水や飲料水という生活必需に貢献もしています。
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更に急流を利用して行われていたのが流木作業でした。飛騨・越中はは山岳地帯ですが豊富な木材産地でもあります。切出された木材の運搬は非常に危険ですが、大量運搬が難しいものがあります。このため伐り出された木材を急流を利用して平野まで流して運ぶ流木作業が庄川では盛んに行われていました。前述の二万七千石の堰経由の用水路からの取込もその一つでした。
資料館ではこの流木作業の展示が8割方を占めています。資料館のある井波では流木作業の恩恵によって林業はもちろん、全国の寺社仏閣に施される彫刻、欄間・獅子頭・木像彫刻、お盆や椀等の木挽きが発展しています。
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しかし庄川の防堤やダム事業(発電・水量調整)による小牧ダム建設によって流木作業に支障をきたして、大正・昭和にかけて加越線ポイント事件に始まる「庄川労働争議」など大きな問題となりました。昭和4年、8年の流木権と補償が認められたとはいえ、その前後の外的要因で流木事業は衰退を余儀なくされ。。陸上輸送へと移って行きます。
労働争議の庄川停滞期に百万円道路(現在は御母衣ダムのダム湖に沈んでいます)の敷設などで流通ルートが大きく変わったことや小牧ダムの貯木場のシステムの不便さが大きかったと云えます。
ちなみに、木材の陸上輸送はダムなどの資材輸送がメインだった加越線の廃線でトラック輸送が主流になりました。このため、富山、特に砺波地方には多数の木材運送業者が乱立しました。その後、昭和18年(1943年)に砺波地区の14社が合併して誕生したのが現在の物流大手のトナミ運輸になります。
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水資料館を出るとお隣りは「松村外次郎記念庄川美術館」。
松村外次郎は二紀会名誉会員で昭和期を通して多数の作品を残し日本彫刻界の長老と呼ばれた人物です。
作風には抽象的な物も多いですが、東洋古典や宗教観の作品が多くあります。今回は美術館内は入りませんでしたが、園内の彫刻は観て廻りました。けっこう重厚感のあるものが目立ちます。
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資料館や美術館も含まれるんですが、岩山と滝を模した庭園を降りると庄川水公園のお土産処のウッドプラザに行けます。ここには伝統工芸のろくろの製品や柚子の地元特産品が販売されています。先日、台所でバターナイフを足の指に落としてザックリ切って2週間も医者通いした娘に懲りて、木製ナイフとスプーンを購入の嫁さん
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プラザの前には足湯があってろくろ小屋の大きな水車を観ながらゆったり出来ます、、、あ~~極楽、極楽、、、運転疲れの足に心地いいなあ~~日曜に行くと、この足湯にはチューリップの花湯に成ったり、りんごが入れられてりんご湯に成ったりしているそうです。この日は土曜なので何にもなし。。。



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公園内に配されている川には鯉がいっぱい泳いでいます。園内の他にも庄川沿いにもありますが、えさの自販機も餌をあげると、あっという間に目の前には鯉たちが右往左往
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庄川の鯉たちは、毎年1月7日に厄払いとしての放流が行われているように、この公園のシンボルになっています。放流地は庄川沿いの鯉恋の宮の裏を降りた場所になります。
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二匹の鯉(雌の「こいっぴ」、雄が「ぷくっち」)がキャラクターで、鯉=恋というわけで、縁結びの鯉恋の宮があってこの2匹が御本尊になっています。元々展望台だった物を改造した建物で、天辺には誓いの鐘まで
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この鐘のある屋上は素晴らしい高さで、しかも狭い通路になっています。こういうのを観ると鳴らさずにはおれない僕。ついつい鳴らしたら、後から来た小さな子供たちが真似してカランカラン でも天辺は透かし床になっていて、高所恐怖症の我が家の二人や家族連れにも鳴らしたいけど、歩けずにUターンする人も多々
そのかわり、高所ならではの素晴らしい庄川の眺望が観られます
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次回は同じ庄川水公園にある特産館と噴水、そして前述のニュースで話題になったものをば

旅行日 2015.09.26




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